【FGO】泡沫の夢 決意の目覚め【奏章Ⅱイドネタバレ】
「…………」
「…………」
「……」
「ちょっと、マスターちゃん、聞いてる?」
「えっ」
目の前には折田さん、いや、制服姿のジャンヌ・オルタがいた。
「えっ…と…?」
制服を着た自分を見つけ、次いで周囲をきょろきょろと見回す。喫茶店…?
「へえ、そう。私とのデートで居眠り?いい度胸してるわねアンタ」
テーブルを挟んだ向かいの席で、オルタが拗ねている。
わたしは慌てて首を振る。
そうだった。今日はオルタとのデートの日で、わたしたちは喫茶店へ入ったばかり。
拗ねるオルタに謝罪して、メニューを差し出す。
「何?……ふーん、アンタの奢り?仕方ないわね。許してあげましょう」
にっと笑ってオルタはケーキを吟味し始めた。どうやら機嫌は直ったらしい。
メニューを見つめるオルタの真剣な顔をわたしは眺める。
穏やかな時間。平和なひと時。安らかな幸福。
「決めた!苺のショートケーキにするわ!悩んだ時は王道よね。アンタは?」
「ザッハトルテにするよ」
どこかで見たようなエプロンドレスの店員を呼び止め、二人分のケーキと紅茶をオーダーする。
「アンタもザッハトルテ好きなの?」
「も?」
「うちの姉が…………姉じゃない!!姉じゃなくてえーと、そう、聖女様がいつも頼んでたのよ、ソレ」
「ああ、オルタに似てるから」
「は?何が、何に?」
オルタは怪訝な顔をする。
「だからね、ザッハトルテが」
言いかけたところに、店員がやって来て、二人分のケーキと紅茶を並べていく。
わたしは店員に礼を言って見送り、ザッハトルテを一口食べる。
うん、美味しい。
「ジャンヌがさ、ザッハトルテはオルタに似てるって言ってた。黒くて綺麗で甘いところ。私も同感」
「は?はあ!?何、何言ってんのアンタら!?」
頬を染めたオルタは、もごもご言いながらショートケーキに取り掛かる。
「あら、美味しい。じゃなくて。そういうの、普通は本人に言わないもんじゃない?」
「うん。ジャンヌにも内緒って言われたけど……」
ケーキを一口。
紅茶を一口。
「夢だから、いいかなって」
「アンタ……」
顔を上げて、店内を見回す。
夢だとはっきり口にしたせいか、さっきは見えなかった景色が見える。
少し離れたテーブルで、大きなパフェに挑むサリエリ先生を、景清がぼんやり眺めている。
すぐ隣の窓に目を向けると、どこまでも広がる芝生の上、ロボとへシアン、それにゴルゴーンが、柔らかな陽光を浴びながら昼寝をしている。
カウンターにはこちらに背を向けた巌窟王。手元は見えないが、きっと今日も珈琲だろう。
嗚呼、わたしの愛しいアヴェンジャーたち。
「こんな夢見るなんて、アンタも大概未練がましいわね。そんな未練、さっさと捨てちゃいなさい」
呆れ顔のオルタに、わたしは苦笑する。
「あの巌窟王でも捨てきれなかった概念だもの。わたしにはとても無理だよ」
ザッハトルテの最後の一口。
「捨てないよ。あなたたちの炎は連れて行ってあげられないけど、この未練と、思い出は、ずっと」
カップの紅茶もあと少し。
「……思い出を振り返ることは大切だけど、アンタはそれより、前に進む方が好きでしょう? 」
オルタが優しく微笑む。
「私も……そういうアンタが好きなんだから、精一杯やるべきことをやりなさい。そら! 行った行った!」
「うん」
紅茶の残りを、決意と共に飲み干して、礼装姿のわたしはひとり立ち上がる。
出口へ向かうわたしに続く者はいない。
「マスターちゃん!」
呼ばれ、ドアノブに手をかけたまま振り返る。
復讐者たちが並んでいる。
いってらっしゃい
「…………」
夢を、見ていた。
強くて美しい夢を。
『ああ。誰より強くて美しい彼女が、消えてしまった!』
と、言ってみてから、ふふ、と笑みが溢れる。
彼女との日々は楽しかった。彼女は強くて美しかった。
でも、それだけじゃない。それだけじゃないことをわたしは忘れない。
忘れないから、この心には傷がある。
一生消えない傷を抱えて、わたしは歩いて行くよ。
オルタ。
(終わり)
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