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天地創造のフレスコ画7Daysー美大時代の日記帳①ー

まだ新幹線が開通する前の、駅に自動改札すらなかった頃の地方観光都市・金沢。その小さな街の美大に通いながら、たいしたドラマも起きない一人暮らしの日々を偏執なまでに細かく綴った『美大時代の日記帳』第1回。

今回はその中から、私が通った大学の油画専攻2年生の恒例行事、学校での徹夜を含んだ過酷なフレスコ画実習の7日間を一部加筆・修正を加えてお届けします。



神に近づくための準備


フレスコ…イタリア語で「新鮮な」という意味の絵画技法。主に壁画で用いられ、ルネサンス期に隆盛を極めたが油絵の登場により徐々に衰退。生乾きの漆喰(またはモルタル)に水で溶いた顔料で描き、乾燥する過程の化学反応により色が画面に定着する。美しい発色と強い耐久性がある一方、描き直しがきかないのと1日の作業量が限定されるため、フレスコ画の制作は計画的に進めなければならない。


フレスコ画実習1日目。今日はとりあえず土台づくりで、地(壁)になる石灰と混ぜる砂を洗う作業をした。

2日目。モチーフに使う絵のコピー(今回は皆、オリジナルでなく模写。私はラファエロの《剛毅》を選んだ)をとりにコンビニをはしご。コピー機によって色のクオリティが全然違うのだが、なかなかいい機種に巡り合えない。仕方なく友人と夜の学校に行き、いつもは縁のないデザイン科の4階まで行く。名前の知らない教授がカッターばんを貸してくれた。その人の研究室から、でかくて黒い犬が出てきてびびる。

3日目。今回は本物の壁に描くのではなく、パネルを小さい壁に見立てて描くため、モルタルを板に塗っていく作業。見た目より意外と力加減が難しい。
久々に哲学の授業に出る。人間が二足歩行を始めたのは神に近づきたい=空に近づきたいという願望があったかもしれない、と先生が言う。そんなこと考えたこともなかった。哲学ではよく日常の基本動作を振り返るが、四つん這いになってみた自分はどうしようもない程弱そうだった。

4日目。
「今日は早めに終わるので、まあ早く帰ってよく寝て、明日からの作業に備えて下さい」と先生。昨日線香で穴あけした塗り分けの線を色(顔料)で描いて(なぞって)、かるく下描きしただけで午前10時過ぎには終わった。フレスコ実習では何日か学校で徹夜するのが常と聞いているが、果たして明日からどんな過酷なものが待っているのだろう。


ジョルナータ、食欲と睡眠欲

5日目。午前9時から1回目の作業開始。まずはモルタルを板に半分塗る。一度アパートに帰宅してごはんを食べて、『天空の城ラピュタ』を冒頭だけ観る。12時に再び学校へ行き、先ほど塗ったモルタルを押さえつけ水分を上の方に出す。また14時まで待つ。再度アパートに戻り『ラピュタ』の中盤を観る。三度学校へ。もう一度「押さえ」の作業をして、いい感じの乾き具合を待つあいだ体育の授業に出る。そのあとメディア論の講義に出て(寝てしまう)アトリエに戻る。画面がもう少し乾かないと描き出せないらしいので、ティッシュを1枚はがしてモルタルの上に置いて水分の吸収を促す。コンビニに行って、グラウンドのベンチでビスコをもしゃもしゃと食べる。今日はいつ何処で夜ご飯を食べられるんだろう。またアトリエに戻る。

こまめにティッシュを変えて、19時半頃ようやく具合が良くなった様子。白黒コピーを画面に合わせて、アウトラインをボールペンでなぞる。そうすると、下のモルタルに線の「くぼみ」ができる。
下描きを終えると、本描きに入る前に友人たちと近くの洋食屋でご飯を食べた。私はカツ丼。21時に出て、学校へ戻る。もちろん空はもう真っ暗になっている。

夜通し作業を続ける。午前1時頃にコーヒー休憩をして、また描く。3時頃、仮面ライダーに出てくる俳優のような顔のKさん(当時美大で助手をされていた)が差し入れを持ってきてくれる。アトリエには半分くらいまだ人が残っていた。差し入れのお菓子で最後の力を振り絞る。朝までに今日の分(モルタルを塗った部分)を描き終えなければならない。アトリエ内にはYMOとアニソンのBGMが流れていた。

空が白み始めた6時頃、ようやく作業が終わる。しかし9時にまた学校に来て2日目のモルタルを塗らなければならないので、寝てしまうのが怖く、友人と香林坊(金沢の繁華街)の朝マックに行く。眠気が強すぎて裏道で迷子になる。大学に戻るといよいよ危険な状態になり、それを誤魔化すためにグラウンドのベンチでアイスを食べる。誰かがサッカーをしていた。ちょっと居眠りしてしまい慌ててアトリエに向かう。

6日目。アイス食べて居眠りからの、9時にモルタルを塗ったあと、一旦仮眠とシャワーをしに丸1日ぶりにアパートへ帰る。ハムスターの「テロ」に餌をやり、1時間だけ寝る。

目が覚めて時計を見ると、16時になろうとしていた。はっとするがすでに遅い。急いで学校に戻らなければ。これで今日も早くは帰れないな…と悲しみに沈みそうな瞬間、突然チャイムが鳴り、届いた宅配便に悲しみが吹き飛ばされる。以前からせっせと応募券を出していたフルーツグラノーラのプレゼント、レイジ―スーザンの白いシリアルボウルのセットが当たったのだ。こんな立派なプレゼントが当選するのは初めてで、めちゃくちゃ嬉しい。でもやっぱり学校に行くのはめんどい。しかも4時間遅れ…。

皆が2度目の「押さえ」作業の乾き待ちをしている状況のなか私はやっと1度目の「押さえ」作業。しかし徹夜組の中には私と同じペースの人もいたので安心した。またしても一度家に戻り、届いたばかりのレイジ―スーザンでグラノーラとコーンフレークを混ぜて食べる。昼食?夜食?

19時、学校に戻って2度目の「押さえ」作業。ああ、少なくとも、あと2時間は描けまい。大学院棟の2階のベンチでチョコチップメロンパンをゆっくり食べて待つ。21時頃アトリエに戻り、何回かティッシュで水気を取ったあと描き始めた。
2度目のジョルナータ(1日で描く作業面積)は、昨日神経を使う「顔」を含む上半分が終わっているおかげで、下半分。少し気が楽。しかし睡眠が足らないせいで集中が長く続かない。何度も席を立ってしまう。
ひとりで体育館棟の2階のドアから屋上に出た。もちろんとっぷり日が暮れている。心地よい6月の気温を涼しい風が通り過ぎる。今日もグラウンドではどこかの専攻がバーベキューをやって騒いでいた。「も」というのは、昨夜もそんなふうにして騒いでいる人たちがいたからだ。平和な大学である。

明け方5時頃終了したので、帰った。
眠い。完成した。ねむい。

7日目。明け方帰宅したので朝9時からの講評はやはり寝過ごした。といっても、1人1人へのコメントではなく教授がまとめてざっと5分くらい話しただけだったらしいが。

掃除して、片付けて。最後に、金沢美術工芸大学油画専攻フレスコ画実習の締めくくりとして恒例の、担当教授主催のバーベキューがアトリエの外で開催された。アルミホイルに包んだジャガイモやニンニクなどを焼いている私たちを、屋上からトンビが狙っていた。隣で肉を食べていた脚長美女Uさんがトンビに向かって、「何だ、食うぞ」と威嚇する。

バーベキューする美大生たちを、トンビはいつまでもじっと見ていた。





今週もお読みいただきありがとうございました。今から10年以上前になります、大学時代の日記を恥ずかしながら晒しました。制作の話はともかく、なんてカロリーも栄養素もガン無視の食生活だこと。あらゆる意味で呑気だったなあと思う、しかし色々な煩悩とも闘っていた美大生ライフ。先週の予告では『ArtとTalk』としてお送りするつもりでしたが、今後も機会があればまた紐解いてみたいと思いマガジンを作りました。



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◆この時私が描いたフレスコ画◆
ラファエロ《剛毅》の模写
(よく見るとジョルナータの境界線が見えます)


◆次回予告◆
『接客業のまみこ』⑦⑧

それではまた、次の月曜に……



の前に!


ついに今週土曜に迫りました!!
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明日はこのイベントの準備をします~。
皆様に楽しんでいただけますように。



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