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ファンタジー・SF

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ファンタジー・SF関連。科学的な空想にもとづいたフィクションなどをまとめています。
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記事一覧

猫じぇらし【ショートショート】

 あたしは学校に行けなくなった。  彼氏の蓮くんがあたしの親友の真希と隠れてつきあってることがわかったのだ。  あの日、たまたま通りがかった喫茶店の窓には、にこやかに微笑み合う二人の姿が映っていた。  あたしは一晩泣いて泣いて、翌日学校を休んだ。  それをきっかけに、あたしの長い長い引きこもり生活が始まった。  あたしは部屋から一歩も出ないことに決めた。  とりあえずご飯は部屋の前に置いてもらい、食べ終わったら食器を部屋の前に返すことにした。  家族とも顔を合わせなくなっ

犬と月【ショートショート】

八月、強い風の日に赤い髪の娘と出会った。 ――捨て犬か。アタシと同じね。 失礼だな。俺は捨て犬なんかじゃねぇ。 だが娘の差し出したフライドチキンは断れなかった。 九月、あの娘がぼろぼろの姿で道路に横たわっているのを見た。 複数の男らに襲われた末、屋上から身を投げたらしい。 十月、ぼろぼろになった男達の死体が見つかった。 すべての死体は、身体じゅう野良犬に噛まれた跡があったそうだ。 失礼だな。野良犬なんかじゃねぇ。 ……俺は狼だ。

恋ひ桜【ショートショート】

桜の精は少女の姿。 桜はとある男に懸想した。 男は恋人と桜の下で接吻をする。 悔しさで桜は女を取り殺した。 翌年も男は別の恋人とやってきた。 桜はふたたび取り殺す。 幾年も幾年も同じことを繰り返した。 ある日、一人の拝み屋がやって来た。 ようやく桜は、男が赤詐欺師だと知った。 桜は男を取り殺し 我と我が身に火を放った。

チェリーブラッサム・グリーンピース【ショートショート】

桜に見えて、桜ではない。 人に見えるが…もう人ではない。 人口の9割が消えた、終末の世界。 花びらで放射能を吸い、体内で無害化して唇から吐き出す、一対の機械。 浄化が終われば、やがては散る機械。 娘でなくとも良かった筈だ。 娘の初恋が実った翌日に施術したのも、私のエゴだ。 娘は笑って赦してくれた。 失いたくないあまりに、全てを失ってしまった。 父も、後から逝く。

優しい死神【ショートショート】

 代わり映えのしないいつもの朝。僕は通勤バスに乗る。  同じく代わり映えのしない、いつもの乗客たちの顔、顔、顔……  彼らの顔は、みな一様に生白く生気がない。  まあこれから仕事に向かうのに、元気いっぱいの奴がいるわけもないか。  しかし、それにしたって今朝はあまりにも陰気過ぎではないか?  座席にも立っている客にも、こちらまで死臭が漂ってきそうなヤツばかり、ずらりと並んでいる。  あれ? いや待てよ。  見回してみたところ、このバスの中には見知った顔が誰もいない。  ま

ムラサキの冒険【短編小説】

 紫犬のムラサキは小さい頃に飼い主のカナちゃんと離ればなれになった。 ――カナちゃんに会いたい。   *****  彼は飼い主を捜す旅に出た。テクポコテクポコ。  あの日彼女が乗せられていった車のニオイのあとを、小さい鼻でたどりながら歩いていく。テクポコテクポコ。  家を出てから三時間、アスファルト道路のニオイをたどりにたどって、たどり着いた場所は大きな駅だった。どうやらカナちゃんはここで車を降りて電車に乗りかえたらしい。  ムラサキはニオイのあとを追って改札から駅の中

堕天使のアンチテーゼ【ショートショート】

「この子はペストだ。このままここでこき使い続ければ恐らく従業員全員が感染する。……ウチで引き取るかね?」 「なんだって!?そういうことなら、早く連れてってくれ!」  こうして僕は、皆が幸せに暮らしているこの孤児院に入った。後で聞いた話によれば、実は僕はペストじゃなかったらしい。  ここの生活は素晴らしかった。布団もふかふか。ご飯も温かくて美味しい。おかわりだってしていい。昼間は、公立学校と同じレベルの勉強を院長先生自らが教壇に立って教えてくれる。  でも僕は、何か変だと感

ムーン・ライト【ショートショート】

 少し赤みがかった満月が綺麗な夜だ。  月を見ながら一杯飲りたい気分だった。仕事さえなければ。  深夜2時、私は帽子を目深にかぶり、タクシーのシートにゆったりと背中を預けていた。行き先は適当に告げてある。  タクシーは信号待ちで停まった。頃合いかもしれない。暇つぶしに、といった体で声をかける。 「今夜は良い月だねぇ運転手さん。ところで、月の裏側ってのはどんな感じなのかねぇ」 「ええ?……ハハハ……こんな感じじゃないッスかねェ?」  振り返った運転手の顔は、月の如くツルツ

交通事故【ショートショート】

 夫と二人の娘を一度に亡くした。  コンビニに買い物に行く途中、運悪く、ある女が運転する暴走車にはねられたのだ。  私は事故の裁判を欠かさず傍聴しに行った。  運転していた女は、事故直後から「自分はブレーキを踏んだが、車は止まらず勝手に暴走した」と主張していた。  私もそうであれば良いのにと願っていた。  それならば、少なくとも誰か一人を恨む気持ちを持たずに済む。  だが願いはむなしく、出廷した鑑識課員の証言で、車には故障の形跡は見当たらず、道路にはブレーキの跡も無いこと

事故物件【ショートショート】

――全ての駅は、ほぼほぼ事故物件さ。  そんな風にうそぶいていた彼がホームに飛び込んだのは、先週の月曜の朝だった。  社会人一年目の彼と、まだ大学生のわたし。彼は世の中すべてのことを斜めから見ている人だった。中二病とはまた少し違う感じで、社会のことや世間のこと、とにかくいろんなことをよく知ってるくせに、全てのことに執着がなかった。  そこらへんがさっぱりしてていいな、と思ってつきあい始めたのだけれど、自分の命にもここまで執着が無かったんだったら、それはつきあう前にちゃんと

1945-2020【詩】

四半世紀 三度 繰り返しても あの娘の 孫の孫の孫が 死んでも ここでこのまま 俺は俺だけ 掻き崩した体 これで もう何体目? 履き潰した心 これで もう何代目? 俺は 次元の狭間の 漂流者 哀れな 理想達の 犠牲者 研究所 灰に なっても オフィスビル バカスカ 建っても テナントビル バタバタ 消えても ここでこのまま 俺は俺だけ

いつも二人で【ショートショート】

――それにしても、逝くのが早過ぎだよ、君は……  後悔の思いとともに、今夜も妻の遺影の前にカクテルを供える。  酒好きの妻と下戸の僕。妻は社交的で、僕は内向的。  何もかもが逆の凸凹カップルだったけれど夫婦仲はよかったと思う。  僕は、妻のやりたいようにやらせてあげるのが愛情だとばかり思っていたので、妻の幅広い交遊やそれにともなう深酒も、彼女の自由にさせていた。  しかし結果的にはそれがよくなかった。妻は友達との飲み会の帰り道、ひとりで転び、打ちどころが悪くて亡くなって

リア充【ショートショート】

 全ての自動車にAIが載り、完全自動運転が達成された社会。  ある朝俺は、愛車の走行距離が夜の間に妙にのびているのに気づいた。  不審に思いカメラでこっそり監視していたら、俺の車は夜の間に勝手にどこかへ走り去っていき、早朝に戻ってきていた。    翌日、バイクでこっそりあとをつけてみると、俺の車はドライブスルー洗車で身嗜みを整え、ドライブスルーでハンバーガーセットを二人分購入し、ドライブインシアターで他車とデートまでしていた。  ぐぬぬ。持ち主の俺ですらまだ彼女がいないの

終着駅【ショートショート】

 列車が駅から離れるときの音と振動を体に感じた。やばい!乗り過ごしたか!?飛び起きた彼は反射的に駅名板を見た。  駅名の表示には「?」と書いてある。――ハテナ?  混乱の中、目をパチパチまばたいてよくよく見返すと、ひらがなの「つ」の下に小さく漢字で「津」と書いてある。  ああ、「つ」と「・」が合わさって「?」に見えただけか。  「津」駅ね。なるほど……。  目指す駅まではまだしばらくかかりそうだ。酔い醒ましを兼ねて、もう一眠りしようか。  事業に失敗し、借金取りから逃げ、