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ショートショート

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ショートショート。4000字(10枚)未満の小説をまとめています。
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#ホラー

トリック・オア【ショートショート】

 ハロウィンは好きではない。  日本には縁もゆかりもない、このくだらない祭りが流行り出して何年たったろう。この日の山手線に仮装した阿呆どもが乗ってくるのにももう慣れた。  ケロイド状の特殊メイクシートを顔に貼った女子高生や、狼男マスクを被った青年たち。看護師の制服を着た娘は額や口から血を流している。車両の中はさながらB級映画の撮影現場の様相を呈していた。  なんなら残業帰りでスーツ姿の俺の方がよほど異端者に思えてくる。  いま俺の肩にもたれてすやすや寝こけてる背広の男は

サマー・スポット【ショートショート】

――こんなことになるのなら、やめておけばよかった。  大学4年の夏休み、友達と心霊スポットを見に行った。  メンバーは僕と友人の山崎、僕の彼女と山崎の彼女、合わせて4人。  そのスポットは山奥の学校で、最後に残った一人の生徒が自殺したために廃校になったらしい。それから二十年以上はたっているそうだが、今でもそこを訪れた人は必ず何らかの怪奇現象に襲われるのだという。  廃校のある場所は電車も通っていないような田舎だったので、僕たちはレンタカーを借りてそこに向かった。  僕の

ストリート・ビュー【ショートショート】

 幼い頃住んでいた故郷の町を、ストリートビューで探索する。  ここは友達の家、こっちは自分ち……  気ままに歩いているうちに、何となく違和感を覚えた。グーグルの撮影車が到底入っていけないような細い脇道にも進めるようなのだ。 ――バージョンアップか何かで、仕様が変わったのかな?  興味を惹かれ、脇道に足を踏み入れてみた。  昔とは風景が少し変化しているが、それでも記憶の中にうっすら残っている道だ。どんどん進んでいくとその先に古ぼけた家があった。木造一階建ての小さな、みすぼらし

コールド・プレイ【ショートショート】

 由紀。白磁のように透明感のある肌の女だった。 「生い立ちのせいかな。わたしの身体はとても冷めているの。あなたはきっと後悔するわ」  不感症か?過去に何かがあったのだろうか。  それでも構わない、と思った。 「大丈夫さ。俺がきっと君の心と身体を溶かしてみせる」  俺は少々強引に彼女と付き合い始めた。  初めての夜が来た。  服を脱がせて身体を合わせると、確かに彼女の身体はヒヤリとしていた。  しかし俺の指が丁寧に肌から乳首を這い、さらに秘部までをほぐしていくうち、彼女は歓

犬と月【ショートショート】

八月、強い風の日に赤い髪の娘と出会った。 ――捨て犬か。アタシと同じね。 失礼だな。俺は捨て犬なんかじゃねぇ。 だが娘の差し出したフライドチキンは断れなかった。 九月、あの娘がぼろぼろの姿で道路に横たわっているのを見た。 複数の男らに襲われた末、屋上から身を投げたらしい。 十月、ぼろぼろになった男達の死体が見つかった。 すべての死体は、身体じゅう野良犬に噛まれた跡があったそうだ。 失礼だな。野良犬なんかじゃねぇ。 ……俺は狼だ。

妄葬【ショートショート】

 長雨はもう七日も続いていた。  土葬の風習が残るこの街には、雨の日に死者が蘇るという都市伝説がある。    *****  一年前、事業に失敗した私は夫婦で妻の地元に転居することになった。  借金はかなり残っているが二人で頑張ればなんとか返せる額だ。またイチから出直そう。  妻の両親はすでに他界していたが、妻の実家の一軒家は買い手がみつからずそのままになっている。小さい家だったが二人で住むには充分だった。  元の住まいの家財道具はほとんど売り払った。ほんの少し残った生活

最終公演【ショートショート】

クチはばったいようでェ 御座いますが 落語という芸は 扇子一本を使いましてェ 無いものを有るように 見せることが 出来る芸で御座いまして この演目『死神』の サゲなんてェのも ロウソクを これこの様に フーッと吹き消しますと   ***** 一世一代の寄席であった 観客全員 スタッフ全員 続いて老名人の 命の灯が消えた

トンネル【ショートショート】

 年明けに、何の気なしに始めたツイッターで気になる話題を見つけた。話題の中心になっているたは、H県の山中の、とあるトンネルに出るという幽霊の話。  どのツイートにも共通しているのは『季節外れのワンピースを着て麦わら帽子をかぶった髪の長い若い女が、小さい女の子の手を引いて歩いており、その姿がいつの間にか消えている』というものだった。  この噂の特徴的なところは、その女が金髪碧眼の外国人ということだ。これに私の心はざわついた。  私の母親はドイツ人だった。しかも私が小さい頃に

義手【ショートショート】

 気がついたとき俺は、自分の両の手が頭の上で縛られており、その下に、ひんやりとした冷たい鉄の棒が置かれているのを感じた。  耳のうしろには荒い砂利の感触。頭や首にとがった石があたり、そこだけが鈍く痛む。  立ちあがろうともがいてみたが、腕だけでなく足の自由もきかない。どうやら荒縄で縛られて地面に転がされているようだ。  周囲は漆黒の闇夜。少しでも状況をつかもうと、必死にボヤケた視界を夜に慣らす。 「あら、お気づきになりましたの?お兄様」  足もとの、すこし離れたところで鈴

電話ボックス【ショートショート】

 新しく抱えた仕事のプレッシャーと、彼との別れ話が同時期に重なり、心と身体のテンションが今までになく落ちていた。  これまでなら気にも留めなかったような些細なストレスで、簡単に涙がこぼれるような自分になっていた。  ある日、一人でのランチを済ませた後、会計で小銭を出そうとして、ふと指の力が抜け、財布の中身をぶちまけてしまった。  チャリン、という音がそう広くない店内に響き渡る。しかし誰も拾ってくれる人はいない。  そのとき、突然耳の奥で「ピーーーーー」という高い音がはっき

領空侵犯【ショートショート】

 スクランブル。  指令を受けた俺は、F-2戦闘機で百里基地から緊急発進した。  対空レーダーでは侵入機の大きさまでは判別できない。目視できる距離まで近づくと、ようやく、それがかなりの大型機であることが判った。  とっさに爆撃機か?とも思ったが違うだろう。目に映る機影は、昨今のステルス化されたそれとは異なる、古臭くて由緒正しいヒコーキ、「士」の字の形のシルエットだ。  速度を少し落としつつ相対距離を縮めてみると、それは日本の国内線の旅客機だった。何らかのトラブルで通常の航