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ショートショート

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ショートショート。4000字(10枚)未満の小説をまとめています。
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2021年2月の記事一覧

優しい死神【ショートショート】

 代わり映えのしないいつもの朝。僕は通勤バスに乗る。  同じく代わり映えのしない、いつもの乗客たちの顔、顔、顔……  彼らの顔は、みな一様に生白く生気がない。  まあこれから仕事に向かうのに、元気いっぱいの奴がいるわけもないか。  しかし、それにしたって今朝はあまりにも陰気過ぎではないか?  座席にも立っている客にも、こちらまで死臭が漂ってきそうなヤツばかり、ずらりと並んでいる。  あれ? いや待てよ。  見回してみたところ、このバスの中には見知った顔が誰もいない。  ま

堕天使のアンチテーゼ【ショートショート】

「この子はペストだ。このままここでこき使い続ければ恐らく従業員全員が感染する。……ウチで引き取るかね?」 「なんだって!?そういうことなら、早く連れてってくれ!」  こうして僕は、皆が幸せに暮らしているこの孤児院に入った。後で聞いた話によれば、実は僕はペストじゃなかったらしい。  ここの生活は素晴らしかった。布団もふかふか。ご飯も温かくて美味しい。おかわりだってしていい。昼間は、公立学校と同じレベルの勉強を院長先生自らが教壇に立って教えてくれる。  でも僕は、何か変だと感

妄葬【ショートショート】

 長雨はもう七日も続いていた。  土葬の風習が残るこの街には、雨の日に死者が蘇るという都市伝説がある。    *****  一年前、事業に失敗した私は夫婦で妻の地元に転居することになった。  借金はかなり残っているが二人で頑張ればなんとか返せる額だ。またイチから出直そう。  妻の両親はすでに他界していたが、妻の実家の一軒家は買い手がみつからずそのままになっている。小さい家だったが二人で住むには充分だった。  元の住まいの家財道具はほとんど売り払った。ほんの少し残った生活

ムーン・ライト【ショートショート】

 少し赤みがかった満月が綺麗な夜だ。  月を見ながら一杯飲りたい気分だった。仕事さえなければ。  深夜2時、私は帽子を目深にかぶり、タクシーのシートにゆったりと背中を預けていた。行き先は適当に告げてある。  タクシーは信号待ちで停まった。頃合いかもしれない。暇つぶしに、といった体で声をかける。 「今夜は良い月だねぇ運転手さん。ところで、月の裏側ってのはどんな感じなのかねぇ」 「ええ?……ハハハ……こんな感じじゃないッスかねェ?」  振り返った運転手の顔は、月の如くツルツ

最終公演【ショートショート】

クチはばったいようでェ 御座いますが 落語という芸は 扇子一本を使いましてェ 無いものを有るように 見せることが 出来る芸で御座いまして この演目『死神』の サゲなんてェのも ロウソクを これこの様に フーッと吹き消しますと   ***** 一世一代の寄席であった 観客全員 スタッフ全員 続いて老名人の 命の灯が消えた

トンネル【ショートショート】

 年明けに、何の気なしに始めたツイッターで気になる話題を見つけた。話題の中心になっているたは、H県の山中の、とあるトンネルに出るという幽霊の話。  どのツイートにも共通しているのは『季節外れのワンピースを着て麦わら帽子をかぶった髪の長い若い女が、小さい女の子の手を引いて歩いており、その姿がいつの間にか消えている』というものだった。  この噂の特徴的なところは、その女が金髪碧眼の外国人ということだ。これに私の心はざわついた。  私の母親はドイツ人だった。しかも私が小さい頃に

交通事故【ショートショート】

 夫と二人の娘を一度に亡くした。  コンビニに買い物に行く途中、運悪く、ある女が運転する暴走車にはねられたのだ。  私は事故の裁判を欠かさず傍聴しに行った。  運転していた女は、事故直後から「自分はブレーキを踏んだが、車は止まらず勝手に暴走した」と主張していた。  私もそうであれば良いのにと願っていた。  それならば、少なくとも誰か一人を恨む気持ちを持たずに済む。  だが願いはむなしく、出廷した鑑識課員の証言で、車には故障の形跡は見当たらず、道路にはブレーキの跡も無いこと

事故物件【ショートショート】

――全ての駅は、ほぼほぼ事故物件さ。  そんな風にうそぶいていた彼がホームに飛び込んだのは、先週の月曜の朝だった。  社会人一年目の彼と、まだ大学生のわたし。彼は世の中すべてのことを斜めから見ている人だった。中二病とはまた少し違う感じで、社会のことや世間のこと、とにかくいろんなことをよく知ってるくせに、全てのことに執着がなかった。  そこらへんがさっぱりしてていいな、と思ってつきあい始めたのだけれど、自分の命にもここまで執着が無かったんだったら、それはつきあう前にちゃんと