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ミステリー

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ミステリー関連。事件・犯罪を描いた作品をまとめています。
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記事一覧

ディープ・リアル【ショートショート】

 小さい頃から神童だ天才だと呼ばれていた俺は、独学でAIと画像処理の研究に没頭し、ついに完璧な『モザイク外し』の技術を開発した。  ディープフェイクなどでモザイクの上から別人の性器画像を重ね貼りするようなチャチな技法ではない。  動画の全フレームを解析し、あらゆる角度から見た本人の正確な性器の形を計算で求めるのだ。  俺の解析ロジックは実に完璧なものだった。たまたま流出した本家の無修正版と比較しても、大陰唇小陰唇の色やサイズ、ホクロの位置までが完全に一致していた。  俺

エア【ショートショート】

「長生きの秘訣? 油ものを一切食べないことですかね」  この道80年のラーメン評論家が肩を揺すって笑う。 「私ぐらいになると、スープの匂いを嗅いで麺を持ち上げただけで、もう味が判ってしまうからね。じっさいに食べる必要がないのです」  なるほど『技を極める』というのはそういう境地を指すのかも知れない。  それを耳にして、営業70年の店の主が忍び笑いを漏らした。 「それが何だって話でさぁ。アッシぐらいになれば麺もスープも無しに客をうならせることができますがね」  店主が右手

命日【ショートショート】

 キャメルに火を点け、線香代わりに探偵の墓前に供える。 「お前は立派だったよ。殺られた後輩と情報屋の仇をきっちり取った。撃たれてズタボロになってまでな……」  あの日、事務所に帰ってきた探偵が目にしたのは、後輩の探偵と情報屋の血塗れの死体だった。二人が依頼人の若者をかばって死んだことはすぐにわかった。  依頼人の死体も翌日東京湾に上がった。依頼人はある黒い取引の目撃者だったが、愚かにもそれをネタに組を強請ろうとしたのだ。  怒りにまかせて組に押し入った挙げ句に、奪った長

春のやよいのこの良き日【ショートショート】

 今年も雛飾りを並べるのは私の役目だ。  隣の部屋からは、鞠をつく音とわらべ唄を歌う声が聞こえる。  娘ではない。妻だ。  四十年前の今日、私たちの一人娘、春香が亡くなった。  それ以来、年に一日だけ妻は亡き娘の心になる。  そうか。もう四十年になるのか。  さっきまで続いていた鞠の音が、とつぜん途切れた。  続けてとさり、と重い音がした。  驚いてふすまを開けると、妻がこと切れていた。  心臓発作か脳梗塞か。救急車を呼ぶことは、考えなかった。  お前はここまでよく頑張

マスク警察【ショートショート】

 俺達は地元の有志5人で結成された『M町マスク警察』。自前で警棒とスタンガンを装備して巡回し、地域の平和を守っている。  この街では俺達の活動のおかげで、マスクをしない人間はいなくなっていた。俺達は街のヒーローだ。そう自負していた。  だが先日、ウレタンマスクや布マスクは飛沫を防ぐ効果が薄いことがテレビで報道された。一大事だ!  リーダーの俺は、行きつけの喫茶店にメンバーを緊急招集して善後策を協議することにした。  ウレタンマスク、布マスクはマスクに含めてもよいかどうか、

エスカレーターぎらい【詩】

エスカレーターは 嫌い 子供の頃 突き落とされ 大怪我した 場所だから あれ以来 いつも私は エレベーターか 階段を使う だけど でも けれど 今日は 今日だけは エスカレーターに 足が 向いた あの時の あなたが エスカレーターに 乗るのを 見かけたから 私は 後ろから ゆっくりと 近づき そうっと 背中を押す

僧侶殺人事件【ショートショート】

 私の名は法津(ほうづ)。私立探偵だ。自分で言うのもなんだが、数々の難事件をこの灰色の脳髄で解決してきた。  一昨日も宿敵のキザな天才犯罪コンサルタント、森秋(もりあき)教授と、雷葉原(らいばっはら)の滝で人知れず死闘を演じたばかりだ。  対決の末、私と教授は二人で崖にぶら下がる形となった。私は必死の思いで蔦にぶら下がりながらヤツの体を蹴って蹴って蹴りまくってやった。  教授は断末魔の叫び声を上げて滝壺に墜ちていった。  ザマを見ろだ。常に悪は滅び、正義は勝つのだ。  そ

大きなお世話【ショートショート】

 夕方から降り出した大雪のせいで高速道路が麻痺し、私の乗った車が雪の中に立ち往生してから早6時間が過ぎていた。  今年購入したばかりの愛車はEV(電気自動車)で、バッテリーの残量も現時点で90%以上あるからエアコンのほうは大丈夫だろう。  問題は空腹と、あとは空気の悪さだ。すぐ前のトラックも立ち往生しているので、排気ガスがこちらの車内に流れ込んでくる。  空気が悪いためか、さっきから生あくびが頻繁に出る。明日になっても身動きが取れないようなら、自衛隊か誰かが食料配給に来て

休業補償【ショートショート】

 私はあるイタリアンレストランのオーナーシェフだった。あの夜までは。  新型コロナウイルスの流行していたある日の夜、私の店で五人の若者たちが飲んで騒ぎ、そこから店全体に集団感染を発生させてしまった。  私は彼らに何度も注意したのだが、彼らの中には店の出資者の子息もいたので、マスク着用を強制することができなかった。  いろいろなことが重なり、その後まもなく私は店を畳んだ。    *****  それから半年が経過した。  いま私は、あの夜の若者たちの素性を調べ上げて、一人ひ