「ビルバーガー」のこと

 今まで観た美術の個展・企画展の中でいちばん面白かった――あるいは刺激的だった、印象的だった、好きだった、などに置き換えても同じことだが――ものは何かと聞かれたら、答えに困る。だが、いちばんスリリングだった個展・企画展は何かと聞かれたら、僕にはたった一つの答えが思いつく。Chim↑Pomの個展「また明日も観てくれるかな? So see you again tomorrow, too?」(2016.10.15~2016.10.31)である。とりわけここで考えたいのは「ビルバーガー」という作品についてだ。ただし、作者がどこまでその効果に自覚的であったのか不明なので、「ビルバーガー」という作品を取り巻くもの、と言った方が正確なのかもしれないが……。

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ビルバーガー
2016
3階分のフロア、事務用品、空調、家具、照明器具、カーペットなど
撮影:森田兼次
Courtesy of the artist and MUJIN-TO Production

 さて、スリリングのスリリングたる所以を説明するには、この個展がおこなわれた会場から説明する必要がある。会場は歌舞伎町振興組合ビルという建物である。この建物は、東京都新宿区歌舞伎町1丁目19-3にあった。そう、「あった」なのである。老朽化によって耐震基準に問題があり取り壊しが決定していたビルを、Chim↑Pomが丸ごと借り切って(買い取って?)個展を開催したのだった。個展が終了したあと、建物は取り壊されたという。

 上述のように、会場自体が耐震基準に問題のある建物なのである。しかも、(詳しくは後述するが)各階の床には大きな穴が開いているのである。もしも大地震が来たのなら建物が崩壊するかもしれないし、そうでなくても誤って床に開いた穴から落ちるかもしれない。来場者にはそれを了承してもらうために、入場時には誓約書を書かされる――鑑賞中の事故や怪我は自己責任です、と。この手続きが、スリリングの一端を担っている。

 誓約書を書かされたあと、鑑賞者はまずエレベーターで四階に上げられる。四階に足を踏み入れてまず最初に驚くのは、部屋を丸ごと青焼きした「青写真を描くversion 2」という作品よりも、部屋の中央にでかでかと方形に開いた穴である。そこには安全用の柵もなく、穴に近づいて穴の下をのぞき込むことができるし、うっかりすれば下に落ちることもできるだろう。だが、危険とは思いつつも、好奇心につられてつい穴に近づいてのぞき込んでしまう。そのとき鑑賞者の中では、好奇心と危険性の間で駆け引きがおこなわれる。鑑賞者は、各階で作品を鑑賞しつつ、どの階にも同じところに同じように開いている穴に向き合うことになる。

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四階の様子
撮影:森田兼次

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三階の様子
撮影:森田兼次

 階を下っていき、一階までたどり着いたとき、鑑賞者はようやく穴の意味を、「ビルバーガー」という作品の全貌を知ることになる。「ビルバーガー」とは、各階の床を方形に切り取り、そのまま下に落としたように見せた作品なのである(最初に掲出した写真)。床だった分厚い板の間には、それぞれの階で使われていただろう小道具が挟み込まれている。ソファや椅子や観葉植物、傘、消火器、モップ……などだ。鑑賞者は、それらの小道具を見て、そこにかつて存在していた人の営みを、破壊的に圧縮された形で見ることができる……が、だ。実際に使用されていた道具を引用することでそこに存在した人の生活や営みを想起させることは、すでにべったりと手垢のついた手法である。写真のように、正面から見た「ビルバーガー」という作品は、たいして面白い作品ではない。むしろ人の営みは、作者が直接示そうとしたものよりも、空間自体に宿っている。この作品は、上からのぞき込むという行動と、ビル全体を巡るという鑑賞によって刺激的な作品として成立する。

 つまり、だ。「ビルバーガー」の面白さは次の三点にあると思っている。一つは、全て自己責任であるという誓約書を書かされる手続きにある。その手続きによる約束がある上で、二点目として挙げられるのが、好奇心と危険性の間の駆け引きである。そして三点目は、これは前の二点よりさらに重要なことであるが、用意された小道具によるものではなく、壁の染みや貼られたままの食品衛生責任者の紙、あるいは残されたままの蛍光灯やむき出しのベニヤ板に、作者が引用した小道具よりももっとなまなましい人の営みが感ぜられる、はっと胸を突かれるような発見だ。手続き、駆け引き、そして用意されたものではない発見があることで、「ビルバーガー」は"スリリング"たりえている。

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