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ドイツの判決「トルコのクルド人迫害を認定しない」【日本語訳】(12,000文字over) - 美桜

これはほとんどの方が知らない情報だと思います。
ドイツは移民難民に寛容なイメージがあるかもしれません。しかし実際のところ、ドイツの行政裁判所は「トルコ政府によるクルド人迫害」を否定する判決を下しています。その具体的な根拠は何か分かりますか?

今回、日本におけるクルド人問題を考える上で大いに助けになると思い執筆させていただきました(超大変でしたので是非最後までご覧ください)。
「へぇ、ドイツの判断はこうなんだ~」と思っていただければ。当然トルコの内情もこれ読めば一発です。

この記事は有料記事です。ただ、無料部分でもざっくり全体像は掴めるようにしてあるのでご安心ください。続きの日本語訳を読みたい方や原文のドイツ語全文が気になる方は購入を検討してみてください。この記事は12,000文字以上の文量があります。

2021年、ドイツのミュンヘン行政裁判所は、「トルコ政府によるクルド人迫害は認められない」とする判決を下しました。この判決はトルコにおけるクルド人の状況をドイツがしっかりと調査した結果です。

ここからは判決の背景と理由について詳しく見ていきます。

(翻訳は全て私の仮訳です)


■全体像

状況:
原告は、クルド民族に属するトルコ国籍者。原告らは自身の病気やトルコにおける迫害を理由に、被告(ドイツ側)に次の要求をしている。
1 難民認定を与える義務を履行すること
2 補助的保護の地位を与える義務を履行すること
3 強制送還禁止の存在を確認する義務を履行すること

ミュンヘン行政裁判所が下した判決要旨:
1 訴訟は棄却
2 原告らは訴訟費用を負担する
3 費用に関する決定は暫定的に執行可能である。原告らは、被告(ドイツ側)が事前に同額の担保を提供しない限り、執行可能額と同額の担保を提供するか供託することで執行を回避することができる

Verwaltungsgericht München

■判決の大まかな背景

・クルド人弾圧

トルコには約1,300万人から1,500万人のクルド人が住んでおり、彼らはトルコ最大の少数民族です。クルド人は長い間、トルコ政府との間で緊張関係にありましたが、連邦外務省の現状報告書によれば、彼らは出身地のみを理由に国家的弾圧を受けることはないとされています。

・クルド人の言語と文化

クルド語、クルマンジー方言、ザザキ語の私的使用は認められており、書き言葉も話し言葉も制限されていません

・メディアと報道の自由

トルコでクーデターが未遂に終わって以来、クルド人の印刷・映像メディアの多くが閉鎖され、法的手続きやジャーナリストの逮捕により、クルド人メディアやクルド人問題に関する報道への圧力が続いています。しかし、クルド語だけで放送しているテレビチャンネルはまだ複数あり、クルド語の番組を提供したり、クルド語だけで放送しているラジオ局も沢山あります。

・暴力と迫害の実態

2020年には、メディアが公の場でクルド語を話したり、クルド人とみなされたりした人々に対する暴力行為を報道しました。個人による自発的な暴力に加え、トルコ民兵によるクルド人グループに対する組織的な暴力攻撃もありました。しかし、国家の不作為を含め、トルコにおけるクルド人の集団迫害を正当化するような密度の迫害があるとは考えられません

・国内避難の選択肢

クルド人には国内避難の選択肢が開かれており、特に西トルコの人口密集地域は、南東トルコにおけるトルコ治安部隊とPKKとの暴力的衝突などに起因する高い危険性を軽減することができます。


ここからはもっと具体的に見ていきましょう。


■【詳細+追加情報】判決文の日本語訳(仮訳)

文量多いので一部になりますが、参考になりそうな箇所を選んでそのパラグラフを翻訳してみました(※番号が途中飛びます)。
個人的にはなかなか知り得ないトルコの内情がよく分かって結構面白かったです。
あと「この主張どっかで聞いたな?」「…はぁっ!?」って箇所も…

■判決文

ミュンヘン行政裁判所、2021年5月判決

題名:
トルコからの亡命、未成年の子供がいる家族、夫の姉妹に対するPKK/YPG容疑、偽造逮捕令状の提出、証明書

法律条文:
難民法第3条
難民法第4条
滞在法第60条第5項
滞在法第60条第7項

出典:
BeckRS 2021, 35315

判決要旨
I. 訴訟は棄却される
II. 原告らは訴訟費用を負担する。
III. 費用に関する決定は暫定的に執行可能である。原告らは、被告が事前に同額の担保を提供しない限り、執行可能額と同額の担保を提供するか供託することで執行を回避することができる。

事実関係
1
原告らは、被告(ドイツ側)によって却下された亡命申請を訴訟で追求しています。


原告は、クルド民族に属するトルコ国籍者です。第1原告は1988年…で生まれ、第2原告と結婚しています。第2原告は1986年…で生まれました。
彼らは、第3原告(2011年…生まれ)および第4原告(2013年…生まれ)の親です。
2016年8月4日に連邦移民難民庁(Bundesamt für Migration und Flüchtlinge)で行われた初回の聴取において、第1原告と第2原告は、2016年7月13日にトラックでトルコを出発し、2016年7月18日にドイツに入国したと述べました。家族全員に対して亡命申請が行われました。

3
2016年9月28日の追加聴取において、第1原告は出国まで…地区の…村で生活していたと述べました。
彼の両親、兄弟、大家族はまだそこに住んでおり、兄弟の一人と妹はドイツに住んでいます。彼は学校に通ったことがなく、村には学校がなかったため、もしあったとしても通えなかっただろうと言います。
職業訓練を受けたことはなく、農業に従事していました。2008年から15か月間、兵役を果たしました。
逃亡の理由について、第1原告は、彼の妹が約17~18年間PKK(クルディスタン労働者党)で独立したクルディスタンのために戦っており、現在シリアに住み、…TVで働いていると述べました。
2015年に彼女が病気になり、彼は1週間シリアに彼女を訪ねました。そこで彼らはPKKの制服を着て写真を撮りましたが、それは冗談であり、単に写真撮影のためだけでしたが、トルコに戻ると、誰かに密告され、警察に逮捕されて尋問されました。彼らは彼がなぜシリアに行ったのかを知りたがっていました。
彼はシリアに行ったことを否定しましたが、それでも3日間拘束され、父親が警察に4000トルコリラを賄賂として渡したことで釈放されました。釈放後、彼が町を離れたい時はいつも、同じ警察官に報告しなければなりませんでした。
村には情報提供者がおり、彼が動くとすぐに警察に通報されていました。自由に動けなくなったため、国を出ることを決断しました。
彼はまた、通りに出るのが怖かったと言います。
なぜなら、人々が頻繁に射殺され、その犯人が誰か分からないことがあったからです。
彼は以前にも妹の件で警察に尋問され、4回投獄されたことがありました。
警察がどうやって妹がPKKにいると知ったのかは分からないと言います。情報提供者が伝えたものだとのことです。彼は犯罪で有罪判決を受けたこともなく、裁判も起こされていません。また、彼に対する訴えも出されていませんでした。彼は常に短期間で釈放され、警察官に殴られ、今でも背中の痛みが残っていますが、それを証明することはできません
最後に起きたのは約1年前で、…警察本部に拘束されました。彼はテロ組織であるPKKを支持していると非難されました。弁護士は依頼しませんでした。村には弁護士がいなかったし、何もしてくれないだろうと考えたからです。
彼は政治活動をしたこともなく、団体に所属したこともありませんでした。彼がトルコを去ったのは、毎回警察に報告しなければならないことに疲れたからです。
また、村での生活も非常に困難でした。クルド人としてトルコでの生活は簡単ではありませんでした。
出国直前にPKKメンバー2人が警察に射殺されたこともあり、PKKのメンバーではないにもかかわらず、彼は恐怖を感じていました。他の都市でも彼はクルド人として認識され、トルコ人がクルド人を嫌っているため、悪く扱われるだろうと言います。彼は国に戻れば、不法に出国したために逮捕されることを恐れています。トルコでは毎日不当に人々が亡くなっています。


第2原告は、2016年11月2日の聴取で、学校には通っていないが、多少の読み書きができると述べました。彼女は主婦でした。彼女の両親、兄弟、大家族はトルコに住んでいます。
彼女がトルコを離れたのは、夫が警察との問題を抱えていたためです。彼はYPG(人民防衛隊)のメンバーである彼の妹をシリアで訪ねました。トルコに戻った際、彼はテロ組織を支援していると非難されました。
また、彼らの家は何度も捜索されました。彼らはクルド人としてトルコで非常に困難な生活を送っていました。
彼らはテロリストとして見なされ、ひどい扱いを受けました。家と台所まで捜索された際、彼らは動物のように扱われました。彼女自身も夫と共に2回警察に逮捕され、拘束されました。これは約1年前のことです。
彼女はそれぞれ5~6時間警察本部に拘束され、尋問された後に釈放されました。彼女は地下室に連れて行かれ、目隠しをされました。
彼女は、家に武器を隠しており、PKKを支援していると自白するよう圧力をかけられました。彼女は身体的な虐待は受けませんでしたが、髪を引っ張られました。彼らは彼女をテロリストと呼び、絶えず脅迫しました。尋問の際、彼女は警察官と兵士から家族を破壊すると脅されました。
これらの脅迫については訴えませんでした。
彼女に対する刑事捜査は行われていませんが、彼女は夫が捜索されていると推測しています。彼は賄賂で釈放されました。彼らは弁護士を依頼しませんでした。
第2原告は、夫に対して逮捕状が出ているかどうかは確かではありませんが、夫の叔父と隣人はそれを知っていたと述べています。彼らの近くで2人のトルコ兵が殺害されましたが、夫はそれに関与していません。
隣人の娘が彼の名前を現場にいた者として挙げたにすぎません。彼女は政治活動はしていません。
別の地域でも安全に暮らすことはできなかったと言います。
彼らは昨年、…で4か月間生活していました。トルコ兵が殺されるたびに、彼らはクルド人としてその責任を問われ、クルド人の車が放火されました。
彼女はトルコに戻ると、夫が逮捕され、彼女は子供たちとともにホームレスになることを恐れています。彼女は、もし強制されなければ、故郷を離れることはなかったでしょう。第3原告と第4原告に関しては、独自の逃亡理由は主張されていません。

5
2017年5月4日の決定で、被告(ドイツ側)は第1から第4原告に対し、難民認定を認めない(第1項)、亡命申請を拒否する(第2項)、補助的保護の地位を認めない(第3項)と判断し、滞在法第60条第5項および第7項に基づく強制送還の禁止は適用されないとしました(第4項)。また、原告に対して強制送還が通知され(第5項)、強制送還日から30か月間の入国および滞在禁止が規定されました。理由は決定書に記載されています。この決定は、2017年5月16日に郵送で通知されました。

6
原告は当時の代理人を通じて、2017年5月…日に訴訟を提起し、以下の申し立てを行いました。

7
1. 2017年5月4日の連邦庁の決定は、2017年5月15日に通知されたものを無効とする。

8
2. 被告は原告に難民認定を与える義務を負う。

9
3. 補助的保護の地位を与える義務を負う(補助的申し立て)。

10
4. 強制送還禁止の存在を確認する義務を負う(補助的申し立て)。

11. 原告は聴取において、トルコで脅迫され、帰国すれば死亡の危険があることを信憑性をもって述べたと主張します。トルコにおけるクルド人の現状を考慮し、特にPKK支援の疑いから、原告は非人道的または屈辱的な扱いを受ける恐れがあると指摘しています。第1原告の妹は、1994年7月11日に連邦庁から難民認定を受け、2004年3月に再出国しました。彼女はその後の数年間、シリアとイラクに滞在し、第1原告とイラクで再会しました。

12. 2016年6月13日付の逮捕命令書のコピーとその翻訳が第1原告に関するものとして提出されました。

13. 第2原告については、2018年10月30日付の…クリニックの診断書、Dr. C*…の無署名の診断書、Prof. Dr. Dr. G*…の内科診断書、Dr. med. B*…の2018年11月2日付の診断書、およびDipl. Päd. univ. P*…の2018年11月26日付の共同住宅での生活状況に関する書簡が提出されました。

14. 第3原告については、2018年1月20日および2月2日付のLMUクリニックの医療文書、ならびに2018年3月15日、6月8日、8月8日、2019年2月18日、7月31日、2020年12月18日付の証明書が提出されました。また、家族の居住状況に関する小児科医からの証明書が含まれています。

15. 第3および第4原告に関しては、2020年12月10日付の診断書が提出され、彼らが閉塞性気管支炎/喘息に苦しんでいると記載されています。

16. 2020年11月23日の裁判所決定により、単独裁判官がこの事件を裁定することになりました。

17. 2021年5月10日の口頭弁論で、第1原告と第2原告は情報提供のために聴取されました。

18. 詳細については、裁判および行政記録の内容を参照します。

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19-30の要約:

訴訟の根拠:
訴訟は主張および補助的な請求において根拠がなく、争点となっている決定は合法であり、原告の権利を侵害していません

難民認定の要件:
難民法第3条第1項に基づく難民認定の要件は満たされておらず、原告がトルコに帰国した際に迫害の危険があるとは認められません。難民認定の要件には、基本的な人権の重大な侵害を引き起こす行為や、異なる措置の累積によって重大な影響を与える行為が含まれます。

迫害の理由と行為の関連性:
迫害の理由と迫害行為の間には関連性が必要であり、外国人が実際に迫害の原因となる特徴を持っているかどうかは関係ありません。

迫害の恐れの証拠:
外国人がすでに迫害を受けた場合、それは迫害の恐れがあることの重大な証拠となりますが、再びそのような迫害の脅威があることを示す確固たる理由がない限り、証拠の緩和が適用されます

保護を求める者の責任:
保護を求める者は、迫害の理由を一貫した形で提示し、具体的な詳細を挙げて信憑性のある証拠を示す必要があります。

原告の主張の信憑性:
原告は、トルコでのグループへの所属や個々の状況に基づく迫害の理由を信憑性を持って示していません。特に、クルド民族への所属に基づく迫害については、提出された証拠に基づき、法的に要求される迫害の密度を満たしていないと判断されています。
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※ここからは具体的な数字と共にドイツ側の反論が開始されるので必見です。トルコの内情(+医療体制)も暴露されます。初登場情報あり。
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31
総人口約8,200万人のトルコには、約1,300万人から1,500万人のクルド人が住んでいる。クルド人はトルコ最大の少数民族である。
連邦外務省の現状報告書によれば、彼らは出身地のみを理由に国家的弾圧を受けることはなく、特に身分証明書には、特にクルド系の姓を持たない限り、トルコ国民がクルド系であるかどうかは通常記載されていない(連邦外務省、2020年8月24日付トルコ共和国の亡命・国外追放状況報告書-以下「状況報告書」と略す、p.12参照:) 状況報告書-、p.12)。
トルコで話されているクルド語、クルマンジー方言とあまり普及していないザザキ語の私的使用は、公的使用は制限されているものの、書き言葉も話し言葉も、いかなる制限も受けていない

2014年3月2日にトルコ議会で可決された「民主化パッケージ」によって、とりわけクルド語を教えたり、クルド語の地名を使ったりする機会が設けられた。
トルコ語を唯一の国語とする憲法上の規定は依然として有効であり、クルド人やトルコ語を母語としない他の少数民族の人々が公共サービスを利用することを困難にしている(情勢報告12ページ参照)。
トルコでクーデターが未遂に終わって以来、クルド人の印刷・映像メディアが閉鎖され(情勢報告書6ページ、13ページ参照)、法的手続きやジャーナリストの逮捕により、クルド人メディアやクルド人問題に関する圧力が続いている。
しかし、クルド語だけで放送しているテレビチャンネルはまだ8つあり、クルド語の番組を提供したり、クルド語だけで放送しているラジオ局は27ある。ただクルド人問題に関連するイベントは、治安情勢を理由に禁止されている(2021年1月27日付オーストリア共和国連邦移民亡命局国別文書トルコ情報シート-以下参照: BFA -, p. 85 f. 参照)。

32
2020年においても、メディアは公の場でクルド語を話したり、クルド人とみなされたりした人々に対する暴力行為を繰り返し報道した。個人による自発的な暴力に加え、トルコ民族主義民兵によるクルド人グループに対する組織的な暴力攻撃もあった(BFA, p. 86 f.)。とはいえ、

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