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【舞台】偽曲「グスコーブドリの伝記」


(原作:宮沢賢治 グスコーブドリの伝記)

【登場人物】
ネリ
手樟飼い
山師赤ひげ
クーボー先生
ペンネンナーム技師
ブドリ
(すべて一人で演じるものであるが、それぞれ別の役者をあてても可)


開幕。
舞台上には4つの椅子がある。
椅子はそれぞれ違ったデザインのもの。
女が登場。
観客にむけ語り始める。

ネリ   あの、兄を知っていますか? ブドリです、グスコーブドリ。ご存知ないですか。イーハトーブ出身の木こりの息子です。本当にご存知ないですか。私は妹のネリです。兄を探しているんです。

ネリ   私達は毎日森で遊んでいました。森は父の職場でしたから。森では木苺をとったり、山鳩の真似なんてしたり。ずっとそんな日が続くと思っていたんです。私が七つで、兄さんが十の時でした。その年はなにかおかしくて、春からお日様が変に白くて、雪解けと共に咲くはずのこぶしはいつまでたっても咲かなくて、五月になっても霙がぐしゃぐしゃと降り、七月になってもいっこうに暑くならず、麦も果物も栗もオリザもすかすかのものしかできませんでした。その年はなんとか越しましたけれど、次の年もまったくおんなじようで、木の根や柔らかい皮の部分などを食べました。私はこれが飢饉というものだと初めて知ったのです。次の春が来た頃には、父も母もひどい病気のようでした。……父さんどこ行くの? 森? 遊びに行くの? 行ってらっしゃい。父さん、遊びに行ってくるって。遊びに行ってくるって言ったのに。ねぇ母さん、父さんはどうして帰ってこないの? え、父さんを探しに行くの? 私も行く。ね、お兄ちゃん。私達も行く。え、なんで? なんで駄目なの? あ、母さん待って。母さん! 母さん! 母さん! ……うん。(しばらく母を探すが兄に説得されて家へ戻る)ねぇお兄ちゃん。父さんも母さんもどうして帰ってこないの? …おなかすいた。(SEドアノック)あ、母さんだ! (誰かを迎えて)…え? 誰、ですか? 助けに来た? これなんですか? お餅? 食べられるの? (何かを受け取り食べて)美味しい。はい、お兄ちゃん。美味しいね。…? なんですか? きゃあっ! なに? おろして。助けて。お兄ちゃんお兄ちゃん助けてお兄ちゃん! ……見知らぬ男はぷいっと私を抱き上げて、背の籠に入れたのです。そしてそのまま外へ飛び出しました。私は怖くなってわっと泣きました。兄さんが「どろぼうどろぼう」と叫びながら追ってきましたけれどすぐにその声も聞こえなくなりました。私が覚えてるのはここまでです。

女が椅子のひとつに座る。
途端にその椅子で初めから話を聞いていた男となる。
男、語り始める。

手樟飼い そうかい。いや、イーハトーブならおれの手ぐす工場があったところだ。ちょうどあんたの家の近くかもな。なにしろ俺は手ぐすを飼うためにそこらの森一帯を買ったんだ。そこにおまけのようにいた子供に声をかけた。

男、立ち上がる。

手樟飼い (ブドリにむかって)ここへ網をかけな。何故? 何故も何もないだろう、俺は手ぐす飼いなんだから手ぐすを飼うためにきまってるじゃないか。なに、やり方がわからない? 教えてやるから一回で覚えろよ。ここにこうして網をかける。やってみろ。そうだそうだ。こっちもな。そうだそうだ。あっちもな。そうだそうだ。虫が大きな黄色い繭をつくりはじめたら教えろよ。…(ブドリにすべてを任せだらけている)…なに? 作り始めた? 早く言え! 片っ端から繭を集めろ! この鍋に湯を沸かせ! 繭を全部放り込め! 早く! 早く! 早くしないと……あー蛾になっちまった。まぁ半分くらいはとれたかな。じゃあ俺は手ぐすを街に売りに行く。お前は留守番をしていろ。次の春までだ。じゃ。(と言ってすぐに戻り)やあ春になった。なんだお前全然変わらないな。もうやり方は覚えただろ? 虫が大きな黄色い繭をつくりはじめたら教えろよ。…(ブドリにすべてを任せだらけている)…なんだ? (地面が揺れ出し派手に転倒)地震か? (遠くの山を見て)…噴火だ! …それで俺の手ぐすは灰をかぶって全部死んじまった。手ぐす工場だって閉鎖するしかない。俺は子供にここにいても危ないから野原へ出て稼ぎな。そう言ったんだ。俺が知ってるのはここまでだ。

男、自分が座っていた椅子とは別の椅子に座る。
別の男に変わる。
二人目の男、語り始める。

赤ひげ  ブドリ? 俺の見たブドリは一人だからあいつのことかもなぁ。俺が山師だったころのことだよ。それまで冷たい夏が三年続いたろう。だからその年には今までの三倍暑くなると睨んだんだ。三倍の暑さならとれるもんも三倍だ。とにかく忙しくなるはずの年だったから人出が欲しかったんだな。

二人目の男、立ち上がる。

赤ひげ  なに? 僕を使ってくれませんか? あぁいいだろう。沼畑をかきまわす仕事をやろうな。(かきまわしながら)一、二、三、…二十。よしかき混ざった。次はオリザを植えよう。(植えながら)一、二、三…十。次は草取りだ。(草取りしながら)一、二、三…七。さて次は、あ! 病気だ! オリザが赤い点点の病気になっちまった。いや、大丈夫さ。任せておけ。こうして沼畑にこれをまいておけば。(何かを撒く)え? これ? 石油だよ。石油につけられたら人間だって死ぬだろう。病気だって死ぬだろう。同じ理屈だ。でもやっぱり今年のオリザは減ってしまうだろうな。暇になるだろうからお前は勉強でもしたらどうだ? オリザがとれなかったらどうするかなー、蕎麦でも食べるか…。(ブドリに何かを言われ)なに? 赤い点点の病気の治し方を見つけた? 木の灰と塩か。いやー石油は惜しかったな。しかしこれで今年は大豊作間違いなしだ。え? 次は日照り? まぁそんなこともあるさ。今年こそ、え、また日照り? こうなったら沼畑を売るよりほかにないか。じゃあ、この辺を少し。この辺りも売るか。それからここもいいかな。あとはこっちと。え…残ったのはこれだけ? そうして手持ちの沼畑もほんの少しになっちまって、ブドリに礼をすることもできなくなった。若い盛りのブドリをいつまでも俺のところにいさせるのは気の毒だったので余所へ働きに出なさいとそう言ったんだ。俺が見たのはここまでだ。

男、自分が座っていた椅子とは別の椅子に座る。
別の男に変わる。
三人目の男、語り始める。

クーボー あぁ、ブドリ君。知っているよ。彼は実に頭のいい生徒だった。最初は私の授業中におおきくこんにちはと呼びかけてきたんだった。

男、立ち上がる。

クーボー 授業中だから静かにしたまえ。ではこれより試験を行う。ノートを見せてみなさい。(順々に生徒のノートを見ながら)ふむ、合格。ふむ、合格。ふむ、不合格。さあ次は、おや君はさっきのこんにちはの君だな。どれノートを見せてみなさい。ほう、実によく描けている。では聞こう。工場の煙突から出る煙の中にはどういう種類があるか。ふむ、黒、褐、黄、灰、白、無色…(ここまでが正解で以降は予想外の答え)それからこれらの混合です? はっはっはっそれはいい!…私は彼に大変興味を持ってどんな仕事をしているのかと聞いた。すると仕事を探しに来たと言うではないか。だから私は紹介してやったのだ。イーハトーブの火山局を。

男、自分が座っていた椅子とは別の椅子に座る。
別の男に変わる。
四人目の男、語り始める。

ペンネン クーボー先生の紹介をうけてブドリ君がやってきました。火山局の仕事の重要性をちょいと説明してあげました。えぇ、火山局の機械は三百の火山に繋がってますからね。そのしかけや、様々な機械の動かし方、活動状態に合わせて鳴る音楽の種類などを全部教えました。二年もすればすべての火山の動きを掌握しておりましたよ。

男、立ち上がる。

ペンネン ブドリくん、これはどこの火山でしたかな。サンムトリ。そう、サンムトリだ。これを見てください。噴火の兆候が出ています。爆発すれば山の三分の一を吹き飛ばして、サンムトリの街にがれきを降らすでしょう。ガス抜きをしなければなりません。すぐにサンムトリに向かいますよ。(サンムトリに到着)ブドリくん、ガス抜きの為の仕掛けにどれくらいかかると思いますか? そう十日です。火山の爆発までは? そう、それも十日です。…急ぎましょう! そうしてやぐらをつくり電線を配置して全部の準備を四日で済ませました。急いでふもとに降りてスイッチを押して火山をちょこと噴火させたのですよ。ちょこっとと言っても溶岩は流れ出るし、小石も降るし、街は灰で覆われ空は変に緑色になりますけどね。それでもちょこっとです。普通に噴火すれば街は壊滅したでしょう。それから火山局は火山と共に天気を操ることになったのです。ある年は窒素肥料を雨と共に降らせることになりましてね。おかげでその年は十年で一番の豊作でした。ところがそれをよく思わない輩がいるらしいのです。私達はちゃんとポスターを出したのですよ。窒素肥料をまくからその分を計算してその他の肥料をまくようにと。火山局のこやしのせいでオリザが枯れたとかそんないちゃもんを…なに? ブドリくんが暴漢に襲われた!?

男、退場。
冒頭の女、再び登場。

ネリ   こちら、ブドリさんの病室でしょうか? …兄さん? 兄さんでしょ? 私よ、妹のネリ。覚えてる? 新聞を読んでたら兄さんの名前があったから驚いて訪ねてきたの。怪我は大丈夫なの? え? あれから? …私をさらった男は私を牧場に捨てて逃げたの。そこの主人が私を拾ってくれて、赤ん坊のお守りなどをさせてもらってたんだけど、兄さん私結婚したの、その牧場の息子と。可愛い男の子だって生まれたのよ。えぇ、会いに来てちょうだい。そうそう、今年肥料を降らせたのは兄さんなんですって? おかげで今年のとうもろこしの出来がすごくよくて、みんな大喜びなのよ。えぇ、私幸せよ。それからは平和な日々でした。兄さんが退院してからちょくちょく私達に会いに来てくれたり、兄さんがお世話になったと言う山師の方に会いに行ったり、父さんたちのお墓を見つけたりしたのです。そして兄さんが二十七のときでした。またあの気候が来るような気がすると言ったのです。あの年と同じように、こぶしが咲かなかったり、五月に霙が降ったりしたのです。

女、三番目の椅子に座る。

クーボー あぁ、わかってるよブドリくん。私も頭を悩ませている。またあのような冷害が来るとは。問題は炭酸ガスの量だ。例えばカルボナードほどの火山をわざと噴火させ空気中に炭酸ガスを増やす。そうすれば気温の低下は防げるはずだ。理論上の話だ。確実性に欠ける。成功させるには、最後までそこに残ってる人間が一人必要だ。…駄目だ。それは許可できない。……ペンネン技師に相談したまえ。

四番目の椅子に移る。

ペンネン そうですね。確かにその方法なら冷害を防げるかもしれません。…私がやりましょう。何しろ私は年ですからね。…なにを言うんですかブドリくん。君はまだ若い。君は…。

男、立ち上がる。

ペンネン ブドリくんはこの作戦の不確かさをわかっていたのでしょう。もし失敗したときには私に後をまかせたと言ったのです。私はうなだれることしかできませんでした。そして三日後、私達はカルボナード火山へむかいました。いつものようにやぐらを組み、いつものように電線をひきました。いつもと違ったのはそこにブドリくんが残ったことです。

今までの誰でもない男へと変わる。それはブドリ。
ブドリ、電線を引き、ペンネン技師らと握手を交わす。深々とお辞儀。
誰にともなく自身を犠牲にする理由を短く話す。

ブドリ  私のようなものは、これからたくさんできます。私よりもっともっとなんでもできる人が、私よりもっと立派にもっと美しく、仕事をしたり笑ったりして行くのですから。

その言葉が届いたかのように女へと変わる。

ネリ   では、あの日青空が緑色に濁って、お日様があかがねいろになったのは。兄さんが? 私達が最初に望んだように、この冬をあたたかい食べ物と薪でくらすことができているのは兄さんのおかげだというのですか。

すべてを知った女、微笑んで。

ネリ   …私信じませんよ。私が尋ねるとあなたがたはいつだってそうお話しくださいますけど、兄が死んだなんてそんな話は信じませんよ。クーボー先生、ペンネン技師、その話は聞きあきました。私は本当の話を知りたいのです。あの、兄を知っていますか?ブドリです、グスコーブドリ。ご存知ないですか。イーハトーブ出身の木こりの息子です。本当にご存知ないですか。私は妹のネリです。兄を探しているんです。

閉幕。

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