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【小説】200字文庫

200字以内に起承転結を詰め込んだ作品集


ローリング・アップル

足元に転がってきた林檎。
坂の上を見れば、老婆と数人の男が戸惑った様子で佇んでいる。
漫画のようだと思いながら、拾った林檎が傷んでないか確認して
急勾配を登っていった。

「ごめんなさいね」

やたらと恐縮する老婆に手渡そうとした瞬間。
まるで意思でもあるかのように林檎は私の手から零れ落ち、
みるみる坂を転がっていく。
通りかかった男が怪訝そうにこちらを仰ぎ、林檎を拾い上げた。

「あぁまた...」

老婆が溜息まじりに呟いた。


いたたたた

起きたらお腹を壊してた。

昨日アイスを二本も食べたせい?

それともお臍を出して寝てたかな。

あーあ、痛いなぁ......修理費用。


アンドロイドは電気羊の夢を云々

ある技術者が発表した次世代人工生命体。
テレビに映ったその顔は、何故か私にそっくりだった。

街を歩けば指をさされ、友人は皆よそよそしくなり、「極秘の実用化実験ですか」と報道陣が詰めかける。
ロボット扱いはうんざりだ。
どうして私の顔を真似たのか。

文句を言うべく製作者の家を突き止めて、私は単身乗り込んだ。
ドアを開けた男がにこやかに言う。

「実用化実験は成功だ。電源を落としていいよ」

途端、私の意識は消失した。


二百字文庫殺人事件

毎回 193 字という条件で連載を始めた推理小説。
奇抜さがウケて売上は好調だ。
前回は容疑者を食堂に集めた場面で≪次号へ続く≫となっている。
意外な犯人に読者も驚嘆するだろうとほくそ笑みながら、
私は最終回が掲載された雑誌を開いた。

――「私の目は誤魔化せません。犯人は貴方です」
その場に居合わせた者は一様に息を飲んだ。
彼が指差したのは≪ご愛読ありがとうございました。
勘解由小路慎之介先生の次回作にご期待ください。≫


人気者の君

散るタイミングを逃がした花が無様にしがみついた枝の下。
大勢の人に囲まれて、君はぐしゃぐしゃに泣いていた。
行く当てのない花びらが一枚、濡れた頬へと寄っていく。
花でさえも君に惹かれる。覚えたのは嫉妬だろうか。

人混みを縫って近づいて、薄紅の欠片をそっと摘まんだ。
「ついてるよ」
一瞬の驚きと、はにかんだ笑顔。
あぁ、ずるいな。

今でも鮮明に覚えている。
君に触れた、ただ一度の思い出。


予期せぬエラー

例えばゲームのプログラムのように、
僕が知覚した範囲しか世界が存在しないとしたら。
普段は直進する交差点を不意に曲がれば、
その先には何もないかもしれない。

そんな夢想に耽りつつ歩くいつもの朝。
ふと財布を忘れたことに気が付いた。
一度戻るべく振り返ると......視界が白い。
なんだろうと思う間もなく頭の中で声が響いた。

「急に振り向かないでよ」

白い靄がゆっくりと、今来た道を象った。
僕はもう一歩も動けなかった。


0時22分

浴室から出ると日付はとっくに変わっていた。
携帯は沈黙している。
SNS でこちらから発信すればイイネが沢山つくだろう。
ただ、真っ先にオメデトウを伝えるべく張り切ってくれるような存在は、私にはいないのだと思い知る。
きっと覚えているのは母だけだ。
今年もお祝いのメールが朝方に届くだろう。
暗澹たる思いで裸のまま体重計に乗る。
私の重みと登録しているデータが順に表示される。
年齢を表す数字が、昨日より 1 つ増えていた。


百年後に会いましょう

気付けば、私は見知らぬ電車の中にいた。

何か様子がおかしい。
やけに静かだ。揺れも殆どない。

乗客は不気味に俯いている。
誰もが同じ物を握っているが、
到底切符には見えない。
それはまるで位牌のようだ。

ここは異世界か、はたまた死後の世界か。
窓の外に有り得ない物を見て悲鳴を上げた瞬間、
寝床の中にいる自分に気が付いた。

やけに質感を伴った夢。
思い返すだけで身震いする。
十二階よりも遥かに高い、天を衝くようなあの塔は。


微睡みの葬送

すやすやと眠る顔を眺めながら、
あなたが死んだらこんな風だろうかと想像する。

やや薄目。私を見ていそうで見ていない瞳。
触れればきっと冷たくて、名前を呼んでも応えない。
呼吸しない唇は、永遠に口付けていても許される。

あ、起きそう。
痙攣する瞼にイメージが搔き消える。
あまり動かないでほしい。もっと死に顔を見ていたいのに。

どうせ私はあなたの葬儀に出られないから。


天才作家の苦悩


「何も浮かばない!」

作家は叫んだ。
さっきから集中しているのにネタは少しも浮かびやしない。

「難しいなぁ、空中浮遊術」



「ネタが降りてこない!」

作家は叫んだ。
やっと浮かんだはいいが、ずっと天井付近に張り付いているマグロ。
シャリだけが残された皿を抱えて既に30分。いい加減食べたいのに。

「本当に難しいなぁ、空中浮遊術」

(完)

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