【舞台】クドリャフカ


【登場人物】
人間
仔犬
他の人間(2名以上が好ましい)


開幕。
舞台上には小さな箱がある。
その他様々な機械。何かを計測しているようだ。
やがて箱の小窓から明かりが漏れ、内部の様子が窺える。
何かいる。
計測している人間が現れ、その時を待つ。
時間になったら人間の手によって箱が開けられ、中にいた何かが出てくる。
それは小型犬。

仔犬   ぷはーっ長かった! どれくらい? どれくらい? わぁ、やったぁ! 記録更新! わはは、褒めて褒めて。やだ、くすぐったいよ、やめてやめて。あーだめ、やめないでもう一回。えへへ。私頑張ったでしょー凄いでしょー。だからさー。……もうわかるでしょ! 美味しいごはんちょうだい!…きゃーやったぁ!…食べていい? …食べていい? …いただきまーす! …ふぅー。ごちそうさまでした。

また別の日。

仔犬   はい、いつもの体調検査ね。大丈夫だよ。調子いいもん。ね、私一番とれるかな。本当? 絶対に? うん一番とりたい。だって一番とったら行けるんでしょ? 行きたいな。だって君が行きたいところなんでしょ。だったら私も行きたいよ。行けるよね。…はい。今日もばっちり平熱。

また別の日。

仔犬   今日の訓練楽しかったぁ。私空にいったんだよ。すっごい高いところ。この建物なんて全然見えないくらい高いところ。ぼーんって打ち上げられて、凄いスピードなの。それで凄い身体が重たくなるの。なんだっけあれ。イー…じゃなくて、エフじゃなくて、…そうジー! でね、そこからパラシュートで降りてくるの。空は綺麗だったよ。皆が空に行きたがる気持ちわかるよ。ね、君も空に行きたい? 行こうよ今度は一緒に。なんで? 身体が大きいから? ふーん。

また別の日。

仔犬   えーまた狭いところに入る訓練? んー、別に嫌じゃないけど、動けないから退屈なんだもん。やるよ。やるけどさ。君も一緒に入ってくれたら寂しくないのにな。終わったらちゃんと美味しいご飯用意しておいてね。それからいっぱいなでてね。絶対だよ。今度はどれくらいの時間? 2週間? 2週間ってどれくらい?

最終試験が終わる。

仔犬   わーい。一番だったよ。一番成績良かったの! 褒めて褒めて。私が行くの! 行ってくるよ、宇宙!

途端にクドリャフカの身体に様々な機械や装置がつけられる。
クドリャフカ自身はその機械に挟まれ小さくなる。

仔犬   これはなにする機械? へぇ、これでちゃんと息ができるんだ? ご飯はどうするの? えーなにこれ、ドロドロで不味そう。それから…。あ、あの。あれは? あれ。…………トイレ。えー。何これ。こんなものの中にするの? やだー。ちゃんと消臭もするからってそういう問題じゃないよ。え? もう時間? わかった。いつもの訓練みたいにちゃんとやるから。任せて。じゃあ行ってくるね。

カウントダウン。
暗転。
暗闇の中で浮かび上がるクドリャフカの姿。

仔犬   来た…。来た…。私、宇宙にきたんだ。

しかし特に何も起こらない。

仔犬   あー狭い。訓練で慣れてるからいいけどね。空気は1週間もつって言ってたし。1週間ってどれくらいだろう。ご飯は多めに入れて10日分あるって言ってた。10日ってどれくらいだろう。まぁいいや。いつもみたいにじっと我慢してれば終わるよね。退屈だけど頑張ろう。帰ったらいっぱい褒めてもらおう。帰ったら。帰ったら。

そうしているうちにたちまち10日が過ぎる。

仔犬   あれ? これ最後のご飯? 10日目? じゃあ明日にはもう帰れるのかな。宇宙はつまんなかったな。はやく終わんないかな。ん、なんか苦い。なにこれ。もういいや。

クドリャフカ、何かを待つ。
しかし何も訪れない。
そのうち眠気が襲ってくる。

仔犬   …なんでだろ。まだ寝る時間じゃないのに眠い。どうするんだろ。どうやって帰るのかな。あれ、帰れるよね。帰り方をちゃんと聞いておけばよかった。息ができて、ごはんがあって、トイレも大丈夫って聞いたけど。帰り方。何かスイッチ押すのかな。コンピュータをいじるのかな。でも眠たくてもうなんにもできないや。ちょっと…寝よう…。

クドリャフカ、眠りにつく。
眠りに見せかけた死。
今、静かに息を引き取ったクドリャフカ。
しかし遠く離れた地球で計測していたはずの人間が突如空間に割って入る。

人間   クド。クド。起きて。
仔犬   …ん?
人間   あのね、違うんだって。
仔犬   なに?
人間   きみ、安楽死したんじゃないんだって。
仔犬   え、そうなの?
人間   うん。
仔犬   私、どうやって死んだの?
人間   焼死。
仔犬   焼け死んだの?
人間   そう。
仔犬   なんで?
人間   大気圏突破した時の衝撃で、外側の耐熱シート、あるでしょ? あれが外れたみたい。あれがないと内部の温度あがるからさ。生物は無理だね。
仔犬   そうなんだ。安楽死かと思ってた。間違えちゃった。もう一回やるね。
人間   うん、頑張って。
仔犬   上手にできたら褒めてくれる?
人間   当たり前だろ。

カウントダウン。
暗転。
暗闇の中で浮かび上がるクドの姿。

仔犬   来た…。来た…。私、宇宙にきたんだ。

鳴り響く警告音。

仔犬   なに?なんか壊れたの?

どうすることもできずただおろおろ。
そのうちに室内の温度が上昇する。

仔犬   なんか熱い…。

機械が異常な温度になっている。

仔犬   熱! え? なに? なんで? やだ助けて! 熱いよ! 誰か! ここから出して! 元に戻して! 帰りたい! 出して! 出して! 出して! 熱いよ、熱い、熱い。痛い。あー……あー…。

クドリャフカ、熱気の中焼死する。
またしても人間が話しかける。

人間   クド。クドリャフカ。
仔犬   ……。
人間   大丈夫?
仔犬   なに?
人間   また違ったみたい。
仔犬   え?
人間   窒息だって。
仔犬   窒息。
人間   これ。酸素と二酸化炭素の循環器の故障。
仔犬   どうなるの?
人間   酸欠状態で窒息死だって。
仔犬   そっか。窒息って苦しいのかな。やだな。
人間   うん。頑張れ。
仔犬   うん。頑張るよ。終わったらいっぱい頭なでてね。
人間   わかってるよ。

カウントダウン。
暗転。
暗闇の中で浮かび上がる仔犬の姿。

仔犬   来た…。来た…。私、宇宙にきたんだ。

今度は既に怯えている。

仔犬   ……っ…は…息…ッ………。

クドリャフカ、窒息死。
またしても人間が話しかける。

人間   クド。
仔犬   ……。
人間   クドリャフカ。
仔犬   ……。
人間   クドリャフカ、ごめん、起きて。
仔犬   ……。
人間   もっと早い段階だったみたいだよ。
仔犬   はやい?
人間   打ち上げから数時間後。
仔犬   何があったの?
人間   パニック状態でストレス死。秒速8キロだからね。どれだけの衝撃が君を襲うんだろう。
仔犬   全然わかんないや。
人間   できない?
仔犬   ううん、頑張れるよ。いっぱい褒めてくれるんでしょ? だったら頑張れる。

カウントダウン。
暗転。
凄まじい轟音。
途端に響くクドリャフカの悲鳴。
暗闇の中で浮かび上がるクドリャフカの姿。

仔犬   ………。

クドリャフカ、瀕死の状態。
意識はない。

仔犬   ………。
人間   体温上昇、心拍数上昇、数値がどれも異常です。過度のストレスがかかっていると予想されます。
仔犬   ……。
人間   クド。
仔犬   ………。
人間   クドリャフカ。
仔犬   ………。

ここまでは人間の妄想によるクドリャフカの死の何パターンか。
正しい時系列はいまだ発射前。
クドリャフカが宇宙へ行く前日。

人間   クドリャフカ! クドリャフカ!
仔犬   どうしたの? 大きな声だして。心配なの? 大丈夫だよ。私を誰だと思ってるの? クドリャフカだよ。私一番だったんだよ。どの子よりも成績よかったんだよ。だから宇宙だってどこだって全然へっちゃら。君が褒めてくれるなら…。

他の人間が慌ただしく発射準備をする。

人間   こいつはどんな死に方をするんでしょうか?
他の人間 その話はもうよそう。
人間   こいつは確実に死ぬんです。
他の人間 人類の進歩のためだ。
人間   そんなことのために死ぬんですよ。
他の人間 そんなことじゃない。名誉なことだ。クドリャフカだって本望だろ?
人間   本気で思ってるのか?
他の人間 え?
人間   こいつが人類の為に死にたがってると本気で思うのか?
他の人間 何故マイナス方向に考えるんだ。無重力状態でも生物が生きていられるのかどうか、これは歴史に残る実験になるぞ。
他の人間 クドリャフカの名前は永劫語り継がれるだろうな。世界一有名な犬になるんだ。ほら、クドリャフカだってあんなにご機嫌じゃないか。
他の人間 お前がそんな顔をしているとクドリャフカに不安を与えることになる。お前も笑えよ、クドリャフカみたいに。
人間   何も知らないから笑っていられるんだろう?
仔犬   わん!
人間   お前が選ばれたよ。他の候補だっていっぱいいたのに、お前が一番優秀だったからってさ。お前は優秀なんかじゃない。お前はただ、褒められたくて頑張ったんだろう? 頑張りやだからな。お前が頑張ったおかげでお前が死ぬことになるんだってさ。
仔犬   ……。
人間   お前行きたくないだろう?
仔犬   ……。
人間   行きたくないって言えよ。泣き喚いて嫌だって言えよ。
仔犬   ……。
人間   お前行きたいのか?
仔犬   わん!

途端にクドリャフカの身体に様々な機械や装置がつけられる。
クドリャフカ自身はその機械に挟まれ小さくなる。

人間   これが循環器。狭い室内でもきちんと呼吸ができるように酸素と二酸化炭素を循環する。ご飯はこれ。ゼリー状で味はないけどな、栄養考えてあるから。トイレはこの袋にするんだぞ。はずさなくてもできるようになってるし、消臭機能もあるんだ、凄いだろ。
仔犬   わん!

人間、ハッチの蓋を閉じる。

仔犬   くーん…。
人間   ……。
仔犬   くーん…。
人間   最後に水を飲ませてやりたい。
他の人間 駄目だ。発射まで24時間をきった。もうハッチは開けるな。
人間   最後なんだよ。
他の人間 せっかくクドリャフカが落ち着いてるのに、お前が顔を見せたら状態が不安定になるぞ。
人間   最期なんだよ。
仔犬   くーん…。
仔犬   くーん…。
仔犬   くーん…。
仔犬   …どこ?
仔犬   何も聞こえないよ。
仔犬   真っ暗だよ。
仔犬   水の中みたいだ。
仔犬   訓練に似てる。
仔犬   けど本番だって言ってた。
仔犬   本番ってなに?
仔犬   宇宙ってところ?
仔犬   なんだか熱い。
仔犬   でも背中は寒い。
仔犬   息が苦しい。
仔犬   怖い。
仔犬   怖くない。
仔犬   大丈夫。
仔犬   平気。
仔犬   褒めて。褒めて。いっぱい撫でて。
仔犬   怖い。
仔犬   怖い。
仔犬   怖い。
仔犬   これが君の夢?
仔犬   君はこんなところに来たがっているの?
仔犬   寂しいよ。
仔犬   呼んでよ。
仔犬   助けてよ。
仔犬   あ…。

宇宙船の窓から地球の姿が見える。
その目に映る青い星を眺めクドリャフカは言葉を失う。

仔犬   見えたよ。青いビー玉だ。
仔犬   あれが君の夢でしょ?
仔犬   すごく綺麗。綺麗だって、伝えたいのに、なんかうまく息ができない。
仔犬   君はどこにいるの? 手を振ってよ。わかんないよ。私のこと見えてる? 私の声聞こえてる? 凄いよ。ここは凄い。私宇宙へ来たんだよ。君の夢、叶えられた?

規則的に鳴っていた機械音が止まる。

人間   生体データが…途絶えた。
他の人間 成功だ!
他の人間 人類初の快挙だ!
他の人間 素晴らしい!
他の人間 無重力状態でも生物は生きていられるんだ!
他の人間 偉大な実験だった!
他の人間 おめでとうクドリャフカ!
他の人間 おめでとうクドリャフカ!
他の人間 おめでとうクドリャフカ!
仔犬   ありがとう。
仔犬   君の夢、叶えられた?
人間   ありがとう。
仔犬   こちらこそ、ありがとう。
人間   ありがとう。
仔犬   ありがとう。
人間   ありがとう。
仔犬   ありがとう。
人間   ありがとう。
仔犬   ………。

閉幕。

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