【ボイスドラマ】Whose Shoes
こびとの靴屋
【登場人物】
クロエ
小人トント
小人キュキュ
女性客バネッサ
男性客マッケイ
衛兵
猫
シーン1 ピクシー靴店 1日目 朝
ドアを開け、クロエと衛兵が駆け込んでくる。
クロエ こっちです! 衛兵さん早く!
衛兵 どこだ、不審物は!
クロエ 見てあれ! 机の上に!
衛兵 靴、だな。
クロエ おかしいでしょ!?
衛兵 ここは靴屋だろう? 何もおかしくはない。
クロエ おじいちゃんが死んでピクシー靴店は先月廃業したんです。私は靴なんて作れないし、この家には私しかいないのに、毎朝ピカピカの素敵な靴が置かれてるんですよ。もう5足目!
衛兵 うーんそれは不思議な話だな。新手の泥棒か?
クロエ 物を置いていく泥棒なんています?
がたっという物音がする。
衛兵 誰だ!?
猫 ニャアオ。
クロエ なんだチビか。
衛兵 君の猫?
クロエ 野良です。よくご飯をもらいにくるの。
衛兵 はぁ。ひとまず被害はないんだろう? この辺りの見回りを強化するよ。また何かあったら言いなさい。
クロエ そんなぁ。この靴どうしたらいいんですか。
衛兵 君が履いたらいいじゃないか。
クロエ 嫌ですよ、こんな得体の知れない靴。
衛兵 じゃあまた靴屋を始めたら? 案外神様からのプレゼントかもしれないよ。はっはっは。
衛兵、退場。
クロエ 無責任な事言ってくれちゃって。ねぇチビ。
猫 あのさ、クロエ。何度も言うけどオレの名前はチビじゃないんだって。
クロエ チビは、誰の仕業か知ってる?
猫 聞く耳がない。
クロエ 確かにおじいちゃんが言ってたわよ。うちでは不思議なことが度々起こるって。それは小人の仕業なんだって。…でも小人って。
猫 ピクシー靴店が小人を信じないってどういうことさ。
クロエ はぁ。昨日も戸締り確認したんだけどな。鍵を増やした方がいいのかしら。
クロエ、退場。
猫 そんなことしても無駄だけどね。
小人たち、顔を出す。
トント とんとん。(行ったね)
キュキュ きゅーきゅ。(今のうちに)
猫 やぁやぁ小人諸君。それ新作かい? 今日はもう二足目じゃないか。
トント とんとんとん! (これこそ彼女に似合う靴だよ)
キュキュ きゅきゅきゅ!(はやく履いてくれないかな)
猫 ふむふむ、なるほどね。オレから伝えてあげられればいいんだけど、クロエはちっとも聞こうとしないんだよ。まぁ彼女が気付くのを待つしかないね。
トント とんとん…(だよねぇ)
キュキュ きゅっ!(戻ってきた)
クロエ、戻ってくる。
クロエ ひゃあ! また増えてる!
一通り誰かいないか探して回る。
クロエ チビ、あんた誰も見なかった?
猫 見たよ。
クロエ いったい誰がこんなことしてるの。
猫 小人が。
クロエ 人の家に勝手に忍び込んで。
猫 住んでるんだよ。
クロエ ただ親切で靴を作るわけないわよね。
猫 どういうこと?
クロエ なにか別の狙いがあるのよ。見返りに何かを要求されるのかも。お金とか、私の身体とか!? ねぇチビ。あんた本当になんにも知らないの?
猫 知ってるってば。
クロエ …知らないわよね。
猫 (不満げに)ニャァオ。
猫、退場。
クロエ なによ。
シーン2 ピクシー靴店 1日目 夕方
貴婦人バネッサ、入場。
バネッサ ごめんあそばせ。こちら、靴屋さんよね?
クロエ え!? あのうちはもう廃業して…
バネッサ そこに靴があるじゃないの。
クロエ これは、その…。
バネッサ 見てこれ。ヒールがぽっきり。これから娘達を舞踏会に連れていかなければいけないのよ。なんでもいいから、靴があるなら見せてちょうだい。
クロエ はぁ。そういうことなら、どうぞ。
バネッサ あなたは、お店の人?(怪訝に)
クロエ はい、一応。
バネッサ ふーん、見繕ってくれるの?
クロエ えーっと、ではこちらはどうですか。上品な色使いでセクシーさもあって、奥様にぴったりかと。
バネッサ じゃあそれを試そうかしら。(履く)あら、少し小さいようね。クロエ それならこっちはいかがです? リボンをあしらったデザインが可愛らしくて、華やかな印象です。
バネッサ (履く)これも小さいわ。
クロエ え? じゃあこれは? 女性らしいシルエットですが、ヒールが大きくて安定感が…
バネッサ (履く)これも! なんなのこの店! 革が全部縮んでいるわ!クロエ そんなことありません! 奥様にサイズが合わないだけで…
バネッサ もういいわ! 店員を見れば程度が知れるものね。こんな店、二度と来るもんですか!
バネッサ、退場。
クロエ なによ、馬鹿にして。革は一級品だし、デザインだってすごく素敵なのに。
クロエ、一足履いてみる。
クロエ ほら、履けるじゃないの。
トント とんとん!(やった)
キュキュ きゅきゅ!(やっと)
クロエ 私の足にはぴったりだわ。……ぴったりすぎない? そういえば、全部似たようなサイズよね。これも。これもだ。もしかして全部、私に合うように作ってるの?
トント とんとん!(そうだよ!)
キュキュ きゅきゅ!(そうだよ!)
クロエ きもちわる!
トント とと!?(なんだって)
キュキュ きゅ!?(どうして)
クロエ いつの間に測ったの!? きっと変態だわ。衛兵さんを呼ばないと!
トント とんとんとん!(妖精だからその辺は都合よくわかるんですよぉ)
キュキュ きゅきゅきゅー!(決して寝てる間に測ったとかじゃなくてぇ)
商人マッケイ、入店。
マッケイ すみません! 靴を一足見立ててもらいたいのですが。
クロエ だからうちはもう店を畳んで……はっ!(一目惚れ)
マッケイ どうしました?
クロエ あ、いや、あの、はい、うちは靴屋です。数は少ないですけど、質のいいものを取り扱っております…
マッケイ 失礼。こちらは御婦人用のお店でしたか。
クロエ あれ、そういえば。
マッケイ 申し訳ない。他をあたります。
クロエ あの! 大丈夫です! 男性用の靴も扱っております!
マッケイ 本当ですか!?
クロエ 今ちょうど切れてますので、すぐにお作りいたします。
マッケイ どれくらいでできますか? 急ぎなのですが。
クロエ えっと、一晩?
マッケイ なんと一晩で! 助かります。明日また伺ってもよろしいですか。
クロエ えぇ。お待ちしておりますわ。
マッケイ、退場。
クロエ きゃーかっこよかった! 異国の方かしら。凛々しいお顔立ちだったわ。……ねぇ、小人、さん? あの人にぴったり合う靴を作ってほしいの。あなたなら簡単でしょ? 靴をプレゼントしたらきっと……ふふふ。小人さん、お願いね。
クロエ、上機嫌で退場。
キュキュ きゅーきゅ?(どうする?)
トント とんとん、とんとん。(作るわけないだろ)
シーン3 ピクシー靴店 2日目 朝
机の上には何も置かれていない。
クロエ ない。ない。ない。…なんで? 約束しちゃったのに。
猫 さてどうしようか。
クロエ チビ。今日に限って靴が無いのよ。あんた何も知らない?
猫 知ってるよ。でも聞く耳がないからさ。
クロエ 何か見返りが欲しいのね? 何が欲しいの? パン? それとも服?
猫 そうじゃない。
クロエ あぁ、お金ね。ここに置いておくから、好きなだけとっていってよ。その代わりちゃんと作りなさい!
マッケイ、入店。
マッケイ おはようございます。
クロエ あ。
マッケイ 靴を受け取りに来ました。
クロエ ごめんなさい。時間が無くて、まだできてないんです。
マッケイ 一晩でできると言いませんでしたか?
クロエ すみません。あと一日だけ、お時間をいただけないでしょうか。マッケイ わかりました。……他をあたります。
クロエ え。
マッケイ 最初から気付くべきでした。あなたは職人ではないのでしょう。ご自分の靴すら満足に作れないようですからね。
クロエ この靴は…。…そうですね、申し訳ありません。
マッケイ はぁ、無理を言ってすみませんでした。
マッケイ、退場。
猫 靴屋がそんなボロボロの靴を履いてたんじゃ信用も失くすよ。
クロエ この靴は、おじいちゃんの靴は、捨てたくないんだもん。
猫 でももう穴が空いてるじゃないか。そんな靴を履いていたら怪我をするよ。小人たちはずっと心配してたんだよ。
クロエ あの素敵な靴は全部私の為なんだよね。わかってるの。でも、これを履き替えたらおじいちゃんが本当にいなくなっちゃう気がして。
猫 大丈夫だよ。お店も技術も、クロエが継げばいいじゃないか。
クロエ でも、私靴なんて作れない。
猫 いい先生がいるよ。……君達も恥ずかしがってないで出てきなよ。クロエの助けになりたいんだろ。
クロエ はっ……あなたたちが小人さん?
トント とんとん。(仕方ないな)
キュキュ きゅーきゅ。(見てて)
小人たちが靴を作る工程を見せる。
クロエ それは型紙? どうするの? ……そうか。見せてくれるのね。待って、道具を持ってくる。これとこれ、こっちも必要? これは何に使うの?(台詞FO)
シーン4 ピクシー靴店 3日目 朝
クロエ できた…! なんか不格好だけど、私でも靴を作れるんだ。小人さん、ありがとう! 私、あの人に渡してくる。断られるかもしれないけど、でもあの人のために作ったから。
店を出ようとして小人の靴に気付く。
クロエ あ。この素敵な靴、履いていくね。
クロエ、退場。
猫 新米職人の誕生だね。そうなると君達はどうするの? お役御免?
トント とんとん。(まさか)
キュキュ きゅきゅきゅ、きゅ。(これからも彼女のために靴を作るよ)
トント とんとん、とんと。(手始めにこいつを蘇らせよう)
猫 おじいさんの靴、直せるの!? さすがだな。クロエも喜ぶよ!
シーン5 ピクシー靴店 後日談
猫 そうして誰かの為に一生懸命に靴を作るピクシー靴店は、連日たくさんのお客さんがやってきてたいそう繁盛したってわけ。めでたしめでたし。
クロエ うーん。
猫 どうしたのクロエ。
クロエ あの時、チビの言ってることが分かった気がしたんだけど。
猫 だからチビじゃないって。
クロエ 気のせいか。
クロエ、猫、退場。
はだかの王様
【登場人物】
商人マッケイ
王様
商人ドニ
クロエ
衛兵
猫
シーン6 町はずれ 1日目 朝
街の中心部へと繋がる門にて。衛兵が通過する人々をチェックしている。
衛兵 そこの者、止まれ。見ない顔だな。なんだその大荷物は。
マッケイ マッケイと申します。ターコイズの国より行商にまわっております。
衛兵 売り物か。中身は?
マッケイ 靴です。
衛兵 まさかあんたか? ピクシーの嬢ちゃんに靴を贈ってる輩は?
マッケイ なんの話ですか。私は今この街に着いたんですよ? それに商人がタダで物を贈るわけないでしょう?
衛兵 じゃあこの大量の靴は?
マッケイ この街の靴屋が潰れたという噂を聞いたのでね。さぞや皆さんお困りでしょうと駆けつけた次第です。衛兵さん、そのブーツ、底がかなり擦り減ってますね。お安くしときますよ?
シーン7 大通り 1日目 昼
マッケイ はぁ。思ったよりいい金にはならなかったが仕方ない。残りは一足か。なんとか売り切って、新しい品を仕入れたいところだな。
衛兵 おーい、靴売りの兄さん!
マッケイ あぁ衛兵さん。新しいブーツの具合はどうです?
衛兵 (息を切らして)いやぁ、なかなかいい買い物をした。じゃなくて、ずっとあんたを探してたんだ。
マッケイ すみません。少し旧市街のほうに出向いていたもので。
衛兵 はぁ? なんだってあんなところに。なんでもいいから、すぐ行ってくれ。
マッケイ 行くってどこへ?
衛兵 城だよ。王様がお呼びだ。あんたの靴を見せてほしいってさ。
マッケイ お、王様が!?
シーン8 城・謁見室 1日目 昼
王様 よくぞ来てくれた。マッケイといったか。
マッケイ はは。この度は私めのような一介の商人にお声掛けを賜りまして恐悦至極に存じます。
王様 よいよい。頭をあげよ。先頃、贔屓にしていた職人のもとに神の迎えが来てな。他の店のものだとどうもしっくり来ない。お前の扱う品を見せてもらいたい。
マッケイ もちろんでございます! とくとご覧くださいませ!
マッケイが蓋をあけると、中には赤い女物の靴しかない。
マッケイ げ。
王様 そのなんとも愛らしい赤い靴をわしに履けというのか?
マッケイ いや、これは、王女様にいかがでしょうか。
王様 わしに娘はおらん。
マッケイ そうしましたら…えーっと…
王様 成程。わしに合う靴はなさそうだな。呼び立てて悪かった。帰ってよいぞ。
マッケイ いや、お待ちください!《考えろ考えろ。ハッタリも武器だ、なんとか時間を稼げれば……》あぁ思い出した! 王様の靴はあとから届く手筈になっています! なにしろ特注品ですから。時間をかけて丁寧に作っているのですよ。もう少しお待ちいただければ届くと思うんですが…。
王様 どのくらい待てばよいのだ?
猫 ミャアオ。
マッケイ みゃ、三日…!
王様 よかろう。三日後、その品を見せてくれるな。
マッケイ 必ずや。商人は嘘を申しません。
マッケイ退場。
王様 ふっ。なかなか愉快な男だったな。
猫 ニャァオ。
王様 おお、遊びに来たのか、フリードリヒ・ヴィルヘルム・デ・メディチ三世。
猫 だからオレはフリードリ…なんとかかんとかじゃないって言ってるだろ。
王様 そうだな。フリードリヒ・ヴィルヘルム・デ・メディチ三世の言ってることはわしには全部わかるぞ。
猫 だからぁ。
王様 腹が減ってるな。梨のコンポートがある。食べていくか?
猫 わーい。
シーン9 大通り~ピクシー靴店前 1日目 夕方
靴を探して走り回るマッケイ。
マッケイ 《一世一代のチャンスだ。うまくやればとんでもない大金が舞い込むぞ。いや、今後ずっと贔屓にしてもらえるかもしれない。なんとしても三日のうちに見栄えのいい靴を手に入れないと。……はっ。あれは…ピクシー靴店……ついてるな》
ドアをあけ入店。
マッケイ すみません! 靴を一足見立ててもらいたいのですが。(FO)
シーン2、クロエとマッケイのやり取りに繋がる。
シーン10 ピクシー靴店前 2日目 朝
シーン3、クロエとマッケイのやり取りから続き。
マッケイ (FI)無理を言ってすみませんでした。…………くそ、おかしいと思ったんだよ。あんなボロ靴の娘に上等な靴が作れるわけがない。もう時間がないぞ。どうする。
商人ドニ、登場。
ドニ お? そこにいるのはマッケイじゃねえか。久しぶりだな。
マッケイ ドニ! なんだ、今度はこの街で荒稼ぎか。
ドニ ははは、人聞きの悪いことを言うんじゃねぇよ。お前こそどうした? 青い顔をして。
マッケイ いや、それが王様に靴を届けなけりゃならないんだが。
ドニ 王様!? またどえらい客が付いたもんだな。
マッケイ だが、肝心の靴が手に入らない。どこか仕入れられる所を知らないか。
ドニ ふむ、手は無くもないな。
マッケイ 本当か!?
ドニ 分け前は半々といこうぜ。
マッケイ 半分はとりすぎだ。
ドニ 王様のご要望だろ? 品が用意できなきゃお前の首が飛ぶかもしれんぞ。お前がここで死んだらおふくろさんはどうするんだ。確か厄介な病気だったよな?
マッケイ ……わかった。半々だ。
ドニ そうこなくちゃ。
マッケイ それで、靴屋はどこにあるんだ。
ドニ いや、仕入れる必要は無ぇ。
マッケイ なんだって?
ドニ 俺に任せとけ。全部うまくいく。
シーン11 城・謁見室 3日目 昼
マッケイ お待たせして大変申し訳ありません。
王様 ほう、仲間が到着したか。
ドニ お初にお目にかかります。この度は王様のためだけに、特別の品をお届けに上がりました!
猫 ふーん。猫に合う靴はないのか。
ドニ とくとご覧くださいませ!
ドニが蓋をあけると、中には何も入っていない。
猫 え? 空っぽ?
王様 これは一体どういうことだ…?
マッケイ どうするんだよドニ…!
ドニ どうです、素晴らしい靴でしょう?
マッケイ へっ?
ドニ そう、これは世にも珍しい馬鹿な者には見えない靴です。馬鹿には見えない革と馬鹿には見えない糸で馬鹿には見えない針を使って縫いました。仕立て屋の一人が針を無くしたなんて騒いでたけど、ちゃんとそこにあったんですよ。あいつは本当馬鹿でどうしようもない奴なんです。もちろん王様は見えますよね!
王様 ん? うむ…
猫 いやいや、何も入ってないだろこれ。
ドニ どうぞ、お試しください。マッケイ、お手伝いして。
マッケイ え? えっと、ど、どうでしょうか…?
王様 うん? うん、そうだな。
ドニ おお素晴らしい。さすが王様、お似合いでございます。
王様 そ、そうか、なんだか履いた感じがしないな。
ドニ そうでしょうそうでしょう。軽いんですよこれ。
猫 何言ってるんだよ。どう見たって裸足だ。
ドニ 猫ちゃんもお似合いだと褒めてますねぇ。
猫 ちょっと待てよ。聞いたことがあるぞ。どこかの国の王様が詐欺師に騙されたっていう。なんの王様だったかな。えーっと。
王様 うむ、これは大変珍しいものだな。では報酬を受け取るがよい。
ドニ お買い上げ、ありがとうございます!
マッケイ あ、ありがとうございます…。
猫 思い出した! はだしの王様! ……違ったかな。
二人、そそくさと城をでる。
シーン12 大通り 3日目 昼
ドニ ほらな、バレなかっただろ。前にもこの手でエメラルドの国の大王を騙して、いや、商売してやったんだよ。
マッケイ あんなのが商売と言えるのか。
ドニ 王様は満足して、俺達も儲かったんだから、何も問題ないだろうが。
マッケイ あんな嘘、いつかはバレる。
ドニ 王様だって見える振りをしていただろうが。事実を言えば逆に王様が恥をかく。とても言い出せまいよ。
クロエ、息を切らして登場。
クロエ あ、よかった。まだいらしたんですね。
マッケイ あんたは靴屋の。何の用だ。
クロエ これ。遅くなりました。
マッケイ え?
クロエ 私、嘘を吐きました。出来もしない約束をして、あなたに迷惑をかけたことをお詫びしたいんです。これは私が作ったものです。腕のいい職人さんに教えてもらったので、靴としてはきちんと履けるものになっているはずです。お代は結構ですので、受け取ってもらえないでしょうか?
マッケイ …あぁ、ありがとう。
クロエ こちらこそ、ありがとうございます!
クロエ、退場。
ドニ なんだ、この不細工な靴は。
マッケイ そうだよな。嘘はよくねぇよな。商人は、嘘をつかねえ。
ドニ はぁ? 俺達商人にとっては儲けがすべてだろうが。
マッケイ おふくろは嘘だけはつくなと、口を酸っぱくして言っていた。大きな口を叩いてもいい、必ずそれを実現させろって。
ドニ どうしようと勝手だが、分け前はもう俺のもんだぞ。
マッケイ 先払いで受け取った金だ。俺が今から品物を渡してくる。
ドニ まさか、その不細工な靴を? やめとけ、それこそ首が飛ぶぞ。
マッケイ 俺はそうは思わない。なかなか味のあるいい靴だと思う。
マッケイ、走り去る。
ドニ おい! ったく、知らねぇぞ。
シーン13 城・謁見室 3日目 夕方
マッケイ 王様! 申し訳ありません! 先程の品は手違いで、こちらが本物の特注品でございます。縫製は荒いですが、とある職人が心を込めて作り上げた一品でございます! どうぞこちらをお試しください!
王様 いやいや。わしはこれで十分。
マッケイ え?
王様 この、馬鹿には見えない靴がおおいに気に入った。実に不思議な靴だのう。絨毯の上ではふかふかに、大理石の上ではひんやりと、感触まで変わる。
マッケイ それは当然……
王様 せっかく新しい品を持ってきてもらったのにすまんな。だがその靴はおぬしのほうが似合いそうだ。
マッケイ しかし王様の履かれている靴は……。差し出がましいようですが、その靴で外出してはなりません。
王様 いや、わしはこの靴で旧市街まで行って、あそこを歩いてみようと思うのだよ。
マッケイ 王様! 旧市街は貧民の町、あのような道の悪い場所を歩いては……
王様 なんの問題がある。
マッケイ 私には王様が裸足に見えます。私は大馬鹿者でございます。
王様 ……そなたは馬鹿ではない。正直者だ。
マッケイ え?
王様 心配せずとも、外出する時は大抵馬車だ。だが、靴すら満足に買えぬ者たちの足の痛みを知ることも王としての務めだと思うておる。
マッケイ 何もかもお見通しで…。ならば何故、わたしどもにあのような大金を。
王様 おぬし、旧市街の貧しい者達にタダ同然の値段で靴を売ってくれたそうだな。その礼だよ。
赤い靴
【登場人物】
カーレン
天使
シビル婦人
参列者1
参列者2
参列者3
商人マッケイ
猫
シーン14 馬車の中
カーレンとシビル婦人が乗った一台の馬車が通過していく。
その先に露店を広げるマッケイ。
カーレン まぁあれは何かしら? おばあ様見て。
シビル どれです?
カーレン 靴を売っているみたい。でも一つっきりしかないの。おかしいのね。
シビル 行商人かもしれないわね。旅に出る前に品物を売り切るつもりでしょう。
カーレン ねぇ、おばあ様、私あの靴が欲しいです。王女様が履くようなピカピカの赤い靴。
シビル 仕方ないねぇ。止めてちょうだい。
シーン15 露店
馬車が止まり、カーレンが駆けおりてくる。
カーレン わぁ、やっぱり素敵。
マッケイ やぁお嬢さん。お目が高いですね。どうぞ履いてみてください。
カーレン、靴を履く。
カーレン ぴったりだわ…!
マッケイ まるでお嬢さんのために誂えたようですね。
カーレン えへへ、私もそう思います。これ、くださいな。
マッケイ ありがとうございます。お支払いはどちらの方が?
カーレン あの馬車におばあ様が乗っています。でも目が悪くていらっしゃるから…
マッケイ あぁ、じゃあこちらから伺いましょう。
マッケイ、馬車の方へ。
猫 ニャァオ。
カーレン あら、キティじゃないの。
猫 また君はそうやってオレのことを間違った名前で呼ぶ。
カーレン 私の赤い靴を見に来てくれたの?
猫 興味はないけど、よく似合ってるよ。
カーレン なんだか不思議。履く前から、私にぴったり合う靴だってわかったのよ。
猫 へぇ。そんなこともあるのかな?
カーレン 決めた。私この靴をずっと履き続ける。何よりも大切にするの。
猫 《それでも君はその靴を手放してしまう》
カーレン 私、とっても幸せよ。
猫 《どうして赤い靴をとられちゃったんだろう。オレにはカーレンが悪いことをしたようには見えなかったんだ》
シーン16 シビル家・玄関
シビル そうだ、カーレン。今履いている靴は何色?
カーレン もちろん赤よ。何よりも大切にするって約束したんだもん。
シビル だめですよ。教会へ行く時は黒い靴にしなさい。
カーレン どうして?
シビル 神様は赤いのは好きじゃないんですよ。
カーレン そうなの?《神様だってこの靴を見たら可愛いって思うに決まってる。ちゃんと見せてあげなくちゃ》
シビル 履き替えました?
カーレン …えぇ。
シーン17 教会・出会い
カーレン あーあ退屈だわ。
シビル 今日はカーレンのお友達、誰も来てないみたいね。
カーレン うん…。あ、あそこに子供がいる。おばあ様、私あの子の隣に行ってもいい?
シビル どこです? あまり離れては駄目よ。
カーレン 大丈夫、ちゃんと戻ってくるわ。
カーレン、教会の端の席に座る子供に近づいていく。
カーレン おはよう。隣に座っていいかしら?
天使 いいよ。君は確かカーレンだったね?
カーレン え、どうして知ってるの?
天使 いつも見てたから。でも今日はなんだか様子が違うな。いつもよりずっと素敵に見える。
カーレン それは多分、これかしら。
天使 うわぁ、素敵な靴だね。
カーレン そうでしょう? おばあ様に買っていただいたの。
天使 へぇ、いいなぁ。優しいんだね、君のおばあ様は。
カーレン そうなの、身寄りのない私を引き取って育ててくれているとっても優しい方なの。怒るとちょっと怖いけど。あ、今のは内緒ね。
天使 あはは。秘密にしておくよ。
カーレン うふふ。
天使 ちょうど話し相手が欲しかったんだ。教会って退屈だよね。
カーレン うんうん。
天使 そうだ、カーレン。何か踊ってみせてよ。
カーレン ダンスはちょっと苦手で。それに、うるさくしたら叱られてしまうわ。
天使 大丈夫だよ。ちょっとステップを踏むだけ。その赤い靴で踊るところが見たいなぁ。
カーレン じゃあちょっとだけね。
カーレン、ステップを踏む。
カーレン え!?
天使 カーレン、君はダンスがとても上手じゃないの。
カーレン いつもはこんな風に踊れないわ。きっとこの靴のおかげ。とっても身体が軽いの。
天使 素晴らしいね。皆にも見てもらおうよ。ねぇ、皆見て。
ほかの参列者が一斉に振り向く。
参列者1 まぁあの靴はなに?
参列者2 なんて非常識な子だ。
参列者3 あの子の親はどこなの。
カーレン ご、ごめんなさい。もう、ダンスはおしまいね。
天使 えー、もっと見たいよ。
カーレン 駄目よ。おばあ様に叱られちゃう。
天使 平気だよ。もういないじゃない。
カーレン え? あれ、おばあ様、どこに行ったのかしら。あそこに座っていたはずなんだけど。おばあ様はあまり目が良くないの。私が探してあげないと。
シーン18 教会・葬儀
参列者の中を探しまわるカーレンに度々非難の声が上がる。
参列者1 信じられないわ。
参列者2 神を冒涜するつもりか。
参列者3 早くそれを脱ぎなさい。
カーレン きゃっごめんなさい。あの、そこを通して。いや、この靴は駄目です。おばあ様、おばあ様、どこ?
天使 カーレン。見つけたよ。
カーレン どこ?
天使 あそこ。
カーレン …ねぇ、あれはなに?
天使 棺だよ。
カーレン 誰が入っているの?
天使 覗いてごらん。
カーレン はっ…おばあ様…? 嘘……。
天使 忘れちゃったの? 今日は君のおばあ様のお葬式じゃないか。
カーレン おばあ様が亡くなられた? どうして?
天使 病気だったんだ。
カーレン そんなこと全然。
天使 知らなかったよね。君は赤い靴に夢中だったもんね。
参列者1 お葬式だというのに、あの子はまたあんな靴を履いて。
参列者3 ご病気のおばあさまの面倒も見ずほったらかしだったそうよ。
参列者2 なんて酷い恩知らずな子だ。
カーレン 違う、私は…
天使 さぁ、きちんとお別れをして。そろそろおばあ様を連れて行くよ。
カーレン あなた、もしかして。
カーレン、狂ったように踊り始める。
カーレン なに? どうなってるの? 足が。
天使 いけないよ、カーレン。踊るのをやめなさい。
カーレン 足が勝手に動くの。きゃっ!
天使 どこに行くんだい? おばあ様に最後の挨拶をしなくていいのかい?
カーレン 私だって踊りたくない。嫌なのに。
天使 でも、君のダンスはやっぱり上手だね。
カーレン もうやめて。靴なんていらない。こんな靴なんて。
天使 何よりも大切にすると約束したんだろう?
カーレン あぁ。私はなんと愚かだったのでしょう。
天使 ……。
カーレン どうか私の足を切り落としてください、天使様。
天使 いいよ。
切り落とされるカーレンの足。途端に靴は踊りをやめる。
天使 いい子だね、カーレン。
カーレン いいえ、私は悪い子でした。とてもとても悪い子でした。
天使 反省したんだね?
カーレン はい。
天使 後悔したんだね?
カーレン はい。
天使 改心したならきっと、おばあ様と同じ天国に行けるよ。
カーレン はい、私はこれからいい子になります。毎日教会へ行ってお祈りします。それから貧しい人たちの力になります。私の罪を一生かけて償います。
天使 いい子だね、カーレン。では君に義足をあげよう。赤い靴の代わりに君の助けになってくれるよ。
カーレン ありがとう天使様。
カーレン、退場。
シーン19 教会・真実
猫 ニャアオ。かわいそうなカーレン。赤い靴が好きだっただけなのに。
天使 うーん、この足は、邪魔だな。
天使、残された靴からカーレンの足を抜き取り、おもむろにそれを履く。
そして軽くステップを踏む。カーレンがやっていたステップと同じ。
猫 わかった。わかったよ。君もそうなんだ。君もその靴が欲しかったんだ。だって。
天使 だって、こんなに素敵な靴なんだもの。
人魚姫
【登場人物】
漁師アンセン
人魚メル
海の魔女ツァオレガ
商人ドニ
カーレン
漁師1
漁師2
猫
シーン20 海の中 1日目
深い海の中。魔女ツァオレガと人魚メルは密約を交わす。
ツァオレガ いいかい可愛いお嬢さん。三日後の日没まで。それまでに人間から靴を貰いなさい。さもないと、泡になって消えてしまうよ。
シーン21 アンセンの家 1日目 夜
抱え上げた人魚メルを、海水がはられた浴槽(生け簀?)に浸からせるアンセン。
アンセン これで大丈夫か? ちょっと狭いか。
メル 狭いけど、平気。
アンセン 傷を見せてみろ。
メル いたた。隣にハリセンボンがいたのよ。
アンセン 範囲は広いが深くはないな。とりあえず血止めの薬草を塗っておこう。一週間ほど安静にしてればよくなると思うよ。
メル ありがとう。……。
アンセン あー……腕は俺達と変わらないんだな。
メル そうよ。上半分はあなた達人間とほとんど一緒。下半分はお魚と一緒。
アンセン 伝説どおりだな。
メル 伝説?
アンセン 漁師連中の間では有名さ。魅惑的な声を持っていて、大変美しい女の姿で……どうした、顔が赤いぞ。
メル へっ!? いや別に。人間は人魚のことよく知ってるのね。
アンセン でもまさか実在してるなんて思ってなかった。
メル 普段は深いところに住んでるから。
アンセン じゃあなんだって俺の網の中に? 最初は死体を引き上げたかと思って、腰を抜かしたぞ。
メル それは……。
アンセン まぁとにかく治るまでいていいから。
メル 本当!?
アンセン その傷じゃ泳ぐのもきついだろ。なにか入り用なものはあるか? 人魚は何を食べるんだ?
メル 海藻とか、貝とか。
アンセン うーん、俺は魚しか扱ってないからな。明日、魚を卸しに行くついでに市場で調達してくるよ。
メル あの、もう一個頼んでいいかな。
アンセン なんだ?
メル 靴が欲しい。
アンセン …足も無いのに?
メル 憧れなの。だめかな?
アンセン いいよ。それも見てくる。
メル ありがとう。あの、名前。
アンセン あぁ俺はアンセン。
メル 私、メル。
アンセン よろしくな、メル。
シーン22 アンセンの小屋の前 2日目 朝
ドアを開け、アンセンが小屋の中から出てくる。
猫 ニャァオ。
アンセン お、トラルフ。おはようさん。今日も飯を集りにきたのか?
猫 だからオレの名前はさぁ。
アンセン 今日は……あ。
猫 ん?
アンセン いいかトラルフ。しばらくうちには入っちゃだめだぞ。魚はあとでくれてやるから、わかったな。
猫 なんでさ? 今日はどこからも魚がもらえなくてお腹がすいてるんだけど。
アンセン いい返事だ。お前はお利口だな。
猫 イエスなんて言ってない。もう、やーめーろって。(めちゃくちゃ撫でられている)
アンセン じゃ、またな。
猫 家に入るなって、何か隠してるのか?……扉は閉まってるけど、オレならこの隙間から入れちゃうもんね。さて何を隠してるのかな。旨いものだったら承知しない……えっ!?
シーン23 舟の上 2日目 朝
市場まで向かう途中のアンセンの舟。
岸からドニが呼びかける。
ドニ アンセンさーん! アンセンさーん!
アンセン えっと、あんたは確か服を売ってる…
ドニ ドニです。あなたそれ、船に積んでるのは魚ですかい?
アンセン あぁ、ちょっと昨日は野暮用があって市に行けなくて、今から卸しに行くんです。
ドニ 買った! このドニに全部売ってくれ! 言い値で払うから!
アンセン えぇ!? 駄目ですよ。卸す店は付き合いのあるとこに決まってるんですから。
ドニ そんな固いこと言わずに!
アンセン そう言われても…。ん? ドニさんそれは?
ドニ これは、貝ですが。
アンセン 服商人のドニさんがなんでそんなものを?
ドニ 商品です。当然でしょう。
アンセン ふーん。そいつと交換なら考えなくもないですが。
ドニ このドニに取り引きを持ちかけるなんて、あんたもいい度胸をしてますね。(小声で)利益率を考えたら魚の方がいいか……よっしゃ交換だ!
アンセン はい。全部は無理ですけど、こんなもんで。
ドニ くっ…そしたら貝はこんなもんだな。
アンセン えぇ!? 少なすぎませんか?
ドニ 今日は値がつりあがってるんだから妥当なところでしょ。
アンセン え? 何かあったんですか?
ドニ 知らないんですかい? 今朝からどこの網にも魚一匹かかってないんですよ。
アンセン え? 俺は昨日の晩、普通に獲れましたよ。
ドニ だから、最後に獲れたアンセンさんの魚の値がこれから跳ね上がるんですよ。売れるもんには飛びつくのが商人の性ですからね。
アンセン 本当に一匹も?
ドニ 商人は嘘を吐きません。漁師連中も魚問屋も大パニックで、中には何か悪いものが村に入ったからじゃねえかって言ってる奴らもいて。
アンセン 悪い物って。
ドニ 呪いとか、化け物とか。
波音が大きくなり緊迫感が高まる。
シーン24 アンセンの家 2日目 夕方
市場から戻ってきたアンセン。
アンセン 《化け物って…いや、まさかな。メルは素直そうだし、悪い奴には見えない。だが、万が一人に見られたりしたら騒ぎになりそうだな》
メル (ドアのむこうで)へぇ、そうなんだ。いい名前じゃん。あはは、それは可哀相ね。
アンセン ん? 誰かと喋ってる? ただいま。
ドアを開けると、猫とメルがいる。
アンセン げ。
猫 ニャアオ。
メル おかえりなさい。
アンセン トラルフ、お前どこから入ったんだ。
メル その隙間から入ってきたよ。
アンセン 大丈夫か? 噛まれたりしてないか?
メル え?
猫 そんな凶暴な猫じゃないよ失礼だな。
アンセン 猫は魚を食うもんだろ。
メル やだ、私は魚じゃないよ。
猫 さすがにこのサイズは食べれないよ。
メル なによ、小さかったら食べるっていうの?
猫 メルはもう友達だから食べないよ。
アンセン メル。お前、猫と喋れるのか? 凄いな。
メル うん、アンセンは聞く耳が無いの?
アンセン 俺は人間以外の言葉はわからないよ。
メル でも私とは話せてる。
アンセン メルは、まぁ、人間みたいなもんだろ。
メル そう思う?
猫 さっきは魚って言ってたくせに。
アンセン あぁ、人魚ってどんな怪物かと思ってたけど、話してみたら案外普通だもんな。
メル 嬉しい。気持ちが通じれば種族なんて関係ないわよね。
アンセン え? ああ。
メル ねぇアンセン、靴はあったかしら?
アンセン あ、すまん忘れた。
メル えー?
アンセン いや悪い。市場でちょっとした騒ぎがあってそれに気を取られてたんだ。
メル 何かあったの?
アンセン 今朝から魚がまったく獲れなくなったらしい。
メル そうなの? 海で何かあったのかな。
猫 魚が獲れないってことは俺のご飯もないってことじゃん!
アンセン あートラルフはなんて?
メル おなかすいたって。
アンセン 貝なら手に入れたから、トラルフも食べるか?
猫 あんまり好きじゃないけど我慢する。
メル えっと、大好物だって。
猫 メル、ちゃんと訳してよ。
メル あはは。魚の方がいいって。
アンセン 大丈夫。明日になったらまた魚も獲れるさ。
メル 靴のことも忘れないでね。明日までに必要なの。
アンセン 明日、なにかあるのか?
メル それは…。
アンセン …わかった。なんとか調達してくるよ。
メル 本当?
アンセン 任せておけって。
シーン25 海の上 3日目 朝
沖で、投網を回収している二艘の舟。網の中には魚がいない。
漁師1 こんなこと、今までなかったぞ。
漁師2 アンセン、そっちはどうだ?
アンセン いや、こっちの網もさっぱりだ。
漁師1 一体どうなってるんだ。ツァオレガの呪いか?
漁師2 海の魔女ツァオレガ? あんなの、人魚と一緒で迷信だろ?
アンセン いや、人魚は…
漁師1 やっぱり村に禍を持ち込んだ奴がいるんじゃねえのか?
漁師2 だとしたら、その禍をどうにかしないと。このまま不漁が続いたら、この村は終わるぞ。
アンセン 悪い。俺はもう戻る。
漁師1 おう、気をつけろよ。アンセンは泳ぎが下手なんだから。
アンセン 大丈夫だよ、今日は。波も高くないし。
漁師2 あ、アンセン。確か靴を探してたよな。昨日から教会でバザーをやってるから、何かしらあるかもしれんぞ。
アンセン あぁ。ありがとう。行ってみるよ。
シーン26 教会・バザー 3日目 昼
教会ではバザーが行われている。
義足のカーレンが手伝いをしている。
参列者1 これをいただけるかしら。(アドリブ)
カーレン ありがとうございます。(アドリブ)
参列者3 はい、ここに置いとくわね。(アドリブ)
アンセン 結構いろんなものがあるんだな。
カーレン こんにちは。なにかお探しでしょうか?
アンセン 靴とかは置いてるのかな。
カーレン 靴、ですか。
アンセン (カーレンが義足なことに気付いて)あ! 悪気はなかったんだ、ごめんな。
カーレン いえ、気にしないでください。こんな足ですが、結構上手に歩けるんですよ。
アンセン 本当だ。うまいもんだな。
カーレン 靴はこの辺にまとめてあったかな。合わせてみます?
アンセン いや俺のじゃなくて。
カーレン プレゼントですか。だいたいのサイズはわかりますか?
アンセン いや、あれには足が無いから。
カーレン ……足の無い方に靴を贈るんですか?
アンセン すまない! 別に変な意味じゃ。あいつが欲しがっていて、今は家から動けず故郷にも帰れないものだから。なるべくなら望み通りにしてやりたいと思っているだけで。
カーレン とても素敵だと思います。
アンセン え。
カーレン 私は、悪い子だったせいで足を失くしましたが、どうしたってここで生きていかなきゃならないんですもの。足が無くたって、地面に立つためには靴が必要なんです。
アンセン でもあいつはいずれ故郷に帰るのがわかってるんだ。
カーレン その方のことが大切なんですね。
アンセン いや。そういうわけじゃ。まだ出会って日も浅いし。正直どういう奴なのかまだよくわからない。怖いのかもしれない。
カーレン 怖い?
アンセン 踏み込んで、違う生き物だと知るのが、少し怖い。
カーレン 私はシスターではないので上手に言えませんが、完全に同じ生き物なんていないと思いますよ。大切なのはその方がプレゼントを喜んでくれるかどうかではないですか?
アンセン 確かにそうだよな。別に嫁にするわけじゃなし。ただ靴を贈るだけだもんな。ありがとう。これをいただくよ。
アンセン、コインを払い、靴を受け取り帰っていく。
カーレン ふぅん。お嫁さんにしたいほどの相手か。ベタ惚れじゃないですか。うまくいくといいなぁ。
急に吹いてくる風。遠くから雷の音もする。
カーレン 嵐になりそう。急いで片付けなきゃ。
シーン27 アンセンの小屋の前 3日目 夕方
吹きすさぶ雨風の中、アンセン、小屋の前につく。
アンセン メル、帰ったぞ…(扉を開けようとして)
漁師1 おいアンセン。
アンセン !? どうした、二人して。
漁師2 メルってのは誰だ? お前一人暮らしだろ。
アンセン いや、猫だよ。猫の名前。それよりどうしたんだ?
漁師1 寄合だよ。今後のことをどうするか話し合うってさ。このままじゃ本当に死人が出る。集会所に集まってくれ。
アンセン わかった、すぐ行くよ。
漁師2 やっぱり村に入った禍を見つけるしかないだろう。一軒一軒家探ししてさ。
漁師1 そうは言ってもお前…(会話遠ざかる)
シーン28 アンセンの小屋 3日目 夕方
アンセン、素早く小屋の中へ入る。
メル アンセン、ひどい雨ね。大丈夫?
アンセン 俺は平気だよ。それよりメル、やっと靴が手に入ったんだ。これでいいか?
メル ありがとう!
アンセン すまないが、それを持ってすぐに出て行ってくれ。
メル え?
アンセン 傷も治りきってないのにごめん。
メル どうして? 私なにかした?
アンセン まずいことになりそうなんだ。お前がここにいると…
メル 禍だから?
アンセン 聞いてたのか。
メル アンセンも、私がいるせいで魚が獲れないと思ってるの?
アンセン そうは思わない。
メル じゃあなんで! なんで出ていけなんて言うの。せっかく靴を貰えると思ったのに。
アンセン 話を聞いてくれよ。俺はお前を助けようと…
ツァオレガ メ~ル~?
メル はっ!
突如扉が開き、嵐の音とともに海の魔女ツァオレガが入ってくる。
アンセン 誰だ?
ツァオレガ お取込み中失礼。お初にお目にかかるわねぇ。あたしはツァオレガ。そこの海で魔女をやらせてもらってるわ。
アンセン う、海の魔女ツァオレガ…? あの伝説の?
ツァオレガ あら、あたしのこと知ってるのね。光栄だわ。
アンセン 海の魔女がなんでここに?
ツァオレガ いつまでたってもメルが帰ってこないからこっちから乗り込んじゃった。で、靴は手に入れたの?
メル まだ、です…。
ツァオレガ やる気あるの? 言ったわよね、今日の日没までって。じゃないとあんた、水の泡になって消えるのよ。
アンセン どういうことだ。
ツァオレガ あたしと約束したのよねぇ。三日のうちに人間から靴を貰うって。その為にわざわざ漁師の網にまで引っかかって、健気で泣けちゃうわ。
アンセン メル、どういうことだ。わざとなのか? 狙って俺のところに?ツァオレガ そうよ。すべては靴を手に入れるため。
アンセン こんな靴に一体なんの意味がある。
ツァオレガ あら、もう用意してるんじゃないの。さっさとその子に渡しちゃって。
メル いらないわ!
ツァオレガ メル、泡になってもいいの
メル 私の命を盾にして同情されたくなんてない。そんな風にして愛がほしいんじゃない。アンセン、黙っててごめんなさい。言わなかったのは卑怯よね、私、あなたのことが好きよ。前からずっと。
アンセン ずっと…?
メル あなたを知る度好きになったわ。多分この先もっと好きになる。なりたかった。でももう。さよなら。
メル、浴槽を飛び出し、河口へ飛び込む。
アンセン メル! 待て!
アンセン、後を追って飛び込む。
シーン29 海の中 3日目 夕方
すさまじい水の流れに為す術がないアンセン。
アンセン 待て……俺も、言いたいことが……お前にっ……(水にごぼごぼしながら)メル……
意識を失って沈みかかる。メルが水上へ抱え上げる。
アンセン ぶはっ!
メル なんで飛び込んだの!? 今度こそ死んじゃうじゃない。
アンセン はぁっ、はぁっ、ごめん、メル。前にもこうして助けられたか…?
メル えっ。
アンセン 前に舟がひっくり返って溺れた時、もう死ぬかと思ったけど、気が付いたら浜にいた。あの時、助けてくれたのはお前だったんだよな。
メル そう、そうよ。
アンセン 気付かなくてごめんな。
メル いいの。
アンセン お前を死なせたくないんだ。どうすればいい?
メル ごめんなさい、もう時間が。
アンセン 消えちゃだめだ、メル。俺もお前がすきなんだ。
メル 嬉しい。アンセン。ずっとこうしていて。そしたら怖くないから。
アンセン メル、だめだ、メル。
メル アンセン…
間。
アンセン ……なにも起こらないな…?
メル うん…。
ツァオレガ おめでとう、お二人さん! いやぁもうこの人が海に飛びこんだ時はどうしようかと思ったわよ。無鉄砲にも程があるわ。私が嵐を止めたから助かったのよ?
メル ツァオレガ、どういうこと? 私、消えてないわ。
ツァオレガ 消えるって? メルが? なんで?
メル 言ったでしょ、泡になるって。
ツァオレガ あぁそうそう、みんなの努力が水の泡になるところだったわよ
メル みんな…?
ツァオレガ さあ結婚式の準備は万端よ! あとはあんた達が入場するだけ。魚たちも総出で協力してくれてるからね。
アンセン まさか、魚が獲れなくなったのって。
ツァオレガ あぁごめんね。みんな忙しいから。式が終わったらまたいつも通りになるはずよ。
アンセン はあ!?
メル ご、ごめんねアンセン…私勘違いしちゃって…
アンセン いや俺もてっきり…
ツァオレガ 早く早く。人魚の入江に移動しましょ。あんた達の靴はこれでいいのよね。
アンセン いやだから、靴ってなんなんだ。
ツァオレガ メル、なんであんた説明してないのよ?
メル だって。
ツァオレガ 海の者が陸の者と一緒になるときは靴をくださいって言うのがしきたりなの。それで靴を貰えれば晴れて婚姻成立というわけよ。私からは、陸上生活できる足をもれなくプレゼントしちゃうわ。
アンセン 指輪、みたいなことか? どうして靴なんだよ?
ツァオレガ ほらメル、ちゃんと教えてやんなさい。
メル だ、だから、靴が欲しいってことは、足が欲しいってことで…足があればそのう…できることがあるでしょ?
アンセン 歩くとか、走るとか?
メル そ、それと、あと、えっと…
ツァオレガ 股が開けて子供が作れるのよ。
メル ツァオレガ!
アンセン こ、子供!?
ツァオレガ 何を今更照れてんのよ。
メル もう、知らない! ぶくぶくぶく…
照れながら沈んでいく。
ツァオレガ あらら、泡になっちゃった。
シンデレラ
【登場人物】
シンデレラ
フィーネ
王子
王様
従者
継母バネッサ
姉ジョルジーナ
姉ベルティーユ
シーン30 城・王子自室
結婚式の鐘の音が響く。
王様 人魚の入り江の方で婚姻の鐘が響いておるのう。わしも息子の花嫁をはやく見たいものだ。
王子 いくらなんでも性急すぎませんか。婚約破棄したばかりで、また舞踏会なんて。
王様 そうも言ってられんだろう。お前も一国の王子だ。きちんとした妃を迎える準備というものがある。
王子 お言葉ですが、そのきちんとした妃候補だったイザベル嬢は、影で使用人をいびり、贅沢品を買いあさって、私の前では貞淑な顔をしてにこにこ笑っていたのですよ。恐ろしい。私は女性不信に陥りそうです。
王様 多かれ少なかれ、人は虚栄をはるものだ。その上で本質を見極めなければな。
王子 貴族の娘はみな同じように見えます。誰も心の内を曝け出そうとはしない。父上はどのようにして人の本質を見極めているのですか。
王様 そうだなぁ。足元を見ればよいのではないか。
王子 弱みに付け込むという意味ですか。
王様 いやいや、文字通り。人の本質は足元に出るものだよ。
王子 足元と言えば、父上はいつまで裸足でいるつもりなんですか。
王様 何を言う。馬鹿には見えない靴をちゃんと履いているよ。
シーン31 シンデレラの家・台所 深夜
十二時の時計の鐘が鳴り響く。
シンデレラの自宅、台所で魔女フィーネが待っている。
フィーネ まだかなぁ。もう十二時の鐘鳴っちゃってるのに。
扉を開け、シンデレラ(シンディ)が駆け込んでくる。
シンディ セーーーフ!?
フィーネ アウト! アウト! 見えてる!
シンディ きゃーっ!
フィーネ はやくこれ着て! 誰にも見られてないよね。
シンディ 多分。よかったぁ、帰ってこられて。途中で馬車がカボチャに戻るし、ドレスも溶けちゃうし、焦ったよ。
フィーネ ごめんね。まだ私の魔法が未熟で。それで、王子様とはうまくいったの?
シンディ うん、ずっとダンスのお相手をしてくれて、最後まで一緒にいたから気に入ってもらえたとは思うけど……私なんかのどこがよかったんだろう。
フィーネ また卑屈になって! いい、シンディ? あなたは可愛いし、真面目だし、努力家だし、器用なんだから、こんなところで使用人みたいにこき使われていい人じゃないの。あなたは何にだってなれるんだから!
シンディ ありがとう。魔女のフィーネにそう言われると、本当に何にでもなれる気がしてくるから不思議。魔法みたい。
フィーネ 魔法じゃなくて事実なの。
遠くから馬のいななきが聞こえてくる。
シンディ あ、お母さまたちが帰ってきた! フィーネ隠れて!
フィーネ オッケー。ネズミになって見てるからね。
フィーネ、魔法でネズミに変身する。
シーン32 シンデレラの家・居間 深夜
継母バネッサ、長女ジョルジーナ、次女ベルティーユがどっと帰ってくる。
バネッサ あー疲れた。シンディ。シンデレラ。出迎えもないの?
シンディ お帰りなさい。お着替え手伝いますね。
ジョルジーナ 早くしてよ、とろくさいわね。
ベルティーユ さっさとしなさいよ。家でゴロゴロしてたあんたと違ってこっちは疲れてんの。
シンディ すみません。
バネッサ シンディ、ほら。ちょっと。足揉んでちょうだい。
シンディ はい、ただいま。
バネッサ あ~~~~~~いい~~~~~~~。やっぱ新しい靴は疲れるわねぇ。
シンディ 靴を新調されたんですね。
バネッサ なぁに? 私が新しい靴を買っちゃいけないって言うの?
シンディ 違います。
バネッサ ヒールが折れたのも災難で、最初に行った靴屋も最悪だったのに、可愛い末娘に嫌味なんて言われたら母さんもう悲しくてやってらんないわ。
シンディ そんなつもりは。
ジョルジーナ ちょっとシンディ。私たちが帰る前に紅茶くらいいれておきなさいよ。気のきかない子ね。
バネッサ 本当、私達がこんなに可愛がってあげてるのに、恩を返そうと言う気持ちはないのかしら。
ベルティーユ あんたはどうせたいした人間にならないんだから、せめて一生懸命私達に尽くすべきなの。
シンディ すみません。すぐに紅茶を用意しますね。
ベルティーユ あ、ついでにケーキも焼いて。お腹すいちゃった。
ジョルジーナ いいわねぇ。
シンディ 時間がかかりますよ。
ジョルジーナ は? だったらすぐにやんなさいよ。
シンディ わかりました。用意します。
ベルティーユ 姉さんったら王子様と踊れなかったからってイライラしないの。
ジョルジーナ あんたもでしょベル。
バネッサ はいはい、ジョルジーナも、ベルティーユも、天使のように愛らしいのにどうして声をかけてもらえなかったのかねぇ。(FO)
シーン33 シンデレラの家・台所 深夜
シンデレラ、台所へ移動。
シンディ えっとまずは卵を……
フィーネ しなくていいんだって!
シンディ そ、そうよね。頼られるとつい反射で動いちゃうの。
フィーネ あれは利用されてるって言うの。シンディも悪いんだよ。なんでもかんでも世話焼いてたら一人じゃなんにもできないダメ人間になっちゃう。
シンディ 確かに、それは姉さんたちの為にはならないよね。
フィーネ だから結婚して家を出るって決めたんでしょ。あの3人は私が魔法で眠らせておくから。この後の事相談しましょ。
シンディ 大丈夫、私なりにちゃんと作戦を考えたの。
フィーネ おお、やる気! いいねいいね。
シンディ お城から帰ってくる時に、ガラスの靴を落としてきたの。それを手掛かりに王子様が私の事を探しに来てくれるはず。いいアイデアでしょ?
フィーネ いや駄目じゃん! 十二時で魔法切れてるんだよ! ガラスの靴も消えてるの!
シンディ えええ!! じゃあ、王子様はどうやって私を見つけるの…?
フィーネ 名前教えなかったの!?
シンディ 聞かれなかったし。
フィーネ 顔覚えてるかな。
シンディ お化粧してたから。
フィーネ あぁ…。
シンディ ごめん、フィーネ。
フィーネ いや私の魔法が1日しか持たないせいだ。師匠だったらもっとうまくやれただろうけど。
シンディ ううん、私も変な小細工しないでちゃんと名乗ればよかった。
フィーネ 魔法で王子様に伝言を? それかいっそ惚れ薬を調合して……
シンディ ありがとうフィーネ。でも私、もう魔法に頼るのはやめとこうかなって思うの。
フィーネ どうして。私役に立たなかった?
シンディ ううん、フィーネがいなかったら私一歩踏み出すこともできなかったわ。でも、フィーネに頼りすぎるのも違うと思うの。なんでもかんでも世話焼いてもらったら、一人じゃなんにもできないダメ人間になっちゃう、でしょ。
フィーネ ふふ、そうね。
シンディ 私、自分の力で頑張ってみる。今回の王子様のことは残念だったけど、一晩だけの魔法だったって思えば、とても素敵な経験をさせてもらったもの。まずは、明日の朝食は用意しないようにする。それぞれ自分の飲みたい紅茶を入れればいいんだわ。
フィーネ その調子、頑張れ!
シーン34 シンデレラの家 朝
シンディが朝食の用意をしている。
フィーネ って、しっかり家族分用意してるじゃない!
シンディ あ、流れでつい。
フィーネ もう。家事が染みついてるんだから。
遠くの方で従者の声が聞こえる。
従者 ごめんください。
ベルティーユ あら、どちら様?
従者 失礼。お邪魔いたします。
ジョルジーナ まぁ、お城からわざわざ。
バネッサ どうぞお入りになって。シンディ、シンデレラ、お城から使いの方が見えているわ。お迎えして。
シンディ 来た! 来たわ! 信じられない!
フィーネ やったわね、シンディ。行ってらっしゃい。……でもどうしてここに?
従者 王子様より命を受けて参上致しました。この靴にぴたりと合う令嬢を妃にお迎えするとのお達しでございます。
と言う従者の手には何も乗っていない。
ベルティーユ え?
ジョルジーナ どういうこと?
バネッサ あの、靴って。
シンディ ……どこにあるんです?
フィーネ これは噂にきく馬鹿には見えない靴?
従者 この家は娘さんが多いですね。順番に試してみてください。
ジョルジーナ た、試さなくてもわかりますわ。そんな小さな靴、私の足には合いません。
シンディ え?
ベルティーユ えぇとても小さいですから。踵を切り落とさないと入らないでしょうね。そんな痛いことしたくないし。
バネッサ 末の娘であれば合うかもしれませんわ。シンデレラ、使いの方を待たせてはいけませんよ。
シンディ どういうことですか。そこに靴なんてありませんよね?
従者 いいからこの靴を試してみなさい。
シンディ どの靴を?
従者 (小声)真似でいいから。
シンデレラ、履く真似をする。
シンディ こんな感じでしょうか…?
ジョルジーナ なにあれ。
ベルティーユ はしたなぁい。
従者 おお、ぴったりだ!
全員 え!?
従者 このお方こそ昨夜王子様の心を射止めたプリンセスです。さぁ、今すぐ城へ参りましょう!
フィーネ どうなってるの…?
シーン35 城・謁見室
王子 お待ちしておりました。そう、この手だ。父上、確かに申し上げたでしょう。手を握ればわかると。
王様 なにしろ舞踏会でも片時も手を離さなかったものな。他にダンスを待っているお嬢さんがたくさんいたのに。
王子 私はもうこの方に決めていたのです。お名前を伺えますか?
シンディ シンデレラと申します。
王様 昨夜のうちに名前を聞いておけばこんな手間はかからなかったわけだが。
王子 すみません、彼女に見惚れてしまっていたもので、うっかりして聞きそびれてしまいました。
シンディ 光栄でございます。あの、どうしてわかったのでしょうか。私が昨夜の娘だと。
王子 ガラスの靴ですよ。
シンディ 靴は消えてしまったでしょう?
王子 えぇ、でも貴女の足ははっきりと記憶に残っていましたから。
シンディ 足、というと?
王子 私が配下の者に伝えたのはただひとつ。一際小さな、荒れた足の娘さんをお連れするように、と。
シンディ あ。
王子 舞踏会にいらっしゃるご令嬢のなかに、傷だらけの足をしている方はまずいません。貴女以外には。
シンディ 透明だから見えてたんですね。普段からあまりお手入れをしてなくて、お恥ずかしい。
王子 それに手袋をしててもわかりましたよ。この堅い指先。
シンディ 水仕事が多いもので。
王子 美しく着飾った貴女も大変魅力的ですが、私はこの手やおみ足に貴女の本質を見た気がしたのです。清貧で、慎ましく、勤勉な働き者。違いますか?
シンディ 家事だけが取り柄で……
王子 私は、贅沢三昧で豪遊するような妃を求めておりません。この国のために私と共に働いてほしい。貴女なら賢妃となることを確信しております。
シンディ 過分なお言葉、ありがとうございます。しかし、わたくしのような者がプリンセスとなるのは……
ネズミに変身したフィーネが視界に入る。
シンディ (小声)フィーネ…。
フィーネ (小声)がんばれ!
シンディ プリンセスになるのは不安ですけど、でも、私は何にだってなれますから!
シーン36 空の上
ネズミから元に戻り、箒に乗って様子を眺めているフィーネ。
フィーネ よかった。めでたしめでたし。魔女試験は「二人の人間を魔法で幸せにすること」だから、シンディと、あともう一人探さないと。それにしてもなにか足りない気がするわね…。あ、あいつ。あいつが出てきてないじゃないの。魔女に猫は付き物なのに。一体どこで油売ってるのかしら。
オズの魔法使い
【登場人物】
ドロシー
カカシ
ブリキ
ライオン
西の魔女
マンチキン1
マンチキン2
ウィンキー1
ウィンキー2
エムおばさん
猫
シーン37 竜巻
カンザスの荒野。物凄い竜巻が民家を持ち上げ、飛ばす。
その中には少女ドロシーと犬のトトがいる。
ドロシー きゃあっ! トト、動かないで。振り落とされちゃうわ。一体どこまで飛ばされるの…
轟音と共に、家が地面に落ちる。
ドロシー はぁ、やっと地面に着いた。トト、大丈夫? …ん? 何かしらあれ。家の下に、銀色の…靴…? 大変、誰かが家の下敷きに……!
マンチキン1 潰れた? 潰れたのか?
マンチキン2 東の魔女がぺしゃんこだ。
ドロシー 誰か、この人を助けるのを手伝って!
マンチキン1 なさらなくていいのです! そいつは極悪非道の東の魔女!
マンチキン2 あなたが退治して下さった!
マンチキン1 私達は解放されたのです! ばんざい!
マンチキン2 空から降ってきた女の子が東の魔女をぺしゃんこにしたぞ!
シーン38 森・出会い 1回目
旅の途中。ドロシー一行とあの猫が出会う。
猫 ドロシー! ドロシーってば!
ドロシー はっ!
猫 もう一回ちゃんと聞かせて。君はオレの言葉がわかるんだね?
ドロシー もちろんよ、可愛い猫さん。別に不思議でもなんでもないわ。
猫 聞く耳がある! なんて素晴らしいんだ。じゃあさ、オレの名前を呼んでほしいんだけど…
カカシ そうだな、まずは自己紹介だ。俺はカカシ。見ての通り頭にわらしか入ってないから、魔法使いオズに脳みそを貰おうと思ってる。かしこくなりたいんだ。
ブリキ 僕はブリキのきこりです。東の魔女に体をあちこち切り落とされて、とうとう全身ブリキになってしまいました。失くしてしまった心臓を取り戻したいんです。
ライオン わしはライオン。こんなに強そうな見た目をしてはいるが小心者の臆病者なんだ。わしは百獣の王に相応しい勇気が欲しい。
ドロシー 私はドロシー。竜巻に家ごと飛ばされて……飛ばされて……。
猫 飛ばされて?
ドロシー このエメラルドの国にやってきたんだけど、故郷のカンザスに帰りたいの。こっちは犬のトトよ。
猫 なるほどね。オレの名前はぁ…
カカシ 今は、オズの命令で西の魔女を倒しに行くところだよ。
猫 そうなんだ。それで、オレの名前だけど…
ブリキ 西の魔女を倒さないと願いを叶えてくれないなんて、心が狭くないですか。
猫 うん、そうかもしれない。ところでオレは…
ライオン 西の魔女は東の魔女に負けないくらい悪い奴だって話だからなぁ、怖い怖い。
猫 もう! 聞いてってば!
ドロシー しっ! もうすぐ西の魔女のお屋敷よ。気を引き締めて。
シーン39 森の奥 1回目
狼の群れが襲い掛かる。
ブリキ 来ました! 魔女の手下の狼です!
ライオン そんなもの、わしの一吠えで蹴散らしてくれる! がお~!
猫 え、ライオン勇気あるな。
蜂の群れが襲い掛かる。
ドロシー 大変、蜂の大群だわ!
カカシ 生身のみんなは俺のわらの中に隠れて。ブリキは蜂なんかへっちゃらだからね!
ブリキ 任せてください!
猫 カカシ、頭いいな~!
ブリキ えいっ! やあ! ……はぁ、はぁ、すべて倒しましたが、彼らは魔女に操られているだけなのでしょう…かわいそうに(泣く)。
猫 心がないのに、そんなに泣ける?
ドロシー もう泣かないでブリキ。また錆びちゃうわよ。もう少しで辿り着くから頑張りましょう!
猫 ねぇ、みんな本当にその願いを叶えてもらいたいの? カカシは今だって頭がいいし、ブリキは心優しいし、ライオンはとても勇気があると俺は思うけど。
カカシ そんなことは、ないよ。
ブリキ そうですとも。
ライオン わしは臆病なライオンなんだ。
猫 なんだかおかしいな。うわっ!
魔女の手下のウィンキーたちが猫を捕まえる。
ウィンキー1 捕まえたぞ、侵入者め!
ドロシー 猫さん!
ウィンキー2 やいやい、この猫の命が惜しければ降伏するんだな!
猫 やめろよ! 離せぇ!
ウィンキー1 おとなしくしろ!
ドロシー 仕方ないわ。みんな手を出しちゃ駄目よ。言う事を聞きましょう。
猫 ドロシー…。
ドロシー 大丈夫よ、猫さん。絶対に助けてあげるから。
ウィンキー2 よしよし、魔女様のもとへ連行するんだ!
シーン40 魔女の屋敷 1回目
西の魔女の前へ連れてこられた一行。
西の魔女 よく来たねぇ。ドロシーとか言ったっけ。見たところ、何の力もない小娘じゃないか。一体なんだって私に歯向かおうと……お前、その銀色の靴、どこで手に入れたんだい。
ドロシー え、この靴は…
西の魔女 ははぁ、それを手にしたから調子に乗ったんだね?
ドロシー どういう意味ですか。
西の魔女 まさか、あんた何も知らないでそいつを履いてるのかい? それには強大な魔力が込められている。あんたには勿体ない代物だよ。私が有効に使ってやるからよこしな。
ブリキ ドロシー、渡しては駄目です。
ライオン 魔女の力がこれ以上大きくなったら…
ドロシー わかってる。
西の魔女 渡さないと言うなら、まずはそうだね。その薄汚い猫を水責めにして殺してやろう。
ドロシー え!?
猫 へへん、そんなのはったりだ。水なんてどこにもないじゃないか。
西の魔女 巨大なバケツよ、出ておいで。
魔女が杖を振るとなみなみと水の入ったバケツが出てくる。
猫 わ、わ、やめろ! 猫は水が駄目なのに!
ドロシー やめなさい! 弱い者いじめばかり! これでもかぶって反省なさい!
ドロシー、バケツの水を魔女にかける。
西の魔女 ぎゃああああああ!
ドロシー え。
西の魔女 体が……溶けるっ…
全員 うわ…
魔女が溶けていくのを見て怯える一行。
西の魔女 おのれ、なぜ私の弱点が水だと…
ドロシー 知らなかったの、ごめんなさい…!
西の魔女 この私がお前のような小娘にやられるなんてね…。さぁよく見ておけ、目に焼き付けるがいい、私の最期を!!
ウィンキー1 死んだ? 死んだのか?
ウィンキー2 西の魔女がどろどろだ。
ドロシー 誰か、この人の手当てを手伝って!
ウィンキー1 なさらなくていいのです! そいつは極悪非道の西の魔女!
ウィンキー2 あなたが退治して下さった!
ウィンキー1 私達は解放されたのです! ばんざい!
ウィンキー2 銀の靴を履いた女の子が西の魔女をどろどろにしたぞ!
ドロシー はぁっ、はぁっ…!(荒い呼吸)
途端にドロシーの意識が途絶える。
と共に、シーン38まで時間が戻る。
シーン41 森・出会い 2回目
猫 ドロシー! ドロシーってば!
ドロシー はっ!
猫 もう一回ちゃんと聞かせて。君はオレの言葉がわかるんだね?
ドロシー もちろんよ、可愛い猫さん。別に不思議でもなんでもないわ。
猫 あれ、……なんだろう、前にもこの話をしたような。
カカシ あんたも気付いたか、猫さん。
猫 ん!?
ブリキ しーっ。ドロシーは眠りました。起こさないように頼みますよ。
猫 君達は誰……いや知ってる。カカシとブリキとライオンだ。なんで。初対面なのに。
ライオン 正確には、猫さんとは2回目さ。わしらはもう何度も何度も繰り返してるがね。
猫 どういうこと?
カカシ 何故かね、西の魔女を倒したあと、気付くと森の入り口にいるんだ。そこからすべてやり直しになっちゃうんだよ。
ブリキ 僕も何度油を挿してもらったかわかりません。
カカシ おかげで脳みそがなくても、いろんなピンチに対処ができちまう。
ライオン 敵がいつくるかも攻撃の仕方もわかってるからなぁ。特別勇気が無くたって戦える。
猫 そうか、何度も同じことを繰り返してたら、経験から学べるし、自信がつくよね。だから君たちが既に望みの物を持ってるように見えたんだ。
カカシ そうなんだよ。だから俺はもうそれほど脳みそが欲しいとは思ってないんだ。
ライオン わしも、仲間を守るためなら力を出せることがわかったからな。
ブリキ 僕達はいいですよ。もう願いが叶ってるようなものですから。でもドロシーが可哀相で。カンザスに帰してあげたいのに、何度やってもやり直しになってしまう。
ライオン でもドロシーは不思議とそのことに気が付かないみたいなんだよ。
猫 ドロシーだけ?
カカシ そう、俺はそこにヒントがあると睨んでる。それから猫さん。君も。
猫 オレ?
ブリキ 何も変化の無かったやり直しにいきなり猫さんが現れたんですよ。だから僕たちは期待していたんです。猫さんがなんらかの解決の糸口になるんじゃないかって。
猫 なるほど。んー、確かに気になったことはあったんだけど。関係があるかはわからないよ。
ライオン どうか思うがままに行動してみてくれ。できるだけ手助けするから。
猫 そうか。じゃあこういう段取りで……
3人 ふむふむ。なるほど。
猫 それでももしも、万が一の結果になったら…
3人 わかった、仕方ない。
猫 よし、みんなで力を合わせて、やり直しから脱出しよう。ドロシーが家に帰れるように。
シーン42 森の奥 2回目
魔女の手下のウィンキーたちが猫を捕まえようとする。
ウィンキー1 捕まえたぞ侵入者…め!?
猫 へへん、二度も捕まるもんか!
ブリキ 今度はこちらが捕まえちゃいました。
ウィンキー1 離せぇ!?
ウィンキー2 仲間をどうするつもりだ!?
ライオン こいつの命が惜しければ、わしらを魔女の元に連れていくんだ。ドロシー ふぇ!? どうしたのみんな。どこへ行くの?
猫 ドロシーはライオンさんの上にいて。何もしなくていいよ。
ドロシー え? 駄目よ。私が頑張らないと。
猫 大丈夫。仲間を信じて。任せてよ。
ドロシー ……うん。
シーン43 魔女の屋敷 2回目
ウィンキーを人質にし、魔女の屋敷へ辿り着く一行。
西の魔女 よく来たねぇ。ドロシーとか言ったっけ。見たところ、何の力もない小娘じゃないか。一体なんだって私に歯向かおうと……
猫 そんなことはどうだっていいね! あんたに用はないんだよ!
西の魔女 なんだい、このくそ生意気な猫は。
猫 魔女の後ろでぺこぺこしてるお前たち! オレはお前らに話があるんだよ!
ウィンキー達 え?
猫 お前らなぁ! 自分達の敵くらい自分達で倒せ! 11歳の女の子に背負わせることじゃないだろ!
西の魔女 何を言い出すかと思えば。こいつらにそんな根性があるわけないだろう。
ウィンキー1 そうです。私達は弱い。
ウィンキー2 知恵もない。勇気もない。私達は奴隷だ。
カカシ それなら何度も挑戦すればいい。繰り返すうちに知恵はつく。
ブリキ そうです、たくさん失敗していいのです。油は何度だってさせます。
ライオン 勇気は待ってたって自然に湧き出るもんじゃないんだぞ。わしも最近知ったんだけどな。
ウィンキー1 でも、一体どうしたら。
猫 このオレがとっておきの知恵と勇気を授けてやるよ。
西の魔女 へぇ? あんたにそんな魔法が使えるのかい?
猫 西の魔女は水に弱い。
西の魔女 な。
猫 大量の水をぶっかけろ!
ウィンキーたちの反乱。
西の魔女 ぎゃああああああ! 体が……溶けるっ…。おのれ、よくも私に水を…
ブリキ ドロシーは見なくていいのです。
カカシ 耳も塞いでていいぜ。
ライオン ドロシーはわしらが守るからな。
ドロシー うん…!
ウィンキー1 死んだ? 死んだのか?
ウィンキー2 西の魔女がどろどろだ。
ウィンキー1 私達は解放されたのです! ばんざい!
ウィンキー2 私達の手で西の魔女をやっつけたぞ!
シーン44 魔女の屋敷・懺悔
猫 まったく。現金な奴らだね。まぁ、オレはずいぶんすっきりしたよ。さてドロシー、あとは君の気持ち次第だ。
ドロシー 私の気持ち?
猫 君たちは何度か同じ旅を繰り返していたようだよ。何か後悔があるんじゃないのかい?
ドロシー ……私、私、エメラルドの国に来た時に東の魔女を殺しちゃったの。わざとじゃないわ。竜巻で飛ばされた家が、たまたま魔女の上に落ちてしまって、でも、私が殺しちゃったも同然よ。そのことが本当はとても怖いの。このまま家に帰っても、私は前の私とは全然変わってしまうんだわ。
ブリキ 苦しんでいたんですね。すみません気付いてあげられなくて。
ライオン 気にするな、と言っても難しいよな。
ドロシー 西の魔女を倒すのも怖かったの。でも足が勝手に進んでいくようで、私、何も言い出せなくって。
カカシ もしかしてその銀色の靴のせいかも。
猫 魔力がこめられてるって言ってたっけ。
ドロシー 東の魔女が履いていた靴なの。魔女に苦しめられていたマンチキンの人々が私へのお礼だって。履いていきなさいって言ったから。
猫 なんだそれ、気持ち悪い! お礼なら自分たちのものを渡せばいいのに。
ブリキ こんなもの脱いでおしまいなさい。
ライオン 移動する時はわしの背に乗ればいいのだから。
ウィンキー1 お待ちください。その銀色の靴は好きな場所へ連れて行ってくれる魔法の靴ですよ。踵を三回鳴らせば、この世界のどこへだって三歩で行けると聞いたことがあります。
猫 じゃあドロシーは家に帰れるんじゃない? 魔法使いオズなんかに頼らなくても。
ドロシー 帰れる…。でも、みんなの願いを叶えなくちゃ。
カカシ 俺達は大丈夫。だって俺は俺が十分かしこいって知ってるんだ。
ブリキ この旅はドキドキの連続で、心臓があったらもたないところでした。
ライオン お前さんのためならいつだって勇気がわいてくるんだよ。
ドロシー みんな。私、ちゃんと前を向けるかしら。みんなみたいに。
猫 ドロシー、君のしたことをオレはちっとも罪だとは思わない。そんな忌まわしい靴は使い終わったらすぐにでも捨てて、全部忘れていいと思う。でも、優しい君は気にしてしまうんだろうね。……みんな、いい?
カカシ もちろん。
ブリキ 寂しくて涙が出ますけど。
ライオン わしらなら、大丈夫。
猫 心配しないでドロシー。これは全部夢だよ。
ドロシー 夢?
猫 そうだよ。カカシが動くわけないし、ブリキのきこりなんているわけない。臆病なライオンなんて、そんなのすごくおかしいだろ? 悪い夢だったんだよ。第一、猫が喋るわけないじゃないか。
ドロシー そうなの? 全部夢だったの?
猫 さぁ踵を三回鳴らして、もう夢から覚める時間だよ。
シーン45 カンザス
大きな風が巻き起こり、ドロシーは気付いたら広い草原にいる。
ドロシー 私、何をしていたんだっけ。
犬のトトが駆け寄る。
ドロシー トト。そうよね。トトは喋らないもの。猫が喋るわけないわよね。
遠くから、ドロシーの伯母エムが走ってくる。
エム ドロシー! あぁよかった、無事だったのね。竜巻が家ごとお前を飛ばしてしまって、私は本当に肝が冷えたよ。
ドロシー エムおばさん! 聞いてほしいことがあるの。私空を飛びながらとってもヘンテコな夢を見たのよ。少し怖かったけど大好きな仲間と冒険する夢!
エム まぁまぁ、大変だったわね。あら、ドロシーったら裸足じゃないの。ひとまず、安全なところに避難しましょう。夢のお話はあとで聞かせてちょうだいね。
長靴をはいた猫
【登場人物】
猫
カラバ
クロエ
衛兵
カーレン
アンセン
シンデレラ
フィーネ
ライオン
シーン46 猫との出会い
カラバ、手にした遺書をつまらなそうに読み上げる。
カラバ 「長男には風車小屋を与える」
猫 そりゃまぁ、長男が家業の粉ひきを継ぐのは当然だな。
カラバ 次男にはロバを与える」
猫 ロバも使えるよなあ。運び屋や行商人になれる。
カラバ 「三男には名人を与える」
猫 いやぁよかったなぁ、一番の当たりを引いたじゃないか!
カラバ なんで僕は名人!? 名人って仰々しい名前のただの猫じゃないか。猫なんか、なんの役にも立たないのに。
猫 そいつは聞き捨てならんな
カラバ おまけに口を利くし。化け猫の類だろお前
猫 違う違う。お前が聞く耳を持ってるだけだ。親父さん譲りだな。甘ったれの三男坊にも少しは長所があるもんだ。
カラバ 甘ったれの三男坊? 名人にそんな風に言われる筋合いはない。僕にはカラバって名前がある。
猫 オレだって名人なんて名前じゃないんだよ。親父さん、オレの言葉がわかってるくせに勝手なあだ名をつけやがって。俺は誰の飼い猫でもないぞ。
カラバ 父さんの猫じゃないの。じゃあ僕がもらえる遺産はなにも無いってことになるじゃないか。
猫 そうだな。頑張って自分の力で生きて行けよ
カラバ 僕はまだ十五歳だよ。働くなんてできないよ。
猫 その年で働いている人間はいっぱいいる。
カラバ 風車やロバがあれば働けたかもしれないけど、僕には何もないんだぞ。兄さんたちが面倒見てくれると思ってたのに、これからどうしろっていうんだよ。
猫 せっかくいい耳があるんだ。猫の通訳でも始めればいいんじゃないか?
カラバ 猫の、通訳?
猫 そうだよ、冴えてる、猫の通訳だ。手始めに俺の本当の名前を皆に知らせて回ってくれ。
カラバ どうして僕がそんなこと。
猫 相応の見返りは用意するぞ。
カラバ どんな?
猫 そうだな。三男坊、あんたを侯爵様にしてやるよ。
シーン47 ピクシー靴店
ピクシー靴店へ向かう猫とカラバ。
カラバ 本当に? 本当に侯爵にしてくれるんだろうね。
猫 あぁ。
カラバ あーよかった。これで働かなくても済むってことだろ?
猫 どうだかな。まずはオレの願いを叶えてからだ。
カラバ どこに行くんだよ。…ここは? ピクシー、靴店?
猫 クロエー!
ドアを開け、入店。
クロエ いらっしゃいませ。
カラバ どうも。(小声)店員さん、ずいぶん若い人だな。
猫 クロエは若いけどちゃんと手に職をつけて働いてるんだぞ。
クロエ あら、チビじゃないの。久しぶり。お客さんを連れてきてくれたの?
猫 違うんだよ。クロエに聞いてもらいたいことがあって。さぁ、三男坊。言ってやってくれ!
カラバ あ、あの、いきなり変なことを言うようですが、この猫の名前……
クロエ チビですか? うちのおじいちゃんがつけたんですよ。まだ子猫だった時に、靴の中で丸まって寝てるところを見つけたんです。もう全然チビじゃないですけどね。死んだおじいちゃんが可愛がってたから、名前にも愛着があるんです。
カラバ そう、なんですか。
猫 早く言えったら。
クロエ そうだ、チビ。あんたにあげたいものがあるの。ちょっと待ってて。(退場)
猫 なんで言わないんだよ。
カラバ だって、本当の名前は違うんですなんて言える雰囲気じゃないよ。
猫 侯爵にならなくてもいいのかよ。
カラバ それは。
クロエ お待たせ。あんたに合いそうな長靴よ。
カラバ 猫に長靴…?
クロエ はい、うちの小人の従業員からです。
猫 わ~~めっちゃかっこいい~~~! ありがとうクロエ。三男坊、代金を払っといて。
カラバ 僕が!?
猫 相手も商売だ、代金を払うのが礼儀だろ。あんたはそのうち大金持ちになるんだから、こんなのはした金じゃないか。
カラバ おいくらですか…。
シーン48 林~大通り
財布の中身を確認しながら歩くカラバ。
カラバ はぁ、食堂に入るお金もなくなった。今日の晩御飯はどうするんだよ。
猫 ごちゃごちゃうるさいなぁ。えーっと、ここに仕掛けておいた罠に何かかかって……お、いるいる。
猫、茂みの奥から袋を取り出す。中にはウサギが入っている。
カラバ ウサギだ! これを食べるの…?
猫 違う。
カラバ わかった、肉屋に売るんだね。
猫 違う違う。これは王様に献上するんだよ。お前のじゃない。
カラバ 王様!?
猫 いつもうまぁいフルーツくれるんだよ。日頃から世話になってる人間にはお礼をするもんさ。
カラバ お城なんてそう簡単に入れるわけが。
衛兵 お、フリードリヒ・ヴィルヘルム・デ・メディチ三世じゃないか。洒落た靴を履いてるな。
カラバ え、衛兵さん、この猫を知ってるんですか?
衛兵 あぁ、王様が可愛がってる猫だよ。自由に城に出入りしてるのさ。
猫 ほら、本当は違う名前なんだって言えって。
カラバ その、フリードリヒ…
衛兵 大層な名前だよな。王様が歴代の名君の名を借りて付けられたそうだ。
カラバ それは立派ですねぇ。
猫 おい!
カラバ あんな凄い名前にケチつけるようなこと言えないよ。
猫 ……わかった、もういいよ。お前はここにいろ。
カラバ え。
猫 そんなボロボロの格好じゃ城には入れないからな。
衛兵 なんだ、そのウサギは。王様へのお土産か。ははは、律義な猫だなぁ。
門が閉まる。
カラバ あ、待ってよ、名人。置いてかないでぇ。もう夜になっちゃう。名人までいなくなったら僕はどうしたらいいんだ。
途方に暮れて座り込む。
シーン49 大通り~教会
いつのまにか眠り込んでいるカラバ。
猫 おい、おい、三男坊。こんな所で寝るな。往来の迷惑だろ。
カラバ あ、名人! よかった、戻って来てくれたんだ。
猫 名人じゃない。
カラバ ごめん。
猫 ほら行くぞ。
カラバ どこへ?
猫 今夜の寝床だ。
カラバ 君はお城で寝るのかと思ってた。
猫 王様はいびきがうるさいんだ。
カラバ 宿でもとるの? お金ないよ?
猫 教会に行けば泊めてもらえるんだよ。そんなことも知らないのか?
カラバ 今まで寝る場所に困ったことないもん。
猫 そいつは幸せな人生だったな。これからは必要な知識だから覚えておくといい。
カラバ 本当に侯爵になれるの。これじゃ物乞いと一緒じゃないか。
猫 物乞いだってそれなりに努力して生きてるんだ。三男坊はただオレについてきてるだけだから、彼らを馬鹿にできるかどうかよく考えるんだな。
カラバ だって、そんなのしょうがないじゃないか。
猫 ま、どんなに貧しくても助けてくれる奴はいるもんだ。カーレンいるー?
カーレン こんばんは。あら、キティも一緒だったの。どうしたの、可愛い長靴履いて。
カラバ ここで泊めてもらえると聞いたんですけど。
カーレン えぇ、教会はいつだって開かれてますわ。
カラバ (小声)あの子、足が。
猫 カーレンは義足なのに頑張り屋さんなんだ。ほら、前足も後ろ足もいい耳も揃ってる三男坊、やることがあるだろ。
カラバ あの、この猫の名前なんですが…
カーレン 可愛いでしょ? キティって言うんです。亡くなったおばあさまがそう呼んでました。
カラバ またこのパターン…。実は本当の名前は違うみたいなんだ。
カーレン そうなんですか。キティはキティじゃなかったんだ。
カラバ でも本当の名前よりキティのほうが可愛いと思う!
カーレン えへへ。私もキティって呼ぶの好きなんです。あ、ベッドはあっちの部屋です。ご案内しますね。
猫 なんでだよ!
カラバ (小声)僕より小さくて足も不自由なのに、不憫じゃないか。あの子の前ではキティでいればいいだろ。
猫 まぁカーレンは可哀相な子だから……次の奴にはちゃんと伝えてもらうからな。
シーン50 川
翌朝、教会から外へ出てきたカラバ。
カラバ ふわぁ~。
猫 しゃきっとしろ、しゃきっと。
カラバ ベッドが固くてあんまり眠れなかったんだ。
猫 文句を言える立場なのか?
カラバ 文句じゃないよ。ありがたいと思ってる。
猫 だったら早く起きて手伝いの一つもしたらどうだ? ほら、顔を洗うぞ。裏に川が流れてる。
カラバ、顔を洗う。
カラバ ぷはぁ。
猫 三男坊! きたきた! アンセンの舟だ!
カラバ え、なに、押すなって、うわあ!
川に落ちるカラバ。
川舟でアンセンが近づいてくる。
アンセン おーい大丈夫か? 手を貸そうか。
カラバ すみません。ありがとうございます…。
猫 アンセン、メルは元気?
アンセン トラルフじゃないか。なんだその長靴。かっこいいな。
猫 ほーら。
カラバ あ、えっと、この猫、名前違うんですよ。
アンセン あぁそうだろうね。俺が勝手に呼んでるだけだから。虎みたいだからトラルフって。ははは、安直だな。
猫 ほんと、センスないよ。
カラバ いやいや、なかなかカッコイイ名前です。
アンセン そうかい?
カラバ ええ。響きもおしゃれだし。
アンセン 嬉しいなぁ。実は今度子供が生まれるんだよ。どういう名前にしたらいいか迷ってて。
カラバ それは、おめでとうございます。
アンセン やっぱり見ための印象って大事だよな。顔を見てから決めようかな。もしかしたら鱗があるかもしれないし。
カラバ 鱗?
アンセン まぁどんな子でも可愛いだろうけどな。
カラバ …子供が可愛かったら猫なんか遺さないですよね普通。
アンセン え?
カラバ いや、なんでもないです。
猫 俺の名前の話は!(蹴る)
カラバ うわぁ!
猫に蹴られて再び水の中へ。
カラバ もう、やめろよ名人。
遠くの馬車から声がかかる。
シンディ あの、大丈夫でしょうか?
カラバ え?
シンディ よかったら着替えをお貸ししますよ。
アンセン あのかぼちゃみたいな馬車、皇太子妃様じゃないか。凄い人に声かけられたな。
カラバ 誰…?
アンセン 王子様とご結婚なされたシンデレラ様だよ。
シーン51 馬車の中
馬車に乗り込んだカラバと猫。向かい側にシンディ。
カラバ た、助かりました。こ、コウタイシヒ様の馬車に乗せてもらえるなんて夢のようです。
シンディ あまり緊張しないで。私も庶民の出ですから。長靴の猫ちゃん、とても可愛らしいですね。
猫 ありがと。
カラバ あ、借りた服、どうしたらいいですか。
猫 洗って返すんだよ。常識だ。
カラバ 洗って返しますね。
シンディ あら、そのままでもいいですよ。私洗濯大好きなので。
カラバ お城の人も自分で洗濯するんですか。
シンディ 私は特別かもしれません。ほら、庶民の出なので。
カラバ 僕たちみたいな普通の暮らしをしてたってことですよね? どうやってお姫様になったんですか?
シンディ 私もまだまだお姫様にはなれてません。なかなか大変なんですよ。お城のしきたりや、知らないマナーや言葉遣い、一生懸命勉強中です。カラバ 僕も頑張ったら侯爵になれますか?
シンディ 侯爵に? えぇ、努力すれば何にだってなれるんです。……なんて、私も人から教えてもらったんですけどね。
カラバ はぁ。
シンディ それでおうちはどちらでしょう。お送りしますよ。
猫 あっちです! あっち!
カラバ あっち、みたいです…。
シーン52 森
森の中を進む二人。
カラバ まだ着かないの。もう少し馬車で送ってもらえばよかったのに。
猫 馬車じゃこんな森の中まで入ってこれないだろ。ほら、ここが目的地だよ。
カラバ ここは?
猫 これからあんたが住むことになる家だ。
カラバ こんな立派なお城に住んでいいの? 誰もいないの?
猫 今は人喰いオーガが住んでる。
カラバ 人喰い!?
猫 見あげるほどにでかい大男で、どんな物にも変身するという怪物さ。そいつさえ追っ払えば城は全部三男坊の物だよ。王様がそういう約束をしてくれた。
カラバ 怪物退治なんて冗談じゃない。僕帰る!
猫 えー一人で大丈夫かなぁ? この森には凶暴なライオンが住みついてるのに。
カラバ うっ…。怪物より、ライオンの方がマシ……いや、言葉が通じる分怪物の方が……? あぁもう、僕はお前が侯爵にしてくれるって言うからついてきたんだぞ。
猫 それは通訳がちゃんとできたらの話だろ。まだ一回も成功してないくせに要求だけはいっちょ前だな!
カラバ それは。だって。
猫 言い訳無用。いいか? 三男が幸運を手にするお約束はおとぎ話の中だけだぞ。自分の進む道は自分で切り開かなきゃいけないんだよ。何もせず、待ってるだけで幸せになれるなんて思うなよ! 行くぞ!
シーン53 古城
オーガ 我が城に何の用だ。
カラバ ひぇっ!
オーガ 人間風情が、何をしに来たと聞いている。
カラバ いえ、ちょっと道に迷ってしまって、すぐ出ていきますので。
猫 やいやいやい、怪物め! この城を明け渡してもらおうか!
カラバ 何言ってるんだよ!
猫 図体だけの木偶の坊なんか怖くもなんともないね!
カラバ 馬鹿、怒らせるなって。
猫 なんのために来たんだよ、弱虫。
カラバ 弱虫でもなんでもいい。命を落とせば全部おしまいなんだぞ。僕じゃ、お前を守れないんだから。
猫 え。
カラバ 力もないし、世間知らずだし、僕なんかが侯爵になれるわけない…。わかってるんだよ。どうせ父さんも僕になんの期待もしてなかったんだ。だから猫なんて。……でも、名人がいなくなるのはやだ。
猫 大丈夫だ。オレがなんで名人って呼ばれてたか知ってるだろ?
カラバ あ。
猫 やい、オーガ。オレと勝負しろ。どうした? 負けるのが怖いのか?
オーガ ごちゃごちゃとうるさい虫がいるな。望み通り踏みつぶしてくれる。
カラバ ま、待ってください!
オーガ なんだ、貴様が相手になるか?
カラバ 僕が相手になります。
オーガ ふははは面白い。話し相手にでもなると言うのか?
カラバ 話に聞きました。あなたは何にでも化けることができるとか。それなら、ライオン、ライオンにはなれますか。
オーガ もちろん。
オーガの姿が煙に包まれ、ライオンへと変わる。
オーガ ガオー!
カラバ うっ……さすがですね。でもそのように強そうなものにはなれても、まさか、ネズミのように小さなものには化けられないでしょう?
オーガ たやすいこと。見ておれ。
ライオンの姿が煙に包まれ、ネズミへと変わる。
オーガ チュゥ。
カラバ 今だ!
猫 ふぎゃー!
猫、ネズミを追って仕留める。
カラバ よしよしよし! すごいぞ! さすがネズミ捕りの名人!
猫 お前こそやるじゃないか。なかなか知恵の回る話術だったよ。
カラバ はぁ~…。
カラバ、気が抜けて気絶する。
シーン54 古城・ネタばらし
猫 ありゃ。大丈夫か? まぁこいつにしてはよくやったほうか。あ、もういいよ。ありがとう、フィーネ。ライオンさん。
物陰から、フィーネとライオンが出てくる。
フィーネ はーい、おつかれ。うまくいってよかった。
ライオン わし、ちゃんと隠れられてたかい。
猫 ちょっとしっぽが見えてたけど、気付いてないと思う。
フィーネ 本当にカラバくん最初にライオンを指定してきたね。
ライオン 出番があってよかったよ。
猫 ここに入る前にライオンさんの話をしてあったからさ。オーガの迫力に記憶が吹っ飛んでなくてよかったよ。
フィーネ へへん、デザインには自信あるんだ。(オーガに変身)「我が城に何の用だあ」あはは、楽しかった!
猫 ほんと助かったよ。
フィーネ それはお互い様よ。魔女試験は「二人の人間を魔法で幸せにすること」だったから。シンディと、カラバくんと。これで晴れて合格かな。小さい頃からの夢が叶うわ。
ライオン この城は、実際誰のものなんだい。
猫 王様のものだよ。今は空き家で、管理する人間を探してたから、家無し職無しのこいつにぴったりだと思って。
フィーネ ここまで大掛かりにする必要はあったの?
猫 だってこいつ他力本願で根性無しの弱虫だぜ? 楽に仕事についても、続かなそうじゃんか。
ライオン ふむ、今回のことはいい経験になったんじゃないかな。わしの吠えたてる声にも引かなかったんだ。見どころがある。
猫 シンデレラとの繋がりもできたし、悪いようにはならないだろう。まぁ爵位が貰えるかは、今後の頑張り次第だな。王族と結婚すればなんとか……
フィーネ 結婚相手には不自由しないんじゃないかな。
猫 そうか?
フィーネ かっこよかったよ? へっぴり腰になりつつ君を守ろうとしてたところなんか。
猫 うーん、まぁ、な。まだまだひよっこだけどな。
ライオン 経験が浅いだけさ。これからどんな大人になるか楽しみだねぇ。
猫 そうだな。
フィーネ じゃ、カラバくんが起きないうちに退散するね。
ライオン またいつでも呼んどくれ。
猫 ありがとう!
シーン55 古城・魔法がとけた
猫 おい、起きろって。
カラバ うーん……あれ、オーガは!? 倒したのか!
猫 おめでとう、三男坊。いやカラバ侯爵。あんたの知恵と勇気には恐れ入ったよ。この城は晴れてあんたの物だ。
カラバ え? なに言ってるの?
猫 だから、カラバの物になったんだよ。俺が助けてやれるのはここまでだ。今後の人生を切り開くのはカラバだけの力でやるんだぞ。
カラバ 名人……
猫 そうそう、親父さんがお前に期待してなかったなんてのは誤解だぞ。ただまぁちょっぴり世間知らずな所があるから世の中を見せてやってくれって前々から頼まれてて……
カラバ なんだよ。そんな猫みたいな鳴き声あげて。
猫 え。
カラバ 冗談でしょ。ねぇ、普通に喋ってみてよ。
猫 そうか、もう聞こえなくなっちゃったか。
カラバ もう話せないの? いや、僕の耳が駄目になったのか?
猫 魔法がとけたんだよ。……じゃあ猫の通訳業もおしまいだな。あーあ。俺の名前を世に知らしめるチャンスだったのに。結局誰も呼んでくれないじゃないか。
カラバ ペロー。
猫 え。
カラバ ありがとうな、ペロー。僕、頑張るよ。
猫 ……ニャアオ。
(完)
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