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「山のは」より - 2023/10/4 秋分

拝啓 遂に。長い長い、暑い暑い夏が終わりましたね。諸沢にも秋がやってきました。

早朝、台所脇のくたびれた引き戸を開けると、ピンと張り詰めた、ひんやりとした空気が流れ込んできます。外は青空、太陽の光がキラキラと朝露を照らし、冷たい風がとても心地よく、山あいを流れてゆきます。待ちに待った秋です。夏が痛烈だった分、涼しさが身に染みてありがたく、目に入る色々なものが美しく感じます。

金木犀も咲き始めました。子供の頃、秋の夜、風に乗ってどこからともなく漂ってくるあの香りがたまらなく好きでした。ですが、ここ数年は金木犀の咲く10月になっても暑い日が多く、生ぬるい風の中ではあの香りもどこか甘ったるく、切なく思っていたのでした。数年ぶりに冷たい風に乗ったあの爽やかな香りに出会え、静かに心を震わせています。

空と山のコントラストが美しい季節

実りの秋、奥久慈の山里は大忙しです。自分のことのように言っては語弊があります。大忙しなのは私ではなく、農家の方々です。夏の日差しをたっぷり浴びて金色に姿を変えた田んぼの稲は、次々に刈り取られ「おだがけ」されます。「おだがけ」は刈り取った稲を束ねて、木や竹で組んだ柱にかけて干す作業。どうやら茨城県(千葉でも?)特有の言葉のようです。

刈り取り後のさっぱりとした田んぼを囲むように、もしくは何列にもわたって整然と並ぶ稲の姿は秋の涼やかな風の中、山の景色を美しく引き立てます。大規模な水田ではコンバインで刈り取りから脱穀までを一度に行うためにこのおだがけは見られないらしく、山間部の重機が入らない小規模な田んぼのみで見られる昔ながらの美しい光景です。私たち家族も、ご縁があってこのおだがけを体験することができ、なかでも5歳の長男は「エース」と呼ばれ、すっかり稲刈りにハマっていました。

漆の季節も着々と進んでいます。漆掻きの仕事は最盛期を過ぎ、ここからは遅辺、末辺とシーズンの終わりに向かいます。雑草の勢いも徐々に収まりつつあり、あと一回で今年は終わりそうです。

びっしりと掻き傷のついた初秋の漆の木

奥久慈生活が始まってから、とある苗木の勉強会に参加しています。漆の苗木を育てている方にどのように苗木を育てているか、月に一回ほどのペースで教えていただくのです。一つ一つの工程が本当に丁寧で、苗の植え付けから、酷暑の中の草引きなど、こまめな管理が如何に大事であるか、そしてその一つ一つに言葉では言い表せない繊細な工夫がどれだけ詰まっているかということに驚かされます。一夏かけて育った苗は青々と葉を広げ、立派な苗木となって出荷の時を待ちます。秋の青空に漆の葉が映えていました。

漆の仕事は、その根底を支える生産者さんの力があってこそです。それは漆の精製業者であり、漆掻きであり、木を育てる人であり、苗木の生産者です。どの段階の仕事も欠かすことができず、そしてそれぞれに情熱を持って様々な工夫を重ねながら、土台を守ってくれています。現場に足を運ぶと、学ぶことが山ほどあります。

過酷な夏を乗りこえ、心も身体も疲労困憊と思います。肩の力を抜いて、少し体を休めましょう。

少し休んだら、また動く。[常陸大宮の道の駅(かわプラザ)前の標語より]

敬具

追伸:おだがけされた稲ですが、後日、足踏み式の脱穀も体験させていただき、翌日早速炊いていただくことに。子どもたちをお風呂に入れていると、先に味見をした妻が「大変、大変!」と呼びにくるほどの美味しさ。その後家族揃って大はしゃぎしながら三合の白米をあっという間にたいらげたのでした。

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