【読み切り】『街月記 A面』
夜空が嫌いだ。
眺めても腹は満たされやしない。月?今夜はきれいな満月?それがどうした。
流れ星も信じない。願い事?くだらない。馬鹿じゃないのか。望みは自分で叶えるものだ。
俺は夜路を駆ける。暗い住宅街は寝静まる頃。猟犬の如くハアハアと吐き出す息が響く。気管から一気に押し出す俺の吐気、リズムを保ち白く燃える。古ぼけた街灯の下でそう感じる。
進行方向から同じくランニングする者がやってくる。互いの姿と目的をチラと確認、走るエリアを汚さない様、なだらかにコースをズラし離合した。
同じコースを走るにしても、中途半端に仲良く並んで走りたくはない。自分だけの走りを楽しみたいだけだ。
追い抜きたければ勝手にどうぞ。俺の邪魔をしないでくれ。それだけだ。
月とは関わりたくない。追いかけても追いかけても遠い。常に遙か先にある飾りもの。そんな目的地は不要。俺に必要なのは俺が到達できるゴールだ。42.195㎞先の具体的な地点。月じゃない。
俺は夜路を駆ける。月へ向かって走る。嫌いだよ。手が届かない夢なんて。
額から流れる汗が目に染み入る。嫌いだ。俺の願いを叶えない星なんて。
地底からギラギラと憾む重力が俺の存在を支えている。
嫌いだ。
俺を見ているようで実は無関心な月が大嫌いだ。
ひたすらに俺は走る。李徴の虎は恨みでいきる。
悲願を捨てたい。それが望み。
李徴の虎は月と哭く。
俺にはそれが哀しいんだよ。
(了)
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