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拝啓「化け物さま」

水野うたさんの企画です。
面白そうだったので参加させていただきました。
上だけなら2000字以内のはず! 1800字くらいだなと予想しますがダメかな。

「実在の人物でも、架空の人物でも可」

誰に宛ててもいいということだったので。実在する人ではありませんし、差出人も宛先も架空の人です。
自作短編小説の「高橋さん」に書いてもらいました。


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「お手紙書くの、何年ぶりだろう」
 例の事件がフラッシュバックし、深夜になっても眠れなかった私は、机に向かった。普段から社内メールで文を綴ることはあっても、こうして実際に「手で書く」ことは行わなくなった。
 手紙は手で書くものよと職場の仲間が教えてくれた。しかし、ペン先は細かく震えるばかりで、なかなか文字を刻んでくれなかった。
 初歩で詰むくらいなら手紙なんてやめてしまえ、気持ちが籠っているなら書き出しなんてどうでもいいよと悪魔だか天使だかわからない存在が囁く。聞こえているのは自分の声で、飲み込んで、思いを綴る力に変える。
「返ってこなくてもいい」
 頭の中で言葉を呼び出し、組み立てていく。言い回しが変だとか、表現が子供っぽいとか、そんなことは関係ない。

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 先日は、危ないところを助けていただき、ありがとうございました。
 私は男性とお話するのがとても苦手です。理由は父親からの虐待と拘束による、精神的な疲労と後遺症のせいです。手紙の内容がおかしかったら、めいっぱい笑ってください。

 私は異性との付き合い方を知りません。職場の方とは周りの人と同じように接することができますが、知らない人、特に男性となると、なにもできなくなってしまいます。
 引き剥がされた私は、あなたに体を預けた瞬間、堰を切ったように泣きました。「俺は化け物だけど、目の前の誰かを守るくらいはできる」あなたはそう言ってくれました。ずっと覚えています。形だけの強さじゃない、柔らかくてもたしかな強さを、肉まんとは別の、たしかな温かさを、感じました。
 化け物という意味がよくわからないけど、たしかに、あなたは私を助けてくれました。

 ごめんなさい。男性恐怖症の私がこんなことを書いていいものかどうか、すごく悩みました。だけど、このままじゃ前に進めない。今までとなにも変わらない。怖いけど、まだ怖いけど、立ち止まったままじゃだめだって、教えてくれました。

 ほんとうに、ありがとうございました。
 いつか、直接、お礼がしたいです。

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「拝啓……あ」
 本文は拵えた。しかし相手の名前がわからない。相手は自治体の人間だ。宛先で誰宛かわかるようにしておかないと、届いてほしい相手に届かない。
「ええと……見た目は、ええと」あの光景を思い出すと、吐き気と恐怖とが絡まり合って蘇る。できればもう思い出したくなかったが、そこに「彼」の姿もあったのだ。引き離してくれた腕はとても強かった。包み込んでくれた腕はとても柔らかく、もう大丈夫だと教えてくれた。
 滲む視界で手紙を認める。溢れないように途中で拭いながらも、最後まで書き上げることができた。普段から、私を助けてくれた時と同じように、他の人も助けているのだろうか。
「無事に、届くといいな」
 思いの詰まった便箋を封筒にしまい、きちんと封緘した。

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 別の日、事件の背景を知るために聞き取り調査が行われた。精神面を考慮して女性の警察官が対応してくれた。
 私を襲った男性は、警察界隈で「恋愛泥棒」という名前がつけられた要注意人物だった。マッチングアプリを利用し、関係を持ちかけて文字通り「心」を奪っていくのだそうだ。うら若き心を弄んだのだから当然だ、と女性警察官は般若同然の顔で吐き捨てた。
「あなた以外にも被害者が複数人いて、でも全員が心を奪われていて聞き取りが行えなかったんです。特にひどかったのは前回で、事件の詳細を話す前に亡くなってしまいました」あなたが彼女と同じことにならなくてよかった、と女性警察官は私のメンタル面を気にしてくれた。
 確認が終わったところで、女性警察官は机の上に一通の封筒を置いた。私は一瞬ドキリとした。白い封筒に走り書きで「高橋様へ」と書かれていたからだ。
 先日の手紙は彼に宛てて書いたものだったでしょうと言われ、的を射られた私は急に恥ずかしくなった。白い封筒から視線を上げることができなかった。
 震える手で封筒を取り、三つ折りにされた便箋を抜き取った。今、私が見ているのは、私を助けてくれた人が綴った文章だ。
「物理的に捕まえたのは新垣さんですけど、あいつを追い詰めたのは、曖昧な化け物の言葉なんですよ」
 私は便箋をぎゅっと抱きしめ、小さく頷いた。

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「拝啓 化け物さま
 今、私がこうして生きていられるのはーー」

「ーー慶ちゃん、肉まん食べに行こうよ」
 そっと手が伸びてくる。あの時、私を守ってくれたのと同じように、後ろから。

 頭の中で言葉を呼び出し、組み立てている途中だったのに。途中経過を見られてしまって、途端に恥ずかしくなった。

−−−


今じゃ手書き文章なんてほとんど見かけません。
字形がそのまま反映されるのって手書きだけですけど、気持ちなら別に手段は問わないわけで。
きったない字でも、読めりゃいいんです……
これは「手で直接書いた時」の話で、メールやLINEなんかだと活字ばっかで味はないけど、気持ちくらいは込められるんです。ここは手書きと一緒です。

#あなたへの手紙コンテスト

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