#59 蛍の光
いまの季節、蛍(ホタル)前線が北上中である。すでに東北地方でも蛍が出現し始めている。蛍は夏の風物詩として知られるが、実際には6月~7月がシーズンとなっている。青森出身の筆者にとっては、蛍の季節は7月下旬から8月上旬にかけてであり、ちょうど夏休みの季節にあたる。小学校低学年の頃は、夏祭りの帰り道など、近くの水田の用水路にかなりの数の蛍が光っていた。うちわで軽くはたいて手に取ることもできたが、当時からあまり好ましくない行為とされていたように記憶している。あの美しさは、言葉ではなかなか説明できないが、40年以上経つ今でも鮮明に記憶に残るほど印象的であった。
ただし、小学校高学年の頃には、蛍はほとんど見れなくなっていた。興味をなくしたわけではなく、水田で使用する農薬が変わったのか、実際に蛍は消えていったのである。青森市は、蛍を市の虫に指定するほど蛍の多い地域であり、現在でも一部地域では見ることができる。筆者の実家のある青森市駒込には、小字名に「蛍沢」があり、古来より蛍の生息する地域であったのだろう。
生物種としての蛍は、甲虫目蛍科の昆虫であるが、我が国に生息する蛍50種程度のほとんどは南西諸島に生息しているそうで、本州・四国・九州には9種ほど、そのうち発光する蛍はゲンジボタル、ヘイケボタル、ヒメホタルのみである。幼虫期を水中で過ごす水生ホタルは、世界で10種程度とされており、上記3種はみな水生ホタルである。日本列島がいかに水に恵まれた環境にあるか分かるというものだが、我が国で人目に触れる蛍のほとんどはゲンジボタルである。
蛍は、発光するがゆえに「火(ホ)垂(タ)ル」と呼ばれたという。『日本書紀』や『万葉集』にも登場する。平安時代の『枕草子』にも「夏は夜。月のころはさらなり。やみもなほ、蛍の多く飛びちがひたる。また、 ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くもをかし」と記されており、日本人にとって蛍がいかに趣深い存在であったかが窺える。和歌や俳句にも多く詠まれるほか、蛍の光を楽しむ様は「紅葉狩り」よろしく、「蛍狩り」と呼びならわされており、筆者も大人になってから当時住んでいた東京都練馬区の蛍飼育施設で蛍を見るイベントに参加したことがあった。長蛇の列に並んだのもいい思い出である。
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