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#43 東博のユリノキ

 上野恩賜公園に建つ東京国立博物館は、我が国の中央博物館にして最大の博物館である。もちろん日本最古の博物館でもあり、東博(とうはく)の略称で知られるが、異称として「ユリノキの博物館」とも呼ばれていたという。これは、本館前に存在感たっぷりのユリノキの巨樹が生えているからであり、春の新緑、初夏の花、秋の紅葉と我々の目を楽しませてくれる。何よりも夏の木陰は心底ありがたいものである。
 ユリノキは北米原産のモクレン科ユリノキ属の落葉高木で、成長がとても速いことから広い敷地の庭木や街路樹として重宝されている。樹高45mになる個体もあるそうだが、実際、東京国立博物館のユリノキも樹高30m近く、幹周6mという威容を誇る。これで樹齢150年ちょっとである。葉の形が半纏に似るためハンテンボクともいう。ユリに似た大きな花弁を咲かすことからユリノキと呼ばれるが、英語ではチューリップツリーである。
 このユリノキは、東京国立博物館の歴史そのものでもあり、明治14年(1881)、上野寛永寺本坊跡地で開催された第二回内国勧業博覧会の会場として旧本館(ジョサイア・コンドル設計の煉瓦建築)が建設されたとき、現在地に植栽されたものである。明治初め頃に招来された種子を苗木として育て、植えたという。爾来、ユリノキの位置は変わっていない。ちなみに、新宿御苑のシンボルともなっているユリノキも同じ頃に植栽されたものであり、こちらも樹高30m以上に育っている。
 旧本館は大正12年(1923)の関東大震災で半壊し、現在の本館は昭和13年(1938)に開館している。耐震鉄筋コンクリート造りの洋風建築に東洋趣味を色濃く打ち出した瓦屋根を載せる「帝冠様式」の名建築として国の重要文化財に指定されている。なお、「ネオ・バロック様式」の表慶館は、片山東熊の設計で明治42年(1909)開館。大震災を乗り越え、現在に至っている。これも重要文化財である。本館裏手の庭園には、第二回内国勧業博覧会の碑が今も残されている。
 筆者はかかるユリノキには特別の思い入れがあり、青森に住んでいた小学校低学年の頃、母親に連れられて当館を訪ねた際、おそらく飽きてしまったためか、ユリノキに寄りかかって時間を潰し、服を汚して母親に叱られたことを記憶している。当時は何も思わなかったが、今思い返せば旅行中で替えの上着も少ない中、「やってくれたな!」という思いだったのだろう。大人になってからも、大学の学部生から大学院に進学する一年間は遊んでいたのだが、当館の考古課でアルバイトする機会があり、よく見上げていた。昼休みに東洋館テラスから眺めるのも好きだった。

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