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#60 蘭州牛肉麺の話

 過日、神保町に赴いた際、蘭州拉麺の名店、馬子禄(マーズルー)で蘭州牛肉麺を食べた。牛肉麺は中国・蘭州の名物であり、蘭州拉麺とも呼ばれるが、やはり牛肉麺と呼ぶのが一般的だ。ここに入ったのは二度目だったが、筆者は学生時代に何度か中国を訪ねており、実際に蘭州で牛肉麺を食べたことがある。味を明瞭に覚えているわけではないが、あまり美味しい料理に出会えなかった本場の中国料理の中では美味しかった思い出がある。現地の中国人ガイドが名物だとしきりに勧めるので食べたのだが、そのガイドは食べ飽きたと言ってケンタッキー・フライドチキンを頬張っていた。
 現地でも牛肉麺と呼ばれていたが、スープも牛肉から作られており、薬膳系のあっさり味だ。麺は小麦麺で、中国らしい白い麺だが、中国では珍しく鹹水を使っているためコシがある。注文を受けてから麺を打ち、客の好みに応じて麺の太さや種類を変えてくれるのは、現地と同じだった。大根や牛肉のチャーシューが乗り、パクチー(香菜)と葉ニンニク、ラー油の赤がよい色合いとなっている。甘党の筆者にとっては辛いが、クセになる味でまた食べたくなる。セットで食べた牛肉水餃子も美味であった。
 実は、蘭州牛肉麺は清真(ハラル)料理であり、もともとはイスラム教徒(回族)の料理だった。イスラム教で不浄の動物とされる豚肉は豚骨含め一切使っておらず、酒由来の材料も使用せず、もちろん馬子禄もハラル認定されている。緑の看板が特徴的だが、緑はイスラム教徒の色でもある。
 蘭州市は中国・甘粛省の省都であり、古代より西域・シルクロードの玄関口として栄えた都市である。敦煌など甘粛省の史跡を訪ねるには必ず経由する。何度か宿泊したこともあるが、20年以上前であっても田舎どころか大都市の雰囲気であった。人口も多く、現在では漢族が主要民族だが、新疆ウイグル自治区に隣接する地勢もあり、イスラム教徒が多い。漢族とほぼ同形質の回族が次いで多く、トルコ系、モンゴル系のイスラム教徒の少数民族が知られている。甘粛省内には少数民族の自治県が複数存在する。甘粛省はかつての涼州であり、遊牧騎馬民族の伝統も生きているのである。

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