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お題小説『悟られないように・浸入される心・不安になる気持ちにも慣れたし』

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 そう。この笑顔だ。
 いつも当たり前のように向けられる幸せそうな笑顔に、私は溜息を漏らす。
 弟の友人でもある彼は、何を思ったか五年も前に私に告白してきた。忘れもしない。あの日も今みたいな曇り空だった。その日からずっと――今日に至るまで、『顔が見たいから』と私に定期的に会いにくる。
 彼の行動は、あの日の告白を断り切れずに保留しているせいで今も続いている。仕方ない。私はまだ答えを出していないんだから。

 五年前の六月。その日は今にも雨が降りそうな空模様で、残念ながら傘を持っていなかった私は、自宅の最寄り駅で母に連絡を入れようかと悩んでいた。そこで偶然顔を合わせた弟の友達と、しばらく他愛もない話をしていただけ。それだけのはずだった。
「紗奈さんって呼んでもいいですか」
 緊張を含んだ声でそう聞かれて、どう返せばいいのか分からなかったことを覚えている。私は動揺を悟られないように、手元のスマホに一度視線を落とし「別にいいけど」とぶっきらぼうに答えた。
「急に距離詰めてくるじゃない。何かあったの」
 いつもは『タクのお姉さん』と呼ばれている。友達の姉との距離感なんてこんなものだろう。私からしても、彼のことは『弟の拓翔とよく遊んでいる子』という認識だった。
「何かっていうか……」
 彼――トモキくんはしばらく言い淀んでから、顔を上げる。まっすぐこっちを見つめてくる目には、十五歳という年齢に見合った純粋さがあった。
「好きに、なったから」
「そ……」
 そう、と軽く流そうとして何を言われたのかに気付いた。弟の友達。三歳も年下の男の子だ。そんな子が勇気を出して口にしただろう言葉を、簡単に流してしまうことはできなかった。
「あの、こ、答えとかは今じゃなくていい……です」
「…………」
 私は、目の前で顔を真っ赤にして俯く彼をただ見ていた。どう反応するのが正解なのか、自分が今どう思っているのか、何も考えられなくて。
「俺、頑張ってオトナの男になるんで……嫌じゃなかったら、ちょこちょこ会ってもらっていいですか」
 嫌……なんだろうか。自分でも分からない。けど、こんなに真剣に向けられた些細なお願いを、断ることはできなかった。
 頷いて、余裕な表情を取り繕って、それで彼の存在を容認した。頬を赤らめたまま幸せそうに浮かべた笑顔と「ありがとう!」の声は、やけに鮮やかな色を伴って私の記憶に焼き付いている。

「本当、しょっちゅう来るのね」
 五年間だ。五年間も、だ。どうせすぐに諦めるかどうかするんだろうと思っていたのに。
「だって、紗奈さんそう言いながらも楽しそうだし」
 まだ大学生のトモキに合わせて、コーヒーショップで二人の時間を過ごす。三日ごとに来る『いつも』の時間だ。飽きもせずによく続いている。
「そうね。慣れちゃってるからかしら」
「慣れ――って、何か微妙な言葉だなー……そこは、トモキと会うのが嬉しいから、とか言ってくれてもいいんじゃないかな」
「うわ、甘ったる……」
 苦笑して、手にしたコーヒーを一口含む。甘ったるい。キャラメルソースがたっぷり入ってるコーヒーも、あの頃から続く彼のアプローチも。
「甘いの、嫌いじゃないくせに。何だかんだ言って会ってくれるし、コーヒーもいつも甘いフレーバー頼むでしょ」
「何ドヤ顔してんのよ。上手いこと言ったとか思ってんの」
 自分も内心、コーヒーの甘さをかけたことは棚に上げておく。これだけ付き合いがあると、考え方も似てくるのかもしれない。五年間という歳月は、それだけ重いのだろう。
 笑顔から拗ねた顔になったトモキを見てから、その手元に目を遣る。彼が飲んでいるのはブラックコーヒーだ。いつからだろう。トモキがコーヒーに何も入れず飲むようになったのは。
(オトナの男に、ね……)
 これも、オトナの象徴なのだろうか。もう二十歳になった彼が思う『オトナ』の形。
(頑張ってくれちゃって、まあ)
 ふ、と思わず笑いが漏れた。初めてブラックコーヒーを飲んで顔をしかめていたのはいつだったっけ。もうそんなこともなくなった。変わらないまま変わっていく彼を、私はどう見ているのか。自分でも分からないなんて、そんなはずはない。
 カウンターからそっと取ってきていたスティックシュガーの封を切った。私の動きを首を傾げて眺めているトモキの手元。そのコーヒーの中に一袋全部流し入れる。
「紗奈さん? 何してんの」
 訝しげな声に答えることなく、軽く紙コップを揺すった。苦いコーヒーは甘く変わっていくだろう。トモキに侵入される心と同じように。
「甘いのが好きだから」
「それは紗奈さんの好み……で――」
「そう、私が好きなのよ」
 頑張ってオトナの男になった、そんなかつての少年が。
「だから飲みなさい。たまには、甘いのもいいでしょ」
 年上だから、と感じる負い目や不安になる気持ちにも慣れたし。甘い空気も、いつもの笑顔も、手放せなくなったのだから仕方ない。もう、答えを出す時がきた。
「……甘すぎるんだけど……!」
 耳まで赤くした顔を突っ伏して、トモキが唸る。そんな彼をからかいながら、私はもっと深くまでトモキの心に侵入してやるんだから、と大人げないことを考え始めていた。

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 『お題.com』さんからランダムで3つお題をお借りして、ショートストーリーを書きました。甘い甘い。
 モチベーションの波が激しいので、書く感覚を保ちたかったんですよね。
 これからも気が向いた時にお題で書いていこうと思います。モチベーションを高めに持っていきたい……!

 ではではー、またお会いしましょう。洞施うろこでした。


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