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お題小説『嘘をつく、嘘じゃないかも、君にだけ』

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 ベンチに座って脚を伸ばす。バス停の屋根が落とす影からはみ出した部分が、じりじりと焼けるような暑さに晒される。
「日に焼けちゃうよ」
 少しだけ怒ったような口調で隣に座る美和が言ってくるけど、僕はそのまま脚を投げ出していた。
 水曜と土曜だけ通ってる空手教室の帰り道。バスで通っているのは僕と美和だけで、他のみんなはもう家に着いてる頃だと思う。空手が終わった後は、いつも三十分もバスを待たなきゃならない。
  ジュワジュワとアブラゼミが鳴いてる。まだ五時前だから外も明るい。一番暑い時間は過ぎたけど、それでもむわっとするような湿っぽい暑さは残ってた。
「知ってる? 若いころに日焼けすると、大人になった時にシミになるんだって」
 美和がドヤ顔で言った。そんなの、男の僕が気にすると思ってるのかな。
「別にシミなんかできても関係ねーよ。オンナじゃないし」
「今は男だってキレイな方がいいんだよ。ママが言ってた」
 女の子はよくママがこう言った、ああ言ったって言う。お母さんが言ってたからって、別に言うこときく必要なんてないのに。僕だってお母さんの言うことは聞き流して遊ぶし、お父さんの言うこともほとんど聞かない。お父さんはお小言なんかめったに言わないけど。
「裕翔はすぐそうやって関係ないって言う……大きくなって後悔しても遅いんだよ」
 そういう美和はすぐにお小言を言う。うるさいと思うけど、でも嫌じゃないから僕は文句を言わない。
 セミは相変わらず鳴いてる。アブラゼミばっかりで、ミンミンゼミの声は聞こえない。つまんないな、と思いながら投げ出した脚を見た。もうだいぶ日焼けしていて、肌は浅黒い。美和も、今更になって日焼けがどうこう言わなくていいのに。
「今日だって、組み手の時に手抜いてたでしょ。そんなことしてるから、あたしにだって負けちゃうんだよ。悔しくないの?」
 急に空手の話を出された。僕は美和に組み手で勝ったことがない。でも、そんなの気にしたりしなかった。
「そんなん、誰に負けたって別に悔しくないし」
 ――嘘をつく、嘘じゃないかも、君にだけ。
 この間テレビで聴いた歌の歌詞が頭に浮かんだ。聴いた時は何だそれって思ったけど、今はなんだか分かる気がする。
 他のヤツに負けたりすると悔しいけど、美和相手ならしょうがないって思ってるから。
「ちゃんと真剣に頑張ったら、絶対裕翔の方が強いのに。このままあたしの勝ちで終わったら嫌だよ」
「そんなの、その内――」
「あたしね」
 僕の言い訳が遮られた。美和の声はそんなに大きくなかったのに、僕は先が続けられなくなる。変な緊張感が背中にのしかかってきた。
「空手、やめなきゃならないの。ママが、そんなの男の子みたいだからって。ちっちゃい頃ならまだしも、五年生になったんだからもっと女の子らしい習い事しなさいって」
 うるさかったセミの声が聞こえなくなった。女の子らしいって何だよ。そんなことでやめるなんて、空手好きでもなんでもないんじゃん。ママの言いなりなんて、そんな簡単に、どうして、
「……美和はやめたいの?」
 頭の中でぐるぐる色んなことが回ってたのに、口から出たのはその質問だけだった。美和は首を傾げて、しばらく考えてるみたいだった。やがて、その口が開いてぽつりと答えが返ってくる。
「分からない」
 分からないって。自分のことなのに。自分の気持ちなのに、なんで。
「でも、本気の裕翔と組み手しないままやめるのは、嫌」
 俯いたままで呟いた美和の表情は分からなかった。けど、僕は美和を見てられなくて、そっぽを向いた。言いたいことはいっぱいあるのに、何を言ったらいいんだろう。
 じりじり、陽に晒された脚が熱い。引っ込めようにも、負けたような気がして引っ込められなかった。
 二人とも何も言わないまま、時間が過ぎていく。さっきまで聞こえなかったセミの声は、今では逆にうるさくて耳障りだ。
 美和に言ってやりたいことを頭の中でまとめようとしていたら、バスが停留所まで来た。今日のバスは、妙に大きく見えた。
「乗ろう」
 美和が呼びかけてくる。このバスを逃したら、また三十分以上待たなきゃいけない。気まずかったけど、美和の言う通りバスに乗った。
 たいして人が乗ってないバスで、理由はないけど美和の座った席の真後ろに座った。彼女が乗るのは二区間だけしかないのに、僕は何を言いたいのかまとまりそうになかった。
 次の停留所は誰も降りずに通り過ぎた。美和が停車ブザーを押すのを見ていた。次の停留所の名前がアナウンスされて、もう美和の降りる場所が近付いてるのは嫌でも分かった。
 バスが停まる。プシュー、と気が抜ける音がして、前のドアが開いた。
 前の席から美和が立ち上がる。僕はつられるように立ち上がって「美和!」と呼びかけてた。
 振り返った美和は首を傾げて僕を見ていた。何を言えばいいのか、思い付かなかったけど。でも僕は、口を開いた。
「次、土曜日の空手では、美和のこと負かしてやるから」
 一回も勝ったことなんかないのに、僕はそう宣言した。美和は一瞬驚いた顔をしてから、嬉しそうに笑う。
「うん。あたしも負けないように頑張る」
 冷房が利いたバスの中が、ふわっと暖かくなった気がした。頷いた美和はバスの運転手に定期券を見せて、軽い足取りでバスを降りて行った。
 一人残された僕は、席に座り直すと膝の上で拳を握った。まだ細くて小さくて、空手の先生とは全然違う子供の手。
 何となくだけで続けていた空手。僕は今日になって初めて、真剣に練習しようと心に決めた。

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 甘酸っぱいですね。まだまだ男女の境界が曖昧なお年頃です。

 今回も『お題.com』さまからお題をランダムでお借りしました。3つに見えますが、読点込みのお題1つです。
 今回は長めのお題だったので悩みました。文体が全然違うので、まず組み込めるかどうか不安でしたが、無理矢理詰め込んだ感じになっちゃいましたね。もっと自然に書けるようになりたい。

 ランダムお題は『1つ』『3つ』『5つ』と選べるのですが、5つは流石に難しそうです。……でもいつか挑戦はしてみたいかも。

 ではではー、またお会いしましょう。洞施うろこでした。


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