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お題小説『もがれた翼・艶っぽい声・薬指』

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 左手にそっと細い手が乗せられた。次いで、腕に僅かな重みと温もり。
「私たち、一体何をしているのかしらね」
 面白くもない言葉だった。続く笑いはねっとりと纏わりつくような艶っぽい声。
「全くだ」
 俺も面白くない答えを返す。何を返したところで、俺たちが罪を重ねていることもこれから何をするかも、変わることはないのだから。
「これ、もう要らないでしょう?」
 手に乗せられていた白い指が、俺の薬指に嵌る指輪を撫でた。
「捨ててしまいましょう」
 そう言う彼女の左手に、もう指輪はない。くっきりと残された痕が、彼女が積み上げてきていた『家庭』の残り香を感じさせていた。
 俺は黙って彼女に倣い、左手の指輪を外す。車内は暗いが、窓から入ってくる外灯がプラチナの輪に反射し、冷たく光っていた。
 妻との毎日を捨てることに対し、後悔がないとは言わない。それでも、俺たちの決意が揺らぐことはないだろう。
 このことが発覚した後、アイツは――妻はどうするだろうか。泣いて取り乱すのか、それとも怒りを露わにして家中の物を壊して回るのか……そう、これまで幾度も繰り返していたように。
「もう行きましょうか」
 『終わらせた後』に思いを馳せていると、彼女がぽつりと零すように促した。
「そうだな」
 俺はただ頷いて車から降りた。もう戻ることはできない。分かっている。
 彼女は俺に続いて車を降り、そっと寄り添ってきた。その細い肩を抱き、俺は目的の場所である十五階建ての団地を見上げる。
 入居者はほとんどいない。それを調べてからここに来た。ここならば、かかる迷惑も少なく済むだろう。
 二人、ゆっくりと歩調を合わせて建物に入った。沈黙を保ったままエレベーターに乗り込み、屋上まで。ここに来るまでに、二人とも言葉は尽くしていた。
「――綺麗」
 最期になるだろう彼女の言葉。眼下に拡がる街の灯を彼女はそう受け取ったのだろう。よかった。僅かでも美しい物を見ることができたなら、沈み続けている気持ちも軽くなる。
 俺は彼女と目を合わせ、一つ頷いた。誰も来ないという想定の元で設計されたのだろう。簡易な手すりはやすやすと越えられる。
「行こう」
 決意を口に出すと、彼女は俺の手を握り頷き返した。
 宙に躍り出す俺たちは、きっと無残に地に墜ちる。二人とも守るべき比翼を裏切り、捨て去った愚か者だ。今更もがれた翼を惜しんだところで、二度と空へ羽ばたくことなどできないのだから。

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 今回もこちらのサイト『お題.com』さまより、お題を3つランダムでお借りしました。
 前回が甘めのほんわかなストーリーだったので、今回は重めの話にしてみようと思ったら、随分と胸糞注意な展開になってしまいましたね……
 艶っぽい声の段階で少々アダルトな香りがしそうだったので、できるだけ消臭しました。TPOは弁えるうろこです。
 私は不倫断然否定派なので、この主人公たちには感情移入できないですね。それでも物悲しく書こうとは努力しましたよ。本当ですってば。

 前回ともに、恋愛色中心のショートストーリーになりました。次は恋愛色なしか薄めにできたらいいなぁと思います。色々とチャレンジしてみるのも楽しいですよね。

ではではー、またお会いしましょう。洞施うろこでした。


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