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偽書・2020年7月5日の日記/パック寿司をサコッシュに入れる人

イトーヨーカドーでパック寿司を買ったのでトート型のエコバッグに入れようとした。とは言っても使っているエコバッグの底の面積なんて知れている。寿司を傾かせないようにして入れるのは難しい。寿司を入れ、パッケージをそのまま水平に持つようにする。正直な話、これではエコバッグの意味がない。中途半端な布に包まれた寿司を持っているだけだ。でも致し方ない。

そう思っていると、となりのサック台からふんという鼻息が聞こえた。なんとなく視線を向けると、全身黒尽くめに黒いマスクをつけた金髪の女の子が、肩からかけた蛍光色のサコッシュに寿司のパックを詰めようとしているところだった。

いやいやそれには入らないでしょ、どう見てもサコッシュのサイズとパックのサイズが同じすぎるよと思っていたら、するするとプラスチックのパッケージはサコッシュ内におさまった。外から見ると、まあたしかにパンパンだけどスマホとモバイルバッテリーとか化粧ポーチが入ってる程度なのかなとしか思えない。パッケージのシルエットが一切目立っていない。

「気になりますか」

鼻をすすり、女の子が話しかけてきた。まじまじと見てしまっていたことが急に恥ずかしくなる。

「ほい」サコッシュから寿司が引っ張り出される。たしかにパック寿司だ。

「ほいほい」パック寿司がふたたびサコッシュに入れられる。寿司が入ってるようには思えない。

女の子はわたしの持つエコバッグをひったくると、寿司を一旦取り出した。

「いいですか、コツがあるんです」

「コツとかそういう問題ではないと思うんですが……」

と言っているあいだにエコバッグに寿司がするりと落ちていった。はいと渡され、手に持ってみると、たしかに寿司の重みを感じる。中を見てみると、寿司のパッケージは横にされ、垂直に立っていた。だけれども底面にパッケージの角などは出ていない。寿司が入ってるようには見えない。寿司を取り出すと、奇妙なことにネタもシャリもきれいなままで、傾いていなかった。

女の子は本当にコツでなんとかなっているといい、ずずっと鼻をすする。ヨーカドーの外に出る。外に出ると、ウェストポーチを腰に巻いたおじいさんが片手をあげた。どうやら女の子とは顔見知りらしい。

「おう、深そうかい?」

おじいさんはわたしの方を顎でしゃくって女の子にきいた。

「わかんない」女の子は答える。「《ボーリング》はしてもいいんじゃない」

「そうか」とおじいさんは了承してるとも感心してないともとれる返事をした。「まあ、ほれ」

おじいさんはウェストポーチのジッパーに指をかける。ウェストポーチはパンパンだった。お財布とかビール缶でも入ってるんだろうか。そう思って見ていると、中に詰まっているのはセブンプレミアムゴールドのアイスクリームだった。金のワッフルコーン・プレミアムバニラ。それ以外にもガリガリ君や、あいすまんじゅうも入っている。どう考えてもアイスが入るような容量じゃない。でも入っている。

混乱しながら金のワッフルコーンを受け取る。女の子も受け取り、3人してアイスをペロペロ舐めながら駅前の商店街を歩くことになった。

「あのパチンコ屋」女の子は駅前にあるパチンコ屋を指差して言う。「パチンコ屋になるまえなんだったかおぼえてますか」

おぼえてる。駅前のパチンコ屋は以前もパチンコ屋だった。パチンコ屋の居抜きでパチンコ屋が入ったのだ。その前、つまりわたしが20年近く前にこの町に引っ越してきたときは、どこかの銀行の支店だった。

「ここの焼肉屋は?」

女の子はたずねる。この細長い建物の焼肉屋は、以前は餃子とモツ鍋のお店だったはずだ。その前、2000年代後半の一時期は当時の韓流ブームに乗って韓国関連のグッズを扱うお店だったし、その前は町のおもちゃ屋だった。老夫婦が店主で、大昔のガンプラがずっと置いてあるようなおもちゃ屋だった。

ほかにも、そこのセブンイレブンは元は本屋だった、そこの自転車屋は元はローソンだった、ということをわたしはおぼえてる限りこの町に何があったのかを女の子に質問されるたびに答える。おじいさんは、わたしが知らないこの町の歴史を補足していく。

「お店や、テナントと同じなんです」女の子が言う。「考えてもみてください。コップのなかにお水を入れることもお茶を入れることもタピオカミルクティー入れることもできればクラムチャウダー入れることも泥入れることもできます。でしたら、サコッシュのなかに寿司を入れることも容易なはずです」

「……流石にパンパンになるし、寿司も傾くのでは」

そういう理屈なんだろうか。わたしは疑問を呈した。

「だからゼロに近づけたり無限に近づけたりするんです」

「何を?」

「時間と空間です」

「えっ、こわ」

「あわいに挟まれば浮き上がります」

「はあ……」

わたしはわかったようなわからないような返事をした。女の子はマスクの向こうで、ずずっと鼻をすする。

「過去の記憶がふと思い出されるようなものなんですよ。さっき、あのお店なんだっけって訊いたときみたいに、なったでしょ」

そういうことらしい。女の子とおじいさんのように、容れ物にそういう感じで物をどんどん詰め込める人たちは、まあまあの人数いるらしい。

「まあ、なんで、たまにヘンになりますけどね。曖昧になるんで。中身が」

今度会ったら《ボーリング》というものを受けることになった。

帰宅する。エコバッグから寿司を取り出すと、今の今までスーパーの什器に入っていたかのようにひんやりとしていた。ネタはなぜかたまごといくらが半々になっていた。11種盛りを買ったはずなのに、どういうことだろう。釈然としないまま、いくらの軍艦を食べた。

そんな感じでした。

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