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ずっと好きだったんだぜ、と言えない虚しく虚ろで儚い夏の夢。

「元気してる?」
「それなりに。」
「そっか、それはよかった。」

久しぶりに連絡をとって、こんな会話をするのが好きだ。その人が元気にしてようが、何か抱えていようがそれは割と誤差の範疇であって。僕は、どちらかと言えば、その人との間に「僕」が存在しているかを確かめようとしているのかもしれない。

そう考えると滑稽である。

年をとってだいぶ物事への諦めがつくようになった。仕方がないことを仕方がないと受け入れることも出来るようになったし、ムリなものはムリで納得できるようにもなってきた。夢をみることも少なくなった。きっと自分の中で精算がうまくいってるのかもしれない。

今朝は夢を見た。
中身は違えど、よくみる夢だ。

僕はある女の子と、会って話をする。

「久しぶり、元気してる?」
「それなりに。」
「そっか、それはよかった。」


それで完結する夢だし、淫夢でもない。毎度毎度のこと、夢ゆえに大体は支離滅裂で起承転結もしっかりしていないし、場所や時間も全てがバラバラだったりするのだけれど。その会話だけは共通している部分だ。

このやりとりのあと、この夢の多くは、無言が続く。お互いに「やり辛さ」みたいなのを抱えている。僕が大人になることもあれば、その子が大人として会話を弾ませてくれる場合もある。大抵は「飼っていた猫は元気?」とか仕事や身内の愚痴とか、共通の知り合いの話をしたりする。これも割と整合性もないし、日によってバラバラなのだけど。

この夢の共通規格みたいになってるのか分からないけど、夢の中でどちらともなく、どちらかが切り出す話がある。

「楽しかった?」

その問いへの答えも、まるで
打ち合わせたかのように共通で。

「うん、楽しかったよ」

しんどいこともあったけど・・・と続く。

「ごめんね」

「ううん、こっちこそ。」

いつも大抵、このへんで夢から覚める。
こんなことは絶対に有り得ない!!!!と自分自身が一番分かっているから、何が何でも起きる。これ以上、この夢を見ていると、この夢に浸っていたくなってしまうからダメなのだ。

本当は言いたいことも、
伝えたいことも山ほどある。

楽しかったひとときも、好きな仕草も、君が笑わなくなったことへの申し訳なさも、色んな感情も全部ひっくるめて、飾り気のない言葉で聞きたいし、話し合いたいし、分かち合いたい。

だけど、それは夢の中の僕にとっての都合がいい彼女に伝えるべきことじゃないし、すべきことではない。もっと言えば、そもそも受け入れられてもらえることでもない。

現実なんてのはいつも非情だ。

まだ、人間だった頃の話だ。

その子とは同棲していたし、猫も飼っていた。
ほんと好きだったのだと思うけど、僕の不出来さで、残念な結末を招いてしまった。大抵、そんな話をすると世間的には僕は「捨てられた」側としてカテゴライズされて、彼女は「捨てた」側になってしまう。

違う、そうじゃない。
あれは僕が悪い。

「お前は悪くないよ」だなんて糖分過多な言葉を、僕は一度たりとも享受したことはない。そう、僕が悪い。うん、悪い。僕が悪いのだ。

捨てさせてしまった。
悪い女で終わらせてしまった。

だから、こんな「今」がある。

あの夢をみると、そんな後悔が
頭を駆け回る。


もうどうしようもないことだし、
忘れたほうが気楽なのだけど。

でもこれは僕の背負うべき罪だと思うから、これからも苦しめられていくべきことなのだ。一生分の後悔を彼女の分まで背負うのだ。

でも、時々考える。
今だって考えてる。

いつかこの夢が、夢じゃなくて、
正夢になったらどうするんだろう。

ずっと好きだったんだぜ。
相変わらず綺麗だな。
ほんと好きだったんだぜ。

いやぁ、言えないな。
もう言えないだろう。
言う機会もなければ、
言う必要性もないことだ。

そんなことを考えると
少しだけ虚しくなる。

目を覚ます。

「どうしたの、うなされてたけど」

「あ、イビキ煩かったかい?」

「いや、そうじゃなくて・・・」

「顔洗ってくる、寝汗がやばい」

もう現実。
仕事に行かねばならない。

顔を洗って、目を覚ます。
バカな頭を冷ましていく。

外に出ると、朝から空気が熱を帯びていた。今日もきっと暑い一日になるんだろう。もうここからは現実。あまり好きでもないブラックの缶コーヒーを一本買って、たばこに火をつける。煙に巻いて、苦い思い出を苦いもので飲み干した。頭上から、じりじりと照り付ける太陽が少し憎たらしい。

少し歩くとセミが死んでいた。
彼は死ぬ間際に何を思ったんだろう。

人の夢と書いて「儚」って言うものな。
胡蝶の夢ならぬ夏蝉の夢かしら。

そんなことを考えて、誤魔化して、
僕は仕事に向かった。
それが現実。




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