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『あと10年は戦える』歌詞解説#2

いい音色だろ?
「はい。良い物なのでありますか?」
北宋だな

『機動戦士ガンダム』第16話「セイラ、出撃」

 マ・クベといえば、壺である。そして壺はジオン公国における、あるいはスペースノイドという共同体における彼の孤独を示す記号でもある。

 一般に過酷な生存条件におかれているスペースノイドの価値観は実利的なプラグマティズムが支配的な傾向があり、それを反映して公国軍人も質実な職業軍人か、能力主義的なメリトクラシーに分類されるような人物が多い。前者を象徴するのがドズル・ザビやランバ・ラルとするならば、後者を代表するのがギレン・ザビやシャア・アズナブルということになるだろうか。骨董品蒐集が趣味というマ・クベの嗜好は、それらとは異質に映るし、むしろ自らが他の公国軍人とは違う存在であることを顕示しようという意志すら感じる。

 凡そ80年足らずの歴史しかもたないスペースノイドには骨董品というものは存在しえない。モノの歴史の古さに価値を与えるという思考自体が極めてアースノイド的なのである。人類の過去の歴史は宇宙移民という契機を通じて超克されるべきであり、それゆえにスペースノイド自身の主権のもとに新しい歴史を育むというのがジオニズムの精神であり、そのために戦争まで起こしているのである。その乗り越えられるべき地球由来の歴史を愛でるという行為自体が本来スペースノイドの価値観からすれば異端であり、その意味でマ・クベはマイノリティである。にも関わらず、彼はそれを隠そうともしない。なぜか?

 マ・クベは作品によってその描写に最も揺れのある人物でもあるが、ここで公式からは外れるが補助線として安彦良和『ガンダム THE ORIGIN』(以下、安彦説)における描写を参照したい。
 安彦説におけるマ・クベはオデッサ基地司令ではなく、中将として地球侵攻軍総司令の地位にある高官である(公式で対応する地位にあるガルマ・ザビ大佐は北米方面軍司令としてマ中将の配下)。したがってキシリア・ザビ少将との関係も上下ではなく同志的連帯とでも言うべきものとして描かれている(階級はマ中将の方が上位だが政治的にはキシリア少将はザビ家の公女という地位にある)。

「全権はマ・クベ中将 異例の軍人代表団…ジオンきっての地球通TOUGH NEGOTIATOR ユーラシアと北アメリカに代表部 橋頭堡とせよ‼︎」-ZEONIC NEWS U.C.0079.2.15 SUN

「ヤツは地球かぶれだから、なにかにかこつけてでも地球に行きたかった。渡りに船だったわけだ」-ドズル・ザビ中将

『機動戦士ガンダムTHE ORIGIN』第14巻


 安彦説では、マ中将は南極条約締結交渉の公国側全権として地球に降下している(公式ではキシリア少将が全権)。この起用を推したのはキシリア少将そのひとであり、その理由をマ中将に対して「アースノイド(地球至上主義者)寄りだから」と説明している。公式と同じくレビル将軍の演説によって交渉は決裂し、マ中将はそのまま地球侵攻軍総司令として地球に駐留し続けることになるが、これはそもそも交渉を決裂させて戦争を継続するというキシリア少将とマ中将との間での合意の上でのシナリオだった。では「アースノイド寄り」だとなぜ戦争継続となるのか。

 人類はもはや宇宙に住むべきであり、スペースノイドにとって地球は超克されるべき過去であるというジオニズムのテーゼに対して、キシリア少将とマ中将は地球を獲得すべきリソースと捉えていた。キシリア少将が資源と富、マ中将が文化と芸術を欲したという(決して小さくはない)違いがあるものの、この戦争を地球の奪い合いと捉えていたところに両者の同志的連帯が成立する余地があった。スペースノイドの地球連邦からの独立だけでは足りないのである。戦争は継続され、公国は地球を連邦から奪い取らなければならない。このような地球へのプライオリティはスペースノイドのなかでは異端であり、マ中将の孤独とマ大佐の孤独はここで響き合っている。

宇宙世紀なぞとうそぶいてみても、我々の歴史はたかだか百年にも満たぬ。だから馬鹿にされる。所詮はただの成り上がりと」ーマ・クベ中将

『機動戦士ガンダムTHE ORIGIN』第14巻

「愚かだな、ウラガン。キミも…私に言わせたいのか?ジオニズムの理想なぞ、私にとって白磁の名品一個にも値しないのだよ」ーマ・クベ中将

『機動戦士ガンダムTHE ORIGIN』第16巻


 公式とは違い、マ・クベ中将は博物館に展示されている贋作をすべて見破るなど、単なる骨董趣味に留まらない優れた見識をもった人物として描かれる。彼がどのような経緯でそのような見識を身につけたかは定かではないものの、彼にとってはスペースノイドの作り上げたプラグマティックな社会がどうにも不満だったようである。そして地球の文物に憧れている自分自身も含めて「成り上がり」と客観視できる知性にも恵まれていた。ただ、戦争を継続させた当事者であるにも関わらず、一方で戦火から芸術品を保護する文化の守護者として自認するような、ある種の屈折を抱えた人物として、やはり公式のマ・クベ大佐と通ずるものもあるようにみえる。そしてそのような屈折は、スペースノイドのなかでのマイノリティ性が通低音となっていると思われるのである。

 公式のマ大佐の骨董趣味がいささか浅薄なものに映るのは、それがマ中将のような見識に裏付けられたものではなく、いわば他の(彼を異端視する)公国軍人から自らのマイノリティ性を救済する手段として用いていたからではないだろうか。
 マ大佐の出自については全く明らかではないものの、彼自身が装っているような上層の出身ではなく、むしろ社会的にもマイノリティに属するアンダークラスだったのではないかと思えてならない。彼の名前が公国によくみられるドイツ系、ロシア系、ニホン系のどれでもない、エスニックなルーツが不明なものであることも、彼の出自を想像する縁になるだろうか。
 傍証にもならないが、キシリア・ザビは好んでアンダークラス出身の人間を抜擢した直属部隊を多く編成しており、確認されているだけでも屍鬼(グール)隊やマッチモニードなどがある。あるいは公国籍をもたない外人部隊として編成された海兵隊などもこれに含めていいかもしれない。これらの人員は貧困層や反社のような階層出身で公国内での立場がキシリア・ザビ個人の権力に依存しているため、軍や国家よりもキシリア個人を忠誠の対象としていた。
 国民的支持を受ける長兄ギレン・ザビ総帥、軍部に支持される次兄ドズル・ザビに対して、国内に強固な地盤をもたないキシリア・ザビはアンダークラスから自分個人を忠誠の対象とする私兵のような存在を作り出す必要があり、マ大佐もそのような私兵的存在から最側近にまで上り詰めた人材だったのではないかと想像してみたい。それゆえに彼は公国軍人としてオデッサ基地司令の地位にありながら、国家でも軍部でもなくキシリア少将個人を忠誠の対象として、採掘した資源の一部を公庫ではなくグラナダのキシリアに送り届ける(言うなれば横領の共犯)という役割を担っていたのであろう。そして、このような階級性を変数として代入することで、マ中将とマ大佐の間にあるマイノリティ性やキシリアとの関係の差異も捉えてみたいのである。マ中将とキシリア少将の関係があくまで同志的連帯だったとすれば、マ大佐のそれは文字通り忠誠心と呼ぶべきもので、大佐には中将のようなキシリアからは独立した野心などはなく、その最期において両者は全く違った表情をみせることとなる。
 恐らく、スペースノイドの作り上げた社会はマ・クベを幸せにしなかったのだろう。そして軍人となって後も、彼の異能を認める者はキシリア・ザビ少将以外にはいなかった。スペースノイドにおけるマイノリティは、そのアンチテーゼとしてアースノイド寄りにならざるを得ない。骨董趣味は、彼の孤独を孤高にすり替える装置だったのではないだろうか。
 ちなみにマ・クベが「北宋だな」と評した壺はさまざまに検証するひとがおり、どうも北宋期の様式ではないのではないかとも言われている。ここでその真贋について判断することはできないが、仮に北宋様式ではないとすれば、マ自身の骨董に関する含蓄はさほどのものではなかったことになる。もしそうだったとするならば、これも彼の嗜好がある種の映えだったということを示しているのかもしれない。ちなみこの壺はメルカリで買える。

[メルカリ] ノリタケ 門仲の名店に鎮座するマクベの壺 ¥65,000


マンガンジバーニング 全世界デビューシングル
『あと10年は戦える」

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