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26歳、夢から覚めて

あの日、私は人生で一番多くの共感を集めた気がする。

 かつての私は「わたしの気持ちがわかってたまるか」くらいトゲトゲしていた。受け入れてもらえないことはつらい。だから、無理をしなくてもわかってくれる解像度の近い人を探した。同じ世界を見ている人とだけ一緒にいたかった。(そしてライティングの仕事を始めて苦労した。)

 面識もない人から共感のしるしが届く。インターネットという広い海で、知らない人に共感されることはすごく不思議だった。

 深夜2時を回ったころ、私は途中まで打ち込んだ原稿を上書き保存して、始めたばかりのnoteを開いた。

 無心で打ち込んで、眼光鋭く、満たされず、野心に溢れていた日々を思い出して、苦しくて喉がいたくなる。涙を柔らかいティッシュで拭いながら、「モデルの私」がこんなに悲しい思いをするのはもうこれが最後なんだと、また泣いた。

 仕事はまだ終わっていないのに、私の自分語りは完成してしまった。気づいたらもうカーテンの外が薄っすらと明るい。4時。朝だ。なにやってるんだろう。

 今公開したら、「原稿は?」って思われるかな。でも日を置いたら恥ずかしくて世に出せなくなる。Twitterに投稿なんてもっとダメだ。捨てられない自意識から、早朝ならあんまバレないかな、と公開ボタンを押して、倒れるように意識を手放した。

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 昼になって、Twitterを開いて驚いた。バレないかなーと思った朝4時の投稿は、通勤通学する人が電車の中で読むのにちょうどよかったらしい。

 1日経ってもぽつらぽつらと届くハートの中に、猛烈に懐かしい字面があった。たしか、彼女の芸名は名字をもじったものだった。事務所仲間として、洒落たカフェで一緒にオーガニックハーブティーを傾けた先輩。

 どうやら今はOLさんらしい彼女に、私は連絡をしていいものかと迷った。辞め芸能はナイーブだ。自分が連絡を受けたとき、嬉しいかもしれないし、まだずっと心がいたくなるかもしれない。

 こんなことあるんだ。ノートパソコンくらい重たいポートフォリオと、履き替えるためのヒールを持って歩き回ったことを思い出して、懐かしくて心臓がぎゅっとした。

 程なくして、彼女からLINEが入った。私たちは事務所を辞めて3年が経つらしい。去年なら苦しさが勝ったかもしれないけど、今はお互い、また会いたいと思えるところまでたどりついていた。

 数年ぶりに待ち合わせた彼女は髪が伸びていて、でも、長い睫毛と大きな目は、たしかにショートカットにスキニーデニムがあのホームページで一番似合った彼女だった。一方、腰まであった私の長い髪はもうない。なんだか、それだけで少し泣きそうだ。

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 冷やしおでんの煮こごりのような姿に戸惑いながら、私たちはいろんな話をした。あのときの私は1ミリ足りとも漏らせなかったので、わざとかつての(飛んだ)マネージャーの悪口を言ったりした。

 何より嬉しかったのは、花を咲かせたのが思い出話だけでなかったこと。私たちはかつての戦友で、今は新しい生活がある。昔話だけでは前に進めない。苦しい決断をしたけど、これからの毎日だってぜんぜん悪くないって思えた。

 今でも私は彼女の宣材写真を思い出せる。でも、私が撮ったビールジョッキを持って笑う彼女も、負けないくらい魅力的だった。

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 私があのnoteを書いたのは、結局は周りから中途半端な存在だと思われるのが嫌だったからだ。宣言することで、「一応モデルやってます」から脱皮したかった。

 もし私が自意識を捨てられたら、「売れないモデルの女の子」で居続けることができたかもしれない。でも、私はもう我に返ってしまった。集中が切れて、夢から覚めてしまった。結局はそれがすべてなのかもしれない。

 私の投稿を読んで死にそうな気持ちになった人もいるだろう。だけど、まだあなたにとってその時じゃないのなら、無理に諦めようとしないでほしい。

 覚める夢ならいずれ必ず終わる。まだ夢中なら、その日が来るまで追い続けた方がいい。ただ、全力であってほしいと終わりにした私は願ってしまう。漠然とした後悔を残すのは何よりもつらいことだから、可能性は全部潰した方がいい。潰れない/潰せないなら、まだそれは目標として成り立っているはずだから。

 最後に、いつ聞いても死んじゃいそうになる曲を置いて終わりにしたい。心がちぎれる可能性があるので注意してください。

お前が憧れたヒーローは
情熱だけで飛べたのか
お前が誰よりも知っている
情熱だけで生き残れたら
どいつもこいつもヒーローだよ
容易くないから追う価値がある
背伸び程度で届くような空ではない
(「エピゴウネ」/『瞼瞼』日食なつこ)
いつか思い出と名付けて
遠くから眺める日が来たなら
この手は届かない
欲しがったって戻れない
辛い痛いと嘆いた夜にすら
戻りたいとか抜かすだろう
だからいつか思い出と名付けて
遠くから眺めることになる
その青い青い時間の只中に
今日の僕はまだいたいの
(「青いシネマ」/『瞼瞼』日食なつこ)

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