朝の紅茶

私の家は貧乏だ。

周りの家がことさらお金持ちなわけではない。こじんまりとした二階建てが並ぶ住宅街で、うちだけがぽこんとへこむ、古い借家のような小さい家。もちろん内情も、見た目通りだ。

中学生にもなれば、私だって見た目が気になるお年頃。毎日朝シャンして髪を丁寧にブローしても、家の見た目はどうにもならない。そのうえ私の両親は晩婚で、友達の親より歳もいってるし、私に着せる服も古ぼけたセンスのものばかり。親戚からのお下がりもあったりして。正直なところ恥ずかしかったりする。

同級生のゆっきょはなんだか垢抜けている。名前が由佳で、YMOの教授こと坂本龍一が好きだから、足してゆっきょになった。YMOは一応知っていたけど、坂本龍一が教授と呼ばれているなんて知らなかった。よく耳にするあの有名な曲がライディーンという曲名なのも、ゆっきょに教えてもらった。ゆっきょのお母さんは自宅で英語を教えるお教室を開いている。学校の交流活動でアメリカから交換留学生が来た時、ホストファミリーを務めたのはゆっきょ家だ。

ゆっきょの家に遊びに行くと甘いオレンジジュースを出してもらえるのが、私の密かな楽しみ。うちにはいつも麦茶と牛乳しかない。麦茶のお砂糖もあまり入れさせてもらえない。ゆっきょのイメージカラーは、明るく透明感のあるオレンジ色だと思う。

それに比べてうちは、家も親も私も地味。名前も地味なタカコ。呼び名もそのままタカコ。さしずめイメージカラーはお煮しめの茶色ってところかしら。

ある朝部活の朝練に行く途中でゆっきょが話しかけてきた。

ねえ、私今朝、紅茶飲んできたんだ!

ん?それがどうかしたの?

前にタカコが、朝紅茶飲んでくるって言ってたじゃん!

うちでは朝ごはんがパンの時は、お母さんが紅茶を淹れてくれる。やかんにお湯を沸かして、茶葉を入れて、しばらく待って、茶漉しの上からカップに注ぐ。紅茶には少しお砂糖を入れても文句を言われない。

タカコが朝紅茶飲むって言ってたのが、いいなあと思ってさ、お母さんに頼んだんだ。なんか、お上品とゆーか、タカコのタカが高貴の貴ってのもあるからかな、高貴な雰囲気とゆーか、すごくいいよ。お嬢さまになった気分!

そうなのか、うちみたいな貧乏でも飲むくらいだから、どこの家でもゆっきょの家でも普通に飲むものかと思ってた。

私は自分が直接褒められたわけでもないのに、ちょっと誇らしい気持ちになる。紅茶を淹れてくれたのはお母さんだし、名前をつけてくれたのはお父さんだけど。お煮しめだなんて思ってごめんなさい。古くて小さい家の中の一杯の紅茶が、いや、古くて小さい家の中の一杯の紅茶だからこそ、品格と言ったら大袈裟かな、上手く言えないけど、ただの古ぼけじゃないものにしてくれる気がする。地味だと思ってた名前も、なかなか品良く美しい名前に思えてきた。

深い紅の澄んだ気品を湛えるお茶の色。私のイメージカラーにしたくなった。早くお母さんに話したいな。



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