見出し画像

初対面 [前編]

緊急事態宣言も解除され数週間ぶりに来た地元の駅は夕日がキラキラと床に反射して映画の世界のようだった。
車内換気のために開けられた窓から流れてくる初夏の空気もなんだか世界をキラキラ見せてくれる。
いつも人と会う時は必ず付けている香水を今日は付けずに出た。なんとなくまっさらな自分を見て欲しくて。

ーーあーあ、私、会いに行ってる。

彼の顔も声も名前も知らない。
知っているのは優しい文章と人の心を裸にするあたたかさだけ。
twitterの裏垢では随分前から相互だったけど、いつからか時々DMするようになり、毎日3,4時間のDMするようになって1ヶ月くらいが経っていた。

彼をイメージして描いた火のデザインのネイルが夕日に照らされてキラキラ光っている。

ーーせっかくだからオシャレしたかったのにな…

そう思いつつも
「ウラちゃんの人生の片鱗だから」と彼に頼まれて大学の学校祭Tシャツを素直に着てきている。

定刻通りに着いたのぞみはいつも通りスゥーっと扉を開け、私はぴょんと車内に乗り込んだ。ガラガラの自由席に座った瞬間ドアが閉まった。

ーーもう戻れないな…

車内販売のお姉さんにニコッと笑われたけど、たぶんこの学祭Tシャツとマスクで顔を隠しているせいで高校生くらいに見えたのかもしれない。

ーー馬鹿だなぁ…私。
  たった数時間会うためだけに学祭Tシャツ着て新幹線乗ってるよ…。

お母さんの顔が思い浮かんでチクリと胸が痛む。ごめんね、私嘘ついて悪いことしてる。
田植えの始まった田んぼに空が映る様子をぼーっと眺めながら無駄な懺悔をする。


ーーやばい…ほんとに来ちゃった…

予約していたビジネスホテルにチェックインする。
いつもは部屋に入るとすぐにベッドの上に座ったりするのに、この部屋に彼が来るのかと思うとそわそわして椅子の上でうずくまることしかできない。

ーーこのベッドで今日……

ちらっと考えるだけで汗が出てくるのでとりあえずシャワーを浴びることにした。
そのために早めにチェクインしたんだから。
その後メイクをし直して、つけまを付けるか付けないか1時間悩んだ末、ツイートをして、フォロワーさんからの「ありのままでいきましょう!」というご意見に背中を押されてつけまなしの方向にした。


彼から
「今から向かうね」
と連絡が入る。

ーーうわああああ
  え、来るの?ほんとに?彼が?ここに?私に会いに???

ひとりでプチ錯乱状態になる。誰も突っ込んでくれない。

自分を落ち着かせるためにホテルの窓からこちら側に横断歩道を渡ってくる人をじっと見つめる。でも、全部彼に見えてくる…これが顔を知らずに会う緊張感か…

「ご所望の手羽先屋さんに着きました♪」
「今受け取り待ち〜」
「受け取ったよ。これから向かうね♪」
「コンビニで必要なものある?」

だんだん近づいてくる彼からのDMがメリーさん並に心臓に悪い。

「着いたよ♪開けてもらえますか」

ついに来た。
このドアの向こうに…。
のぞき窓からそおーっと覗く。
……いる。

ゆっくり、ドアノブを握る。
そおっとドアを開けると、彼がゆっくり入ってきた。

「こんにちは。ウラちゃん」

そこにはびっくりするほど元彼に似ている男が立っていた。
びっくりして彼の顔をじいっと見つめていると

「…?はじめまして」
と彼がお辞儀をしたので
私も
「あっ、はじめましてっ」
とギクシャくした挨拶をする。
会った瞬間抱きしめちゃうかも、とか妄想していたのも何処へやらである。

ぎこちなく彼を部屋の中に通し、ひとまず手羽先で緊張感をほぐす。
手羽先をしゃぶりながら彼の人生のことや、仕事の話なんかを聞く。
想像していた通りおっとりとのんびりとした話し方の人だった。

そして彼が「忘れないうちに」と渡してくれたのは
手作りのアロマだった。
「マスクにシュッとして使ってね」
嗅覚に効くものをプレゼントするとは…やり手だなあと感心しつつ、手作りアロマには内心テンションはぶち上がっていた。

このアロマについてのnote↓

お礼に、と私も彼に袋を渡した。

「ちょっ、そういうの予想してなかったからびっくりしてる…」


私はイラストを描くので、今回は形に残らないものを何か作ろうと思い、アイシングクッキーでイラストを描いていた。

画像1


袋からクッキーを取り出した瞬間、彼は「すごいすごい!」と連呼して、それから、「恐れ多い…」と言った。本当に可愛い反応をするから私もそれを見てにやけてしまう。

「それから、手紙みたいなものですけど、手紙ではないんで良かったら封筒の方も開けてみてください」
と私が封筒を渡すと、封筒に書かれた自分の名前(と言っても本名は知らないのでtwitterのアカウント名)をじいっと見つめて、まずそこに少し感動して(それもかわいい)、それからそっと封を開けた。

封筒の中には彼に会うまでの6日間分の日めくりカレンダーを入れていた。浮かれまくった私が描いた猫のイラストの日めくりカレンダー。一日一枚写真を撮って彼に送って一緒にカウントダウンしていた。

画像2


彼は目を見開いて無言で日めくりカレンダーを見つめた。それから「これはやばいよ、溶ける」とポツリと言った。

ーーああ、人って本当にびっくりするとこんな反応するんだ。



[後編]に続く
↓↓↓


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?