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映画『岬のマヨイガ』レビュー

【居場所を用意してあげる大切さ】

 ジャージ姿で手に小太刀を握って妖異と戦うお婆さんの声が大竹しのぶ。それが魅力かと問われれば、幾つもある魅力のひとつだと言えるのが、川面真也監督による長編アニメーション映画『岬のマヨイガ』だ。

 ほかに挙げるなら、巨大なお地蔵さんがトム・ハンクスの吹き替えで知られる江原正士の声で喋って頼もしさを感じさせるところがあり、緑ではなく赤い色をした河童たちが現れ剽軽で優しく賑やかな姿を見せてくれるところがある。

 そして何より居場所をなくしてしまった子供たちに、暖かい食事と寝床とそして家族という大切なものをもたらしてくれるストーリーが、『岬のマヨイガ』という映画の最高にして最大の魅力だと言える。観れば誰もがそこにいたいと思えてくるし、そんな居場所を作ってあげたいと願うようになるはずだ。

 2011年3月11日に東北地方を中心とした東日本を襲った大震災によって、岩手県の沿岸部は津波に襲われ大勢の人が亡くなった。残った人たちも家を流され暮らしを破壊されたけれど、それでも生きていかなければと立ち上がっては、寂しさを引きずりながらも日々を送っていた。

 そんな中にあって居場所を失っていたのがひよりという少女。交通事故で両親を亡くし狐崎という場所にいた親戚を頼って来たものの、震災でまた家族を亡くしてひとり避難所で暮らしていた。その避難所にはユイというひよりよりは年上の少女もいて、これからどうしようかと迷っていたところに、キワさんと呼ばれるお婆さんが現れた。

 初対面で縁もゆかりもないはずのユイとひよりをキワさんは孫だと言って引き取り、岬に立つ古い家へ連れて行って一緒に暮らし始めた。ユイは戸惑った。ひよりもきっと迷っていただろうけれど、ひとりでいることに不安を感じていたからキワの誘いを受けた。ならばとユイも逃げ出すことなく着いていったその家が、どうにも不思議に満ちていた。

 マヨイガ。たぶん“迷い家”とでも書くのだろうその家に関わる言い伝えをキワさんは話した。突拍子もないことでとても信じられなかったけれど、信じるしかない不思議を目の当たりにして2人は不思議を受け入れ、とりあえずの居場所と決めて日常を再会する。

 辛いこと。悲しいこと。寂しいこと。怒りたいこと。それらが次々に降りかかってどうして自分がと思いたくなる時がある。落ち込んでばかりいたって、逃げ続けてばかりいたって未来はないけれど、立ち上がれなかったり逃げ出したくなったりする気持ちは簡単には抑えられない。

 そんな時、たとえば家族がいたら、あるいは気にかけてくれる者たちがいたら立ち止まることはできるかもしれない。そこから前に足を踏み出せるようになるかもしれない。『岬のマヨイガ』で綴られるストーリーが、そんな可能性を感じさせてくれる。

 映画ではキワさんでありマヨイガでありふしぎっとと呼ばれる河童や妖怪やお地蔵さんや狛犬たちが支えてくれて、導いてくれた。残念だけれど現実の世界でそうした不思議にお目にはかかれない。だったらやっぱり立ち直れないのかというと、ひよりには学校の友達がお祭りのお囃子をいっしょにやろうと誘ってくれた。ユイは原付を譲られアルバイト先も紹介されて居場所を得られた。

 人の親切が繋がりを生んで、明日へと向かわせるのだということがしっかりと描かれているから、不思議に頼らず、すがらなくても大丈夫だと感じ取れる。そんな経験を経て、自分も誰かに親切にしようと思えるようになった時、固まっていた時間が動き出す。それまでの一時、マヨイガでありキワさんを中心とした家族にこの現実世界で、成り代わる場所を用意してあげられるよう、心がけていこう。

 キャラクターのデザインはリアリティには寄っていないが、描かれるマヨイガという家の内装であり作られる食事はどれも真に迫っていて、とても居心地が良さそうだし美味しそう。キワさんは料理の腕も確かなようで、野草の天ぷらからミルクプリンから味噌焼きおにぎりから何でも作ってくれる。温かい食事が心地よい場所を生んで健やかな心を育むのだと教えられる気がする。

 そんなキワさんが語るマヨイガや岬に伝わる伝承が、ほかとは違ったダイナミックなアニメーションで描かれるところもアニメーション好きには大いなる魅力だ。『虹色ほたる~永遠の夏休み~』で突然に大平晋也のアーティスティックなアニメーションが飛び出し驚いたのと同じような気持ちになれるだろう。

 声についてはユイを演じた芦田愛菜はさすがの“ベテラン”ぶり。ひよりはずっと声が出ない演技を強いられながらも息づかいなどによって存在を感じさせ、そして発声できるようになってからはユイを姉と思って慕い頼る妹の声を粟野咲莉が聞かせてくれた。

 そして大竹しのぶ。『漁港の肉子ちゃん』で肉子ちゃんの奔放な関西弁の女性を聞かせてくれたばかりで今回は東北の老女を演じる。嗄れた老婆ではなくお茶目で若さも感じさせ、そしてジャージ姿で小太刀を握って強大な敵に挑む強靱なお婆さんという難しい役を、さすがの演技力で乗りきって見せた。感嘆だ。

 ほか、大勢のゲストも仰いで描き出された東北の海辺の街が舞台の物語から、2011年に起こった哀しみへの思いを改めて抱きつつ懸命に生きて今に至った人たちが、さらに前向きになっていけるようになって欲しいと願いつつ、新たな脅威に覆われているこの世界で歩みを止めることなく進み続ける意気を持つきっかけを得よう。(タニグチリウイチ)

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