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映画『アーヤと魔女』レビュー

【ツイードの極上な質感が示す表現へのこだわり】

 ネップを混ぜたヘリンボーンツイードの、柔らかそうで温かそうなウールの質感に驚いた。貼り付けただけのテクスチャではない、身にまとわりついて包み込む立体感をもったモデリングの確かさに感心した。リアルに存在するものならその質感をどこまでもおろそかにしないという覚悟が見えた。

 それは最後まで揺るがず、メリノウールのようなフラットな素材のニットであっても、蛇を細く刻むために走らせるナイフの下に置かれ、無数の痕が刻まれた木製のテーブルを始めとしたインテリアも、ぐつぐつと煮込まれた挽肉にトマトソースが混ぜられたラグーのような食べ物も、リアリティをもってその世界に存在しているように見えた。

 人が歩けば背丈や足の長さの違いによって当然に生まれる、歩幅の違いや歩数の差にもしっかりと気が配られていた。大股で歩く長身のマンドレークの後をいそいそと着いていく青い髪の魔女ベラ・ヤーガ、そのさらに後ろを小走りで着いていくアーヤ・ツールのシンクロしない自由な歩き方が、リアルな世界をそこに再現しようとする心意気を感じさせた。

 草や花に覆われた屋敷も含めてすべてにおいて素材としてのリアリティを感じさせつつ、アニメーション的なフォルムを持った世界に置かれた物たちに囲まれて、デフォルメされたアニメーションならではの頭身や顔立ちを持った動くキャラクターたちが動き回る。そうした表現方法が、リアリティを持った世界にファンタスティックな魔女や悪魔が生きて日々の暮らしを送っているのかもしれないと思わせた。

 宮崎吾朗監督による長編アニメーション映画『アーヤと魔女』を観た印象だ。

 どういう理由からかバイクで逃げていた赤い髪の魔女が、孤児院に女の子の赤ちゃんを置き去りにする。書き置きされた手紙の言葉からアーヤ・ツールと名付けられた赤ちゃんは、すくすくと育ったものの優しくはなく、人心を巧みに操って要領よく生きる女の子になっていた。

 園長ですらその口車に乗せられてしまっていたが、そこに現れたのが巨躯のマンドレークとベラの2人組。なぜかアーヤに目をとめ連れ帰ってベラが仕事にしていた魔女としての魔法作りの助手にする。哀れ残酷な魔女にこき使われる薄幸の少女……とはならず、口八丁手八丁で魔法を盗もうとするものの、ベラも手強くマンドレークは恐ろしくてうまくいかない。

 それでもどうにかベラの目をくぐり抜けて挑んだ魔法作りの成果はいかに。そんなストーリーの映画となっている。マンドレークの家で発揮されるアーヤの人垂らしの“魔法”が、純粋を装った子供に大人は逆らえないということ感じさせる。

 アーヤの母親がマンドレークやベラと関係があった可能性が示唆されるが、だからマンドレークやベラがアーヤを引き取ったのかは不明だし、アーヤの母親がいなくなってからのマンドレークやベラがどうして今の状況へと至ったかも分からない。エンディングで見せられた展開がもたらすだろうドラマも。そこは原作を読んで補完するしかないのかもしれない。

 観た範囲での印象ならアーヤはなかなかに狡猾でしぶといヒロイン。ジブリ作品の中でも屈指の悪女かもしれない。その声を演じた平澤宏々路はうまく愛らしさと小憎らしさとしたたかさを持った少女像を造り出していた。ベラ役の寺島しのぶも言うに及ばずマンドレーク役の豊川悦司にいたっては食事が不味かったり自分の好みを貶されたり書いた小説が酷評されると目から火花を散らし頭から火を燃やして怒る一方で、頼られたりすがられると優しくなってしまうチョロい父親といった雰囲気を醸し出していた。

 豊川悦司は2021年公開の映画『いとみち』では娘を見守る民俗学者、同じく2021年公開の『子供はわかってあげない』では久々に再会した娘にベタベタな元教祖と2つの父親像を演じていた。『アーヤと魔女』でさらにもうひとつのツンデレ父さんという演技が加わった。2021年夏のトヨエツ祭りはその意味で豊川悦司という役者の現在地を様々な形で見せてくれた。

 アーヤを置き去りにした赤髪の魔女を演じたシェリフ・フナムはインドネシアの子役出身で、日本語はどこか拙いところがあったが、それが異邦人めいた雰囲気を出していたし歌はとてもうまかったので良しとしたい。そんなキャストが演じたキャラクターはどれも表情が豊かで感情を漂わせていて人形めいたところは感じさせない。まとった衣服のリアルな質感もその存在を実在のものとして感じさせたのかも知れない。

 その意味で映像技術的には高いところに来ていたと言いたい『アーヤと魔女』は、だからやっぱり断片をつまんだようなストーリーがもったいない。どういったいきさつがあったのかを語り、『ルパン三世カリオストロの城』のようなシトロエン2CVとバイクとのチェイスがどうして起こりその後何があってそして再びといった展開になったのか、さらにその後どうなるのかを見せて欲しい。(タニグチリウイチ)

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