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コトバアソビ集「似非エッセイ」

「エッセイ?」
「これ位のスペースなんですけど」
 訪ねてきた女性がテーブルに記事を広げる。
「ギャラが低くて申し訳ないんですけどぉ。同中おなちゅうのよしみでお願い出来ません?」
 仕事を依頼するにしては馴れ馴れしい態度に、頼まれた方は苦笑いをする。
 依頼側の女性は苦さに気づかない。それどころか
(もっさりした女ねぇ。同じ年とは思えないわ)
と、相手の冴えない風貌を見下していた。

 山根圭子はローカル情報紙の事務所でアルバイトをしている。顔と愛想と要領が良く、中学と高校ではヒエラルキーの上部に所属していた。適当に遊びつつ20代で旦那をゲットし、その尻を叩いて30代のうちにマイホームを建てさせた。自分は勝ち組だと思っているし、ママ友もそう言ってくれる。
 今のアルバイトにはコネで潜り込んだのだが、動機も
(新しいカフェの取材とか、させてくれないかな〜)
という不純なものだった。だが要領の割には実力が伴っておらず、事務所内ではあまり使えない残念なバイトとして扱われている。

 その圭子が今朝、地方新聞の記事に目を留めた。
(あれ?これ私の母校じゃん)
 卒業した中学校の正門前で立つ女性の姿。記事の内容は地元出身の作家が文学賞を獲ったというものだった。長い髪とマスクで顔は分からないが、生まれ年が圭子と同じだった。
 圭子は事務所に出勤するなり編集長に談判した。
「同級生なんです〜。私がお願いしたらきっと書いてくれると思うんですよ〜」
 作家の本名も素顔も分からないが、圭子は中学でも人気者だった自負がある。相手の方が自分を覚えているだろうと思った。
 編集長が伝手つてを辿って連絡先を調べ、圭子が電話で旧姓を名乗ると、相手は
『ああ・・・』
と思い出したような声を上げた。そこで強引にアポを捩じ込んで、滞在先のホテルへ突撃したのだった。
 作家は過去に掲載されたエッセイの記事を読んでいたが、顔を上げ
「分かりました。圭子さんのお願いならノーギャラで結構です。細かいことを伺いたいので編集長の連絡先を教えてください」
と承諾してくれた。
 圭子は鼻高々で事務所へ戻った。
 
 後の面倒な打ち合わせは編集長へ放り投げ、圭子は『今日は作家さんとミーティング!』などと多少盛った話をSNSへ載せる。ママ友グループから称賛のコメントがついて圭子はご機嫌だった。そのご機嫌は更に続いた。
 
「え、これって・・・」
 
 次号からエッセイではなく連載小説が掲載された。中学校を舞台にした学園もののようだが、その主人公が。
(学校いちの美少女で人気者、あだ名が・・親友の名前と部活・・・)
 圭子はニヤニヤ笑う。
(これってもしかして、私!?)
 連載が続くにつれ、元同級生からもメッセージが届く。
『あれ圭子がモデル?』
『だって作家に依頼したのって圭子でしょ?』
 作家本人には何も言われてないが、圭子は
「え〜、多分そうかも〜。だって再会した時すっごく懐かしそうだったし〜」
と調子を合わせる。
 圭子は知らなかったが、内容は作家の受賞作とリンクする部分があるらしく、編集長が小説をネット上でも公開すると反響があった。圭子は間接的に自分が有名人になったようでますます鼻が高かった。
 小説は10回まで連載され、続きは新しく発表される書籍で・・という流れらしい。圭子の妄想は止まらず
(本が出たら主人公のモデルとして、私に取材が来たりして?)
 30代でもまだ若くて可愛いと自信がある圭子は
(雑誌に載って、そのままモデルにとか・・・)
と都合の良い夢を見ていた。
 
 ところが連載が続くにつれ、小説が変化していく。
 初めは美少女を主人公に据えた学園ドラマだったが、徐々にサスペンス風に・・・
 圭子の顔色が変わる。
 主人公のK子は、ただの可愛い中学生ではなく裏の顔を持っていた。
 イジメ。万引き。あまり適切でない、異性との交際。
 圭子の元へ寄せられていた元同級生からのメッセージもぴたりと止む。
「あのう、編集長。この小説、最後はどうなるんですか?」
「あぁ?そんなの教えられないよ。何?」
「あ、いえ。なんでも・・・」
 言える訳がない。
 
 そして連載の最終回。
 卒業式の日。主人公のK子は一人の男子に告白し、振られた腹いせに階段から突き落とす。少年は身動きをせず・・・
<続きは書籍にて。発売をお楽しみに!>
 読み終えて呆然とする圭子の元へ作家から連絡が入った。
『圭子さん?読んでいただけたかしら』
「はい。あ、あの・・・」
『続きが知りたい?』
「・・・・・」
『少年は入院して意識不明のまま、一家は引っ越してしまうの。元クラスメートの誰もその後は知らない。少年は数年間植物状態が続いて息を引き取ったのよ。K子のせいでね』
 圭子はゴクリと唾を飲む。
「こ・・告白のセリフ、あれは・・・」
『何故私が知っているのかって?そうねぇ・・少年が一時的にでも意識を取り戻したのかも知れないわね。そして家族か友人に、自分が誰に何をされたかを話した・・・続編の書籍は謎の人物による復讐劇よ。大人になってすっかり忘れていたK子がじわじわと追い詰められていく。K子の夫は会社を辞めることになり、子どもは心を病んでしまう。K子は過ちを償おうとするけどそれは叶わなくて・・・』

「やめて!!」

 作家はくすくすと笑う。
『ねぇ。最初のご依頼はエッセイだったわね?ある意味、これは小説の形を借りた随想録よね。知らない人にとっては空想の物語。知る人にとっては、忘れ難い思い出かしら』
「あなた誰よ!?」
『私、素顔と本名は非公開なの。調べても分からないと思うわ』
「お願い、お金を払ってもいいから本を出さないで!息子は今度中学受験なの。ただでさえ成績がギリギリなのよ。あんな事知られたら」
『あら、あなたの母校の公立には行かせないの?まぁ、自分の犯行現場に息子が通うなんて嫌よねぇ』
「わ、私・・」
『ネットではK子にモデルがいると言われているみたいね。おかしいわねぇ、私自身は何も言っていないのに・・・噂は肯定も否定もしないわ。新刊が出たら母校にも寄付するつもりよ。じゃ、さようなら』
「待っ・・・」
 通話は切られ、圭子は床にへたり込む。
  
 あの日。人気者の自分が告白すれば、絶対受け入れてくれると思っていた。
 ひと目に付かない校舎の隅の階段。
 告白して、オーケーされて、そのままキス・・という流れを描いていたのに裏切られ、ちょっとだけ強く押した。階段から落ちた彼をそのまま放置した。
(誰にも・・・バレなかったのに・・・)
 
 翌日。仕事を休みたい気もあったが、本の状況が気になって圭子は事務所へ行った。すると編集長と他のスタッフが盛り上がっている。
「おー山根、来たか。あの小説、映画化が決まったぞ。こっちにもロケに来るらしい」
「やばー。編集長〜、エキストラで出させてもらえませんかね〜?」
「本はまだ出てないのに、すごいですねー」
「受賞作とリンクしてるって言っただろう。本作の方はネット配信のドラマになって人気があったからな。いやー、うちの情報紙がきっかけで地元にロケを呼べるなんてなぁ」
「山根さんの母校にも撮影入るんじゃない?楽しみねぇ」
「あ、あは・・そう・・ですね・・・」
 
(・・・せめて、自分がモデルだなんて言わなければ・・・)
 
 マイホームのローンはあと何十年も残っている。
 引っ越して逃げることも出来ない。
 圭子は事務所の入り口に呆然と立ち尽くしていた。
 
 その頃。
 自宅へ戻っていた作家は、デスクを離れて大きく伸びをした。
「仕事どう?コーヒー淹れたよ」
 パートナーの男性が顔を出す。
「ありがとう。ちょうど飲みたかった」
 男性は少しぎこちない足取りでローテーブルにコーヒーを置く。
 二人はソファで身を寄せ合う。
「原稿、読んだよ。大丈夫?」
「何が」
「名誉毀損とか。訴えられない?」
 作家は軽く微笑む。
「訴えるなんて、認めるのと一緒じゃない。しないわよ」
「ごめんな。俺の為に」
「私の為でもあるわ。こっちこそ、辛い記憶を蘇らせてごめんなさい」
「大丈夫だよ」
 男性は引きずっていた足をさする。
「陸上で推薦が決まっていた高校へ行けなくて、その時は落ち込んだけど。でも進路が変わって出版関係に勤めて、こうして君と再会できた」
「あなたはちゃんと、覚えててくれたのね・・・」
 二人はゆっくりとコーヒーを飲む。

「記憶なんて曖昧ね」
 作家がポツリと言った。
 
「彼女の中では学生時代はキラキラした思い出ばかりで、自分に都合の悪いことは忘れられている。『学生時代は楽しかった』なんて言う人は、そうやって記憶を改竄しているのかもね。彼女の中では、自分のイジメがきっかけで不登校になった同級生のことも消え去っている」
「・・・よく、会ったね」
「会えば向こうが思い出すんじゃないかと思って。謝罪が欲しかったんじゃないの。ちょっと気まずい顔でもしてくれたら、それだけでも気が済んだ」
 作家はため息をつく。
「俺を突き落としたことは、流石に忘れてはいなかったと思う。でもその後消息が分からなくなったことで、どんどん記憶を小さくしていったんだろうな。君の発見が遅かったらもっと酷い後遺症が残っていたのに」
「あの日は、司書の先生が図書室で私の卒業式をしてくれたの。私、本の虫だったから。その帰りだった」
「君と、司書の先生にも感謝だな」
「小説に出てくる良い人に、先生の名前を使わせてもらったわ。通じるといいな。流石にもう、あの中学にはいらっしゃらなかったから」
「きっと通じるよ」
 
 二人は目を合わせて笑う。
 
「さて、と。本の発売が楽しみだ。ところでリアルな圭子は、この後どうなるだろう?」
「さぁ」
 作家は少しおどけて、肩をすくめる。
「作者が書けるのはここまで。後の展開は読者のご想像にお任せします、ってね」
 
 その後。
 人気の俳優陣が揃ったこともあり、ドラマの劇場版は高い興行収入を上げた。原作の小説は人気シリーズとなって続くことになり、今も刊行されている。

                        (了)

(*コトバアソビ集はマガジンにまとめています) 
 

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