蛇傘一族の話。

蛟との話

 私が生まれた家というのは、とてつもなくおかしな一族でありまして。
 その中でも私はいわゆる先祖返りというもので、かなり蛇に近く、一族の中でも異質でありました。
 物心ついたころだったか。いやあれは、私がちょうど十になったときでした。父上がお亡くなりになったのでした。
 正直、なんの感傷もありませんでした。
 それもそうです。あの人は当主としての責務に追われておりましたし、夕刻になると、戦場へ出ていましたから。もうまともに顔も覚えていないのです。どう悼めと。
 私にはそんなことどうでも良いのです。
 その時点で、次期当主は決まったも同然だったのだから。私は、一族のため、尽くさねばならない。
 ともかく名実ともに蛇傘一族当主であった先代、我が父上とは違い、私は表向き現当主、蛇傘涙様をお支えする役目を仰せつかっておりますので、そこまで忙しくはありません。あくまで、護衛でございますから。
 あくまで。

涙との話

 私は、周りの子みたいに普通ではいられなかった。小さいころから戦闘訓練する家など、今の世の中、おかしいのだと知った。

 10歳のとき、同い年の従姉妹、蛟ちゃんのお父さんが亡くなった。
 蛟ちゃんのお母さんがすすり泣く横で、無表情の蛟ちゃんは綺麗で真っ赤な目を閉じた。それ以来、滅多なことでは目を開かないようになってしまった。
 もとより感情の起伏が少なかった蛟ちゃんの感情が死んだ気がした。

 16になったとき、嬉しそうな顔をしたお父さんが私に告げた。もうずっと我慢していたのだというように。
「先代が私より先に殺られてしまったから、次は我が家が宗家だ。そして、涙。お前が当主だよ」
 頭をたたみに擦り付けるように、恭しく礼をした、従姉妹三人を私はどんな顔で迎えたのだろうか。三人の挨拶がどこか遠くで鳴っていた。

 もう、二度と、人が日常と呼ぶところに帰れないのだと理解した。

霧姫との話

 物心がついたころ、私は母に自分の家の宿命を教えられた。
 知りたくもなかったことだが、母は私に忠告すると共に、自分の過ちを過ちと認めたくなかったのだ。
 これは、血のせいであると、性であると思いたかったのだろう。
 それが、本当に忠告である、と知ったのは、血に逆らえなかったあの日の一年前だった。私だけは、と思っていた。

 あの子に一目惚れしたとき、母には言いたくなくて、祖母に相談した。
 そうしたら、昔を懐かしむように目を細めて、「貴方は私と好みが一緒なのね」と笑った。それから、「家系なのね、難儀なのも」と。
 その時、祖母の目に映ったのは、若かりしころの己の姿か、それとも。
 ――血に抗えなかった哀れな私か。

 我らが当主が16になった。
 私たちを捉えた空にも似た青い瞳は、大きく揺れて歪んでいた。なんにもわかっていなかったことを、あの子はそのとき、全て理解した。
 そして私は、私以外の二人が一族のため、当主のため、自分以外の三人のため、あらゆるものすべてぜんぶ捨てる覚悟をしていることを理解した。
 私もまた、なにもわかっていなかった。

牡丹との話

 よく親にしかれたレールが云々と言う話があります。そんなもの、私達四人に比べれば些細な悩みというものです。
 歴代続くこの血の定めから、誰一人として抜け出せた者はいない、そんな一本道を歩く想いを知れ。
 私が私としてこの世に生を受けたとき、私の世界はとてつもなくいびつで狭かった。ただ、そんな世界の中でも私の家は、まだましだった。
 いつか我が一家が宗家となったとき、大失態を犯したため、二度と当主にはならないと決めたらしい。
 所詮そんなものか。責任をなすりつけただけだ、雑魚どもが。
 おかげさまで、あの三人は私の分の負担を背負って生きている。

 蛟。一番ご先祖様大蛇の血が濃い、二代目の生き写しは、初代が決めた掟により、影の当主、実質の権限を握らされている。まっさらなあの子を傷つけないように、総てをその身に焼き付け隠す、一族のため、当主のため、三人のため、捧げる者。同類。慈悲深き、血の色よりも赤い目をした四つ下の従姉妹。

 涙。表の当主、我らが当主。一番愛される者。そして、本当の意味で私たちを愛してくれる人。いつだって私たちを捕らえる、恋する素敵な少女。嗚呼、守られていることにどうかこれからも気づかないでいて。海よりも空よりも澄んだ名前の如き青い目をした蛟と同い年の従姉妹。

 霧姫。誰よりも、恋の愛の想いの強さを知る、寂しがり屋。必ず一族の誰かに恋焦がれる運命と共にある者。報われない想いを捨てきれず、それでも救いを求めて別の体温に縋り、一族を自分のために捨てられる、自分が愛する人のためだけに一族の為を装い働く子。表と裏の当主、二人の目の色を丁寧に混ぜ合わせたかのように、紫に染まる目をした、私と同い年の従姉妹。

 私は、背負ってもらった分の重みを何かしらで返せるように、あの子達をみな、守る、護るのだ。害なす全て、排除するのだ。
 この緑の目を以て。

――への話

 ……だから、この家はおかしいって言ったでしょう?今更後悔したって遅いわ。貴方はもう、我らが当主に見初められ、当主の近侍として、ここにいるのだから。
 もう、ここにいるために必要なことは教えたわ。伝えたし見せたでしょう。
 さあ、当主がお待ちよ。

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