運の悪い殺人鬼

 人を殺すのは罪なんだって。
 誰もが口をそろえてそう言う。
それが、常識だから。
今、この前に転がるのは生き物“だった”もの。
罪を知るものが私とここにある“もの”だけ、ならば、それ、はなかったも同然でしょう?
なあ、そうだろう?

       *
「とーりゃんせとーりゃんせ」
ガッ、ガッ、ガッ。
 一つ、二つ、三つ、と殴打音に合わせそれ、は楽しげに数を数えている。
「いきはよいよいかえりはこわい」
 ゴキッ。
 これはおそらく首の骨が折れた音だ。
 震えが止まらない、がちがちと歯が鳴りそうなのを息を殺しながら必死に抑えている。
「とーおーりゃんせーとおりゃんせー」
 あ、どこまで数えたか忘れた、とそれは呟いた。先ほどまでの楽しそうな雰囲気はどこへいったのか、心の底からつまらないとばかりにだ。
好奇心は猫をも殺すとはよく言ったものだ。本当にそう思う。ああ、今自分の行動をとてつもなく悔いている。今ここに書きこめているのは、確実に目の前に迫っている死から逃げ出したい、という気持ちの発露だ。
「童謡一曲ももたないなんて、案外脆いもんだよな」
 満足するまで殴られた“友人”は、もはや人と呼ぶには哀れなまでに、生き物としての尊厳を奪われた形をしていた。
 したのは、ほかでもない、ほかにいない。
「からすがなくからかえりましょー」
 私の友人を肉塊に変えたそれは、鈍く光る赤黒い目で確かに私を見た。

《某日、某所で顔が判別不可能なまでに潰された死体が二人分発見された。被害者の携帯を見ると、開かれた掲示板に、不運にも遭遇してしまった殺人鬼による殺人の様子が事細かに記されており、最期、投稿しようとしたのであろう言葉が残されていたという。》
《「死にたくない」》

        *
 ねぇ、知ってる?こんな都市伝説。
 夜遅くに赤く光る眼をした人のような“なにか”に出会うと、帰ってこれないんだって。
 帰ってこれないって、どこから?なんてそんなこと聞かれても……。
 でもね、ここだけの話。
 実はこの都市伝説、例の連続殺人に関わることかも……、なんて噂あるみたい。
そうそう、顔ぐちゃぐちゃになるまで、なにかで殴られてたって、あれ。
 でね、その二つが一緒くたになってこう呼ばれてるんだって。
 その名も、さすらう赤目の顔なし。
 顔潰すから顔なしって……目はあるんだ?って思うし、ちょっと不思議だけど……、でもさ。
 おっかないよねぇ。

「……、そうだな」
 件の殺人犯目の前にいますよ。
 なんてことはまあ、言わないけど。
 大学での数少ない友人をこんなことで失うわけにはいかないし。
 都市伝説ってのも意外と馬鹿にはできないもんだね。ネーミングセンスはちょっと独特だなって思うけど。

「あー、興味ない感じ?」
 こういうの好きだと思ってたんだけど。
 そう言わんばかりに友人は笑う。
「ないわけじゃないけどさ。目の色が近いから、ねぇ?」
 ついでに肩を竦めておく。
「あーそっか!ごめんごめん!呉の目赤だったね」
「こっちこそ悪いね。私はサングラスしてるし、気にしてる訳じゃないんだけど、ここ最近ちょっと……」
「ずーっとこの話でもちきりだもんね。みんな暇なのかな?私もか!」
「ははは、大学生なんてそんなもんでしょ」
 ほんと暇でしょうがない上に、面白くない。

        *
 都市伝説はせっかくだから、らしく、してみようかと思ったわけです。
 あんまり得意じゃないコンタクトなんてしてみちゃったりしてまで(そうすれば赤目がよく見えるからな)。
 人通りの少ない路地に淡々とした歌声が響く。
「とーりゃんせーとーりゃんせー」
 夜中に聞こえる童謡って怖いんだろうな、とは思うが、勘の良い奴は大体こういうのが聞こえると寄ってこないから、意外と便利だ。
「こーこはどーこのほそみちじゃー」
 ああ、こんなことしてるから都市伝説になるのかな。
「てんじんさまのほそみちじゃー」
 それだったら通りゃんせが聞こえたら、とかそういうのも付け足してほしいもんだ。
「ちっととーしてくだしゃんせー」
 あ、でも服装までは都市伝説になんないもんなんだって学べただけマシ、かな……。
「ごよーのないものとおしゃせぬー」
 あ、しまった。今日比較的気に入ってるコートだ。
「このこのななつのおいわいにー」
 このコート汚してもいいってぐらいの上玉に会えたらいいなあ。
「おふだをおさめにまいりますー」
 そう遠くないところから足音が聞こえる。
「いきはよいよいかえりはこわい」
 哀れな子羊が今日も一人、なんて。
「こわいながらも」
 もしかしたらあっちからしたら哀れな子羊は私だったのかもしれない。
「とーおーりゃんせとーりゃんせー」
 残念ながらドラマのごとく満月の下、なんかではなかったけれど。
 そこそこ明るい月明かりと頼りない街灯の下、私は出会ってしまったのであった。
 鋭利な刃物で体の至るところを刺し、切るという、連続殺人の犯人に。

「はじめまして、見知らぬ誰か。最近はやりの都市伝説、さすらう赤目の顔なしに出会ったのが、運の尽き。どうか恨むなよ、自分の運の無さ以外を」
 恨むべきは己の不運だったか。

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