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【学科】ディア カンパニー

前回からの続きです.

前回の金沢市立玉川図書館の外装材には,コールテン鋼(耐候性鋼板)が採用されています.

金沢市立玉川図書館

コールテン鋼は,普通の鋼材より強度が高い高張力鋼で,放っておくと鋼材の表面が緻密な保護酸化膜(いわゆる鉄錆)で皮膜され,耐候性が高まり,内部への鉄錆(サビ)の侵食を防ぎます.通常,鉄錆が内部へ進行し,鋼材全体の強度が低下してしまうのだが,コールテン鋼の鉄錆は,ある深さ以上に鋼材内部へと侵食が進まない.したがって,耐候性のためのペンキ等の塗装が不要となる.さらに,この鉄錆は,鋼材に暗褐色の美しい表面をつくり,風雨,日光などの気象条件により,色合いが緩やかに変化していく.年を経ることによって,周囲の自然になじんでいく美しさはまさに,日本古来の建築美とも言える.それは,西洋建築のように豪華に装飾していく足し算の美しさではなく,要素を削ぎ落していくことによって余白を増やし,それによって本質的な美しさを浮かび上がらせていく,いわば,引き算の美意識である.詳しくはコチラ

このコールテン鋼が世界で始めて,建築に採用されたのが,イーロ・サーリネンの設計によるディア・カンパニー(1963年竣工)だ.

ディア・カンパニーは,世界最大の農機具メーカーであるディア・アンド・カンパニー(ジョン・ディア)の本社と展示場だ.蹄鉄(ていてつ)から創業し,農機具やトラクター等の製造,現在は,金融業を主力事業としている.鋼鉄製の鋤(すき)を製造し,アメリカ・ミッドウエストの肥沃で粘り強い土を力強く耕すことに成功させることで社業を発展させてきたストーリーを持つため,余計な装飾などを避け,コールテン鋼という特殊鋼材による構造美を極限まで追求したこの名建築は,今でも社員たちに愛されて続けている.

ファサードのディテール

敷地周辺は,樫の木を始めとする木々で覆われ,谷状になっており,その底部を流れる川をまたぐように8階建ての主棟が建ち,その東側に展示場棟がある.この2つの棟は,ガラスに囲まれたブリッジで接続されている.

周辺に広がる美しい自然への眺望を主棟のオフィスへ最大限に取り込むため,カーテンやブラインドは設けてない.その場合,季節によっては,日照による空調負荷が大きくなってしまうがその問題を解決するため,鋼材によるルーバーと特殊な反射ガラスを採用している.こういった眺望を確保しつつ,冷暖房時の負荷抑制を図るための手法は,一級建築士「製図」試験でも求められるため,合わせて知っておくとよい↓

令和元年(10月)製図本試験課題より

サーリネンは当初,逆三角形のコンクリート案を提案したが,ディア社から拒否され悩んでいた.その時,たまたま来日する機会があり,日本古来の木造古建築の柱や梁による架構美に触れ,さらに,丹下健三による旧東京都庁舎香川県庁舎旧本館を見て,このディア・カンパニーの鉄骨による架構美のデザインを思いついたとされる.

この香川県庁舎旧本館(現東館)は,最新の免震装置が設けられ,現役の戦後の庁舎建築として,全国ではじめて国の重要文化財に指定されたこともあり,今後の一級建築士学科本試験の新問題として出題される可能性が高いです.

尚,イーロ・サーリネン設計の建築作品としては,「ケネディ空港TWAターミナル」が平成14年に出題されています.ディア・カンパニーについては,出題されたことがありませんが現役で大切に使用されており,クライアント企業に愛されている作品であるため,いつ出題されてもおかしくない作品の一つです.

平成14年の一級建築士「学科」試験で問われた知識です.

【計画問題コード14255】正しい記述かどうか?
「ケネディ空港TWAターミナル」はルイス・カーンによって設計されたプレキャストコンクリートのシェル構造によるターミナルで,コンクリートの可塑性を生かしたドラマティックな空間である.

令和2年に新問題として出題

【解答】×
【解説】
「ケネディ空港TWAターミナル(1962年 アメリカ ニューヨーク)」の設計者は,ルイス・カーンではなく,イーロ・サーリネン.

コンクリートによる曲面を多用している点が大きな特色で,4枚のプレキャストコンクリートの薄いシェルから成る屋根(シェル構造),スリット状トップライト,床レベルの変化等が劇的な内部空間を生んでいる.

参考までに,HPシェルの解説は↓の動画をご覧ください.分かりやすいです.

2001年まで空港として使われていました.その後,2019年に空港ホテルとして,コンバージョン(用途変換)され再オープンしています(コチラ).なので,保存・再生系として,一級建築士学科試験に出題される可能性が高い作品でもあります.

続く

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