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「トップガン・マーヴェリック」に見るトム・クルーズ

近年の映画にしては珍しいくらい、単純明快なプロットだ。主人公の悩みは浅く、優しい女性と理解のある仲間に支えられ、ハッピーな大円団をむかえる。脚本スクールで提出すれば落第必死の物語が、世界中で大ヒットした。理由は単純で、トム・クルーズに自分を重ねて生き様を肯定したいし、彼の勇姿に勇気をもらうのだ。富も名声も手に入れた男が、気さくな笑顔で肩を抱いてくれそうに近くに感じる。注意深く行動し幸運に恵まれれば、ブラッド・ピットになるのは無理でもトム・クルーズは目指せるのではないかと勘違いさせる陽の引力がある。彼が演じたマーヴェリックは、トムのパヴリックイメージそのものだ。

彼を長くハリウッドの第一線にとどめているのは、主役兼プロデューサーの「ミッション:インポッシブル(以下M:I)」のシリーズの成功が大きい。演じるイーサン・ハントの見せ場となるアクション場面を思いついた後でシナリオを作成していると本当に信じられるほど、ストーリーはご都合主義でとっ散らかっている。それでも真っ先に思い出すのはヒロインとのラブシーンではなく、危険なアクションをこなすトムの姿だ。CIAの保管室にワイヤーで吊るされ、ドバイの高層ビルの壁面を走り、ベラルーシ郊外から飛び立つ輸送機のドアにしがみついているのは、いつも必死な彼だ。

同じスパイ映画として「007」はジェームス・ボンドのスタンドプレーの美学を全面に出しているが、「M:I」はアメリカのテレビ番組のスパイ大作戦を源流とし、元々はチームプレイで敵を欺く爽快感を売りにしていた。初回こそブライアン・デ・パルマが監督し、ジャン・レノやエマニュエル・ベアールをそろえて、イーサンは変装が得意なチームの一員として行動していた。ところがジョン・ウーやJ・J・エイブラムスが監督するに従い、変装が得意なだけのどんくさい若者が、何かに追われながらも孤軍奮闘する一流スパイが大活躍する映画に変わっていった。ジェームス・ボンドをトレースしながら、人間味が豊かで感情的なキャクターは、スパイ映画の主人公としては落第だ。だが俳優トム・クルーズのキャラクターに寄せることで、スクリーンの内外のイメージを統一することに成功した。

高いところと速い車が好きなところは、トップガンのマーベリックも共通する。ガジェットが好きなやんちゃな大人は、男性ファンの心をくすぐる。イーサンは、変装用の3Dプリンター、コンタクトレンズ型のカメラ、車のフロントガラスに情報が表示されるヘッドアップディスプレイなど、時代の先を行くスパイ道具を駆使した。一作目では、パソコンの記憶媒体はまだフロッピーディスクで、インターネットの入力画面さえ珍しかった。映画の公開当時は近未来ガジェットであっても後に現実に商品化されるリアリティが、映画をリアルに見せる。

マーヴェリックは、今作品ではガレージに自分のお宝をため込んでいた。ビンテージバイクや年代物のアストンマーチンに加え、私物の戦闘機まで揃っていては、夢をかなえた大人の秘密基地だった。彼が身につけたものは、その時代のファッションアイコンになった。前作の映画の中で着ていた「G-1」は高価な革ジャンだったが、日本では手頃な値段の「MA-1」が代わってバカ売れした。レイバンのサングラス「アビエーター」、カワサキのバイク「Ninja」、ネックレスの「ドッグタグ」など、80年代のアメカジファッションはトップガンが先導した。今回も、AVIREXが発売した限定版「MA-1」は公開後すぐに完売し、「G-1」の復刻版も初夏の予約の革ジャンにも関わらず追加発注が相次いだという。

そこで注目されるのが、トム・クルーズのプロダクト・プレイスメント俳優としてのセルフ・プロデュース能力だ。映画の中で彼がつけるもの、一緒に画面に映るものは高い広告宣伝価値を持つ。最たるものが「マイノリティ・リポート」で、近未来の世界ではあるが、レクサスに乗り、GAPに立ち寄り、ノキアで電話する。広告の契約だけで2500万ドルを興行前に回収することに成功した。
トムは、生身の肉体にも商品価値を持つ。ビーチでもロッカールームでも拷問を受けていても、スクリーン内のトムの肉体は強靭なメッセージを放つ。今回も、ピタピタの白Tが似合う60歳の鍛え上げられた肉体を見て、フィットネスに励むオヤジも増えたことだろう。彼は「トップガン」の台詞でも、パイロットではなくアビエイターと自分を言い換えていた。水先案内人ではなく、現役の操縦士であり続けることを使命としているのだ。

フィクションの枠組みを飛び出して、不変の姿を保ち続けるトムが見せるものは、ドラマではなくショーだ。「M:I」のタイトルシーケンスでは、これから始まる作品のダイジェストシーンを見せてしまう。伏線回収やどんでん返しのような複雑な物語に頼らずとも、アクションシーンだけで2時間を楽しませることができると雄弁に主張する。「マーヴェリック」でも、映画の開始早々「デンジャー・ゾーン」をBGMにプロモーションされただけで、観客には元が取れたと思わせる。
キューブリックやスピルバーグらの名だたる監督と組んでも、最新の撮影技術を駆使しても、「トム・クルーズ」ブランドは健在で、スクリーンの内外でショーを見せる。作品よりも自分のイメージを観客の記憶に残すために映画を装置として駆使することに長けている。
スクリーンに登場する俳優たちは、作品の中で常人の何倍もの人生を生きる。登場人物の人生を繰り返し再生し、不老不死の存在となる。その代表として、40年もの間ほとんど年をとらないアクションフィギュアのようなトムの姿は、理想のイケオジ像を探していた人にとって最高のロールモデルだ。現実は怪しげな宗教団体のサイエントロジーの幹部であっても、不良性として見過ごせる程度のスパイスに変えてしまう。
幼い頃はDVにさらされていた一文なしでチビの失語症の少年のシンデレラストーリーは、小さな醜聞記事では簡単に色褪せない。彼の幸運は、高校生の時に出演したミュージカルを、テレビで活躍中の同級生のエージェントが観客席で見ていたことから始まった。「トップガン・マーヴェリック」は、そんな彼の人生のハイライトだ。

複雑化した現実社会に嫌気がさし、昔を懐かしむ男たちの願望が、トム・クルーズが見せる夢に刺激される。彼が見せる2時間の夢物語からは、現実に向き合うエナジーを受け取れる。現実をかえりみると、狡さを賢さに言い換えて、嘘がまかり通る世知辛い世界になった。正気を保つためには妄想が必要だ。今回の作品でもキャスティングは、ポリティカル・コレクトネスに配慮されるのは仕方ない。建前としての多様性の実装は理解するが、かなえたい夢を天秤にはのせない。個性の尊重という便利な言葉で現実をあきらめたくなければ、欲しいものは勝ち取るしかないのだ。たとえ旧式エンジンも使い方次第で活躍できる、まだ遅くはないと、成功例が微笑んで背中を押してくれる。オジサンだって、たまにはホイホイされたい。

トムは主演映画では作品タイトルより先に名前が出るが、余裕で演じるカメオ出演の方が、パブリックイメージの使い方としては最高なので紹介する。
https://www.youtube.com/watch?v=vFhrc32kF6E

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