【小説】哀しみの魔法 序章 ① ステファノーチスのお話
𖤣𖥧森に住まう魔女 ステファノーチス
国の中心部からそれはとても長ーい距離を、馬で何日も何日もかけてしかたどり着けない場所。
その小さな集落では、人々が支え合いひっそりと暮らしていた。時には田畑を耕し、時には命を頂き、自らの力と自然の力とでゆったりとのどかな時が流れている。
その集落からさらに山へ…
岩場を抜け、沢を飛び越え、木と風の会話を聞きながら蛇行を続け、ちょうど中腹に当たる場所に山小屋のような家がある。飾りっけはなく、木の幹をそのまま積み上げて、まるで、屋根を三角帽子のように被らせたようなシンプルな佇まいである。窓には家の中が伺えないほどの鉢植えがズラり。
窓の汚れは絵の具を塗ったくったように酷く、どんな植物かは伺えない。
屋根の上からひょっこりと覗く煙突からは、何色か分からない色の煙が風に揺らめいていた。
しばらくすると集落の方から中年の男性がやって来て、トントントンと山小屋の戸をノックした。ゆっくりと戸は開き、中から女性が出てきた。
「いらっしゃい、ヨルナスさん」
「ステフ、いつものを頼みたいのだが…」
「お母様のね。中へどうぞ。」
中には先客が数人。どうやら薬屋らしい。カウンターの方では、何かを煮詰めているのか液体の踊る音が聞こえてくる。
「順番にご用意しますね。そちらに掛けて居てください。」
女性がそう言うと、布張りの椅子がひとりでに歩いてやって来た。
「ホーリアさん、こっちが熱を下げるお薬でそのまま匙1杯、こっちは滋養に良いものです。お薬は甘くしてるけれど、こっちは苦いのでスープに混ぜると娘さんも飲めると思うわ。」
「ありがとうステフ。」
「すぐに楽になるはずだから。さ、早く行っておあげなさい。」
見送りを終えてカウンターに戻り、また新しい薬を作る。
何人かのお客をそうして見送り、次は乾燥した植物をすり鉢に入れ、ゴリゴリと音を立てさせる。長い柄のお玉で大きな鍋から小さな鍋へ赤・白・青の沸騰した液体をひと掬いずつ入れて行き、最後にすり潰した植物をパラパラと加えていく。ゆっくりゆっくりとかき混ぜていくと、柔らかい紫色だった液体が目まぐるしく色を変え、やがてポンと音を立ててドーナツ型の煙が天井へと上がって行った。
小鍋に手を添えると、グツグツと煮えたぎっていたものが緩やかに大人しくなっていき、色は透き通った赤に落ち着いていった。用意された小瓶に器用に液体を注いでいく。
「ヨルナスさん、お待ち遠様。これいつものね。」
「ありがとう!母さん喜ぶよ。」
「町に変わりないかしら?」
「あぁ!みんな元気だよ!そうだ、もう少しでユタの所に赤ちゃんが生まれるんだ。」
「もうそんな時期だったわね。ではこれをユタのお宅に。」
渡したのは2枚の小さな封筒。ひとつは桃色、ひとつは赤。
「えーっと、これは?」
「桃色のはおまじない。無事に元気な赤ちゃんが生まれるように。赤いほうは、ユタやその赤ちゃんにもしもの時があったら開いてちょうだい。本当ならお医者様の方が良いのだけれど、中に入っているモノがここまで知らせに来てくれるから。」
「わかった。渡しておくよ。」
お客が外に出ると、青々としていた空はもう茜色に染まっており、レイブンの親子が山頂の巣へと帰っていくところだった。
「そういえば、ステフは城下の方には行かないのかい?大層賑わってるって噂だけど…。」
「そうね、そのうちね。」
見送りを終えるとひと段落。この時間を最後に今日のお客はもう来ないだろうと、店仕舞いの支度をはじめる。
水桶からオタマでひとすくいふたすくい、その水で薬を作るのに使った器を洗う。裏口から出て薬用の干物の様子を伺いつつ、裏庭に干していた洗濯物を取り込む。
晩ご飯は、薬のお代としてもらった野菜や肉をスープにして食べる。決して贅沢な暮らしではないけれど、彼女は好きなことを仕事にして、好きなように暮らしている。
人間からステフの愛称で親しまれている、
彼女の名はステファノーチス。
麓の村人たちには"魔女"と呼ばれている
ここら辺では唯一の魔族の女性。
𖤣𖥧ステファノーチスの日常
少し桃色掛かった淡い茶色の酷いくせ毛に、頬には無数のそばかす。
体型だって歪だから、平凡以下。
そんな自己評価の低い彼女の名はステファノーチス。
貴族の生まれでは無いので姓はない。
魔族というのは魔力を持って生まれた人の事で、見た目はさほど人間と変わらない。違う点を挙げるならば、得意な魔法によって個々で変わる様々な色の髪の毛、長い耳、あまり老化しないところだろうか。現に彼女も、既に人間の何倍もの年月を生きているのだが、麓の住民は誰もその年齢を知らない。
素直に尋ねたところで、はぐらかされるらしい。
今日は彼女にしては珍しく、朝から麓の集落に向かっていた。
主に狩猟・物々交換等で生計を成り立てているのだが、この近辺では採れない薬の材料やどうしても必要なものがある時は集落まで降りて買い物をする。
その折には、森の店まで来られない高齢のお宅に訪問処方をしに行くのが恒例だ。
今日も古びた鞄を片手に、人が歩いて出来た土と草の道をシャクシャクと音を立てながら歩いていく。
集落に近づくと、広い畑で作業をしている人々が近くを通る彼女に挨拶をする。
「やぁステフ!この前はどうも!」
「娘さんの具合は如何?」
「もうすっかり!」
「ステフ!これ持って行かないかい?」
「あら、いいの?」
「市には出せないやつだから、むしろ貰ってちょうだい!
「ありがとう、帰りに寄らせて頂くわね。」
こんな風に、集落にとって気の置けない存在となっている。
広大な畑のあぜ道を抜けると、家々の建ち並ぶ集落だ。
決して活気のある場所とは言えないのだが、必要最低限の店とそれなりの人々で賑わっている。
ステファノーチスは、まず最初に訪問処方に向かった。
とある家の前に立ち戸を3回程叩くと、数十秒後にゆっくりと扉が開き、中から杖をついた老婆が現れた。
「こんにちは、エリーさん。そろそろ切れる頃かと。」
「いらっしゃいステフ。中にお願いしますよ。」
家の中に入った後は、身体に変わったところがないか具合を聞き処方をする。この老婆の場合は、関節の痛み止めである塗り薬だった。
「いつもありがとねぇ。」
「こちらこそ。また新しく瓶に詰め替えましたから、指で取って塗ってくださいね。」
「息子も街へ出てしまったし、娘も嫁いで行ったし。独り身のあたしゃあなたに会えるのが楽しみで楽しみで。」
「私で良ければ、いつでも会いに来ますよ。」
「いやぁ、お店もあるんだから。無理はさせられないよ。」
しゃがれた声の老婆は、ステファノーチスが薬の調合をしている間に震える手でお茶を入れていた。
塗り薬を作るのに使った小さな薬研や薬瓶を鞄に片付け終わった頃、丁度良くそれはテーブルに用意された。
「珍しいお茶が手に入ったんだよ。お口に合うといいんだけどね。」
「良い香りがすると思ったら……。頂きます。」
暖かい香りを楽しみながら、湯気の立つカップに口をつけ微笑む。
「ステフは前に、妹がいると言っていたわね。」
「えぇ。」
「億劫かもしれないけど、会える時に会った方がいいもんだよ?あたしはこんなババになってしまって、もっとこうしたかったって事がたっくさん!まぁ、あなたには私達と違って時間があるかもしれないけどね。」
「そんなことは無いわ。」
お茶を飲みながら会話を楽しむふたり。それが無くなると、ステファノーチスはお暇する支度を始めた。
「またお薬が切れる頃に伺いますね。」
「お願いしますよ。」
「それから、さっきの…」
「ん?」
「妹の事、近々会いに行ってみようと思います。」
そうだ、そうした方がいい。老婆はステファノーチスの手を取り、皺だらけの顔を一層くしゃくしゃにして喜んだ。
そうと決まれば、まずは手紙を出しておかなければ。
老婆の家を後にしたステファノーチスは役場に向かった。
彼女の妹は、実家である王都の城下町で針子の店を経営している。とても人気がありひっきりなしに仕事が入る為、忙しい毎日を送っているらしい。
少しでも心の準備をさせてあげたい姉としての気遣いである。
「ステフ、ちょうどいいところに来たね。昨日小包が届いたよ。」
「ありがとう。」
「それから、手紙が2通。ひとつは…協会からだね。」
「また来たの?もう…集会には出ないって言ってるのに…。」
「まぁまぁ、これもあちら様の仕事だろうさ。」
「忘れられていないだけマシだと思っておくわ。」
「あぁ、それがいい。」
小包等を受け取り、鞄の中に入れ込む。そして、妹宛ての手紙をサラサラと描き終えると、お金と一緒に先程の役人に渡した。
「確かに預かったよ。道中問題なければ、おおよそ1週間程度で届くからね。」
「お願いします。」
「またどうぞ。」
流通を担っている役場を出て、次は八百屋やパン屋等の店の方へ向かい、日持ちのする食材を選び買っていく。
一通り見終わると、日の落ちてきた空の下家路についた。
道中また畑で呼び止められ、その先々でたんまりとお土産を貰っては会話に花を咲かせていると、集落の方から先程の役人がステファノーチスを名を呼びながら大きな声で走って来た。役人は、ついさっき届いたのだと一通の手紙を息を切らしながら手渡した。
「あら、急ぎの用かしら。」
「役場には中々来れないだろうと思って…!」
「わざわざありがとう。」
息を整え集落の方へ戻っていく役人。ステファノーチスも最後の畑を抜けて山へ入っていった。ついでについ先程受け取った手紙の差出人を見ると、ほんの少しだけ嫌な予感がして恐る恐るその封筒を開けた。
───親愛なるステファノーチス
元気にしてる?
今そっちに遊びに向かってるよ。
1晩泊めてほしいな。語り明かそうぜ。
美人な赤髪の親友より───
固まった。
消印は6日前。
そして、差出人の住まいは妹と同じく王都。
つまり森までの移動に掛かる時間もちょうど1週間。
「明日…明日じゃない!!」
血相を変えて家に急いで帰った。
扉をバンと音を立てて勢いよく開ける。店のスペースに貰い物や小包みを乱雑に置き、階段を上がって2階へ。そこに広がるのは、本やら洋服やら色んなものが散らかり放題の部屋だった。
「片付けなきゃ……。」
絶望に暮れている間もなく、ブツブツと悪態をつきながら徹夜で部屋を片付けるステファノーチスなのであった。
𖤣𖥧緋い髪のひと
手紙が届いた翌日。
ステファノーチスはお店を閉め、家中の掃除をしていた。
彼女が2階の掃除をするのは珍しい。
薬こそ清潔さと正確な軽量が求められるものではあるので、店である1階部分はある程度整理整頓されているのだが、彼女の居住域である2階はそうではない。
生活の全てを魔力に頼ることが好きではない彼女は、他の魔女なら指一本で終わるところを全て手作業で行う。
魔法を使えば楽な事を知っているからこそ、面倒だと後回しにしてしまうので、そのツケが回ってきてしまった。
その上片付けというものが心底苦手であるようだ。
綿のスカーフを口元に巻き、窓という窓そして扉を開けて埃をはたき出す。
灰色の粉塵がモクモクと外へ逃げていく。
今朝方まで片付けをしていた2階は、ひとまず部屋の隅に綺麗に重ねたり畳んだりして寄せてある状態だ。たんすや引き出しの中は……言わずもがな、客人には見せられないだろう。
ここまでして一生懸命になっているのには理由があった。
アゼリアーナが来るのである。
───アゼリアーナ・サルベリア・キルド
王国の中でも有数の貴族。
この森からおおよそ王都を挟んで、もっと遠くへ行った先のキルド領を統治している、王国内唯一の女系家門。
そのまた分家の更にその末端生まれで、それでも血筋はちゃんとしたご令嬢と言うやつだ。
ステファノーチスが彼女と出会ったのは幼少の頃、王都で両親と共に暮らしていた時だった。
たまたま同じ図書館に居合わせた事がきっかけで、大人になる頃には身分の差など埋まってしまう程の仲良しになっていたのだが。
今回の来訪の知らせは突然だったのか、ステファノーチスは苛立ちを隠せない様子だ。
「もう!」
羽根ばたきを長椅子に叩きつけると、溜息をつきながら口元のスカーフも外し、外に出て身体中の埃をはらった。
「そんなにカリカリするなよぉ。悪かったって!」
丁度よくなのか上空から聞こえた声の主、箒に乗り燃えるように真っ赤な髪を携えた女性が、ふわりと降りてきた。
高級感のある生地で作られたスカートの裾が翻る。
「貴女はいつもそう!突然!突飛な事を言い出すんだから!!ようこそアゼル!!!」
怒りながらもしっかり歓迎する、と言った所。ステファノーチスはアゼリアーナを中に案内し、お茶の準備をする。その間、両足を斜めに揃えて上品に椅子に座り、家の中を見渡すアゼリアーナ。
「さすがに、貴女に埃をつけて帰す訳にはいかないんだから、もの凄く急いで掃除したのよ…。」
「構わなくていいのに〜。」
「もうそうやって!貴女は少し高貴な振る舞いをね?」
「あぁ〜もぅ小言は母様だけで十分だから〜!!」
そう言ってテーブルにだらけるアゼリアーナに、出来上がったお茶を出す。それに気付いたアゼリアーナは顔だけ上げてスンスンと香りを嗅ぐ。そうしてカップとソーサーに手を伸ばし1口飲んだ。
貴族然として美しい人なのだが、実はとてもがさつで男勝りなので、気を抜くとすぐに所作が乱れる。
「これはなんのお茶だ?変わった味がする……。」
「普通のお茶っ葉では無いのよ。豆のなる木から作られた特殊なものなんですって。少し前に露天商から買ってみたのだけれど、どうかしら?」
「めちゃくちゃ良い!しかもしばらく食べなくても大丈夫そうな予感がする!!腹が静かだ!」
「やっぱり?店主が食欲を減退させて魔力を蓄える効能があるって言うから、あなたの顔が思い浮かんだのよ。」
「そりゃどーも。」
ふふっと笑いながら、むくれるアゼリアーナとお茶を楽しむステファノーチス。
なぜそんなお茶でアゼリアーナの事が思い浮かんだかというと、それは彼女の体質が原因である。
アゼリアーナは赤髪を持つ火魔法を継承する家系で、代々それがしっかりと受け継がれて来ていた。おおよその親族は、その血統に準じて貴族としての位が高いもの程魔力が高く、火魔法の中でも多種多様な術を使い分けるのだが……
分家の末端ともあろう彼女は、位にそぐわない高い能力を持つ代わりに、常に何かを食べていないと魔力切れを起こす体質の持ち主だった。
「よかったらお土産に持って帰って。」
「ありがとな!街に戻ったらメイドに探させてみる……っと、街には行けないんだった……。」
あちゃーと落胆し、右手のティーカップを揺らす。
「何かあったの?」
「いやぁ、ね?うちの本家様がいるだろ?側室を奉じているから数十年に1度王都にご挨拶に行く間、下位や分家に領地を順繰り統治させて力量を測るっていうそんな可笑しなしきたりがあってだな……。」
「平等に機会が与えられるのは良いことじゃない。なかなかそんな事ないわ。その様子じゃ、順番が回ってきたのね?」
「っそぉ〜なんだよ〜!!助けてくれよファニ〜!!!!」
「一般庶民且つ部外者の私に何ができるって言うのよ。」
「薄情者!!」
「失礼ね、当たり前じゃない。なんでも薬でどうにかなると思わない事ね。どうしてもって言うなら、頭の回転が早くなる薬でも作りましょうか?」
「うぅぅぅ……。」
「お父様が統治するのでしょう?なら安心じゃない。」
「違うんだ……。」
「え?」
「私にやれって。」
「なんですって…………?」
女系貴族であるキルドは血統を厳格に遵守し、男児が生まれると他の名家からお嫁を貰うことになる。そうすると伝統行事や大層なことがない限り、大元となる本家から距離を置かれてしまうのだ。
アゼリアーナは曾祖父の代から男しか生まれずその末端となった訳だが、伝統的なしきたりに則って駆り出され、更には成人も済んでいるのだからと、サルベリア一派の中で唯一の娘である彼女にご指名がなされた様だった。
「ご愁傷さまね……。」
「ファニ〜一緒に来てぇ〜。」
嘆き悲しむアゼリアーナにきっぱりと嫌というステファノーチス。
「妹にひと月の内に行くって言ってしまってるし、どうしても無理よ。」
「へぇ〜、珍しい事もあるもんだな。ということは、しばらくここは空けるのか?」
「そうね、往復分位は。」
「なんだよ、久しぶりの実家で街を楽しんで来たらいいじゃん?」
「普通の家ならそうでしょうね。でも家には両親もいないし。あっちでしか手に入らない薬の材料を手に入れたらすぐに帰ってくるわ。」
「ふーん。」
アゼリアーナは頬杖を付いて、じっとステファノーチスの顔を眺める。あんまりにも眺められるものだから、ステファノーチスは段々と苦い顔になっていった。
「な、なに?」
「しばらくファニーの顔も見納めだなぁと思って。」
「領民の為にも頑張ってちょうだい。」
「うえぇ……あたしも半分庶民みたいなものなんですけど……」
「やっぱり、頭の回転が早くなる薬をお作りしましょうか?」
顔を見合わせて一瞬。すぐにふたりの笑い声が部屋いっぱいに広がった。その後、アゼリアーナがお土産に持ってきた高価な干物やスパイスが机いっぱいに広げられ、ステファノーチスの瞳はキラキラと輝いていた。その間、先程飲んだお茶の効力が切れてしまったようで、アゼリアーナは大きな細長いパンに齧り付きながら、他愛もない話に花を咲かせ夜を明かした。
朝。
狭いベッドで縮こまって寝るステファノーチスと、それに片腕と片足を乗っけて寝るアゼリアーナ。鳥のさえずりで目が覚めたステファノーチスが、彼女を起こさないようにそーっと抜け出していった。
1階の工房に降りて寝ぼけ眼のまま、何やら薬の調合を始めたようだ。
液体の入った釜に火を通しつつ、棚に並ぶコルク瓶から乾燥した植物数種類を薬研へと移す。それとは別に、手のひらサイズの大きな茶色い実の入れ物から、既に焙煎された小さな粒を数個取り出して、すり鉢でゴリゴリと音を立て粉末にしていく。沸騰した釜にそれら全てを入れて混ぜ合わせると、たちまち香ばしい香りが辺りを包んだ。よく煮込んだ後に魔法で急速に冷やして、綿の布で濾したその液体を鉱石で出来た綺麗な入れ物に注入した。
2階からギシギシとゆっくり降りてくる音がして階段の方を見ると、香りにつられて起きたアゼリアーナが半分も開いていない目を擦りながら工房に目線を送った。
「おはよー。何作ってんの?」
「頭の回転が早くなる薬よ。」
「本当に作ったのか……」
「お守りだと思ってもらえればそれで良いわよ。」
薬の入った小さな鉱石には金具が付いていて、その穴に細い革紐を通す。長めにして結んだそれをアゼリアーナの首にかけてあげると、右手で軽く摘んで嬉しそうに眺めていた。
「お守りかぁ。心強いなぁ…。」
「アゼル、貴方まだ半分寝てるじゃない。もう一眠りしてきたら?」
「そうも行かないんだ。父様達はもう向かってるし…。」
「忙しいのにわざわざ来てくれてありがとうね。」
「いやぁ……わたしが会いたかったからさ〜……。」
アゼリアーナは欠伸をした後、そのまま外に出て大きく伸びをした。森の木々の間からは薄明るい空が見え、涼しく心地よい風が吹いている。赤い髪は、まるで本物の炎のように揺らめいていた。
彼女が家の中に戻った時にはもうパッチリ目が冴えて、先程の様子が嘘かのようにハツラツとしていた。
「よっし!!いっちょやってやらぁ!!!」
「お勤めが終わったら連絡をちょうだいな。今度は私が遊びに行くわ。」
「おー!やる気出てきた!!」
朝食を食べ支度を済ませると、日が高くならないうちに出発する事になってしまった。
外に出てアゼリアーナが箒の柄を撫でると、地面と平行になってそれは浮いた。
「ありがとな!」
「また会いましょう。」
「終わったら連絡する!じゃあ元気で!」
「元気で。」
アゼリアーナが箒に横座りすると、ゆっくりと上空へ上がって行き、やがて木々よりも高くなったところでこちらに手を振ると、領地のある方向へと消えて行った。
嵐が去った。
そんな風に思ったステファノーチスだった。
後に二度寝を終えて台所に立つと、コツコツ貯蔵しておいた手製の干し肉の代わりに【わりぃ!】というメモ書きを見つけ、大絶叫したのは言うまでもない。
つづく
次回: 哀しみの魔法 序章 ②
ステファノーチスと妹のお話
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