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もっとも繰り返し読んだ小説

 人生でもっとも繰り返して読んだ小説はなにか?

 あなたのベストの小説は何かと問われれば回答に窮しますが、私がもっとも繰り返し読んだ小説といえば答えば明らかで、ホルヘ・ルイス・ボルヘスの「不死の人」ということになります。

 その昔はずいぶん小説も読んだものですが、最近ではめっきり量も減りました。現在私の至った結論は、ボルヘスとジョイスがあればいい。残りはミステリとSFをの名作を少しずつ辿れば十分、というものです。

 今年は「ユリシーズ」刊行100年記念なので、読書会やちょっとしたイベントのからみで、ほんの少しずつ紐解いたりもしていますが、もちろん通読するのはかなり困難で、全18挿話のうち、第1挿話から第3挿話は何度も読んでますけども、第14挿話なんて大学以降読んでいません。「フィネガンズ・ウェイク」? 今世で読むのは諦めました。また来世で会いましょう

 一方ボルヘスは定期的に読みかえします。なにより短編ばかりというのがよいですね。そんななかでもこの「不死の人」は、数えたことはありませんが20回以上は読んでいると思います。

 一九二九年六月初めのロンドンで、スミルナの好事家ヨセフ・カルタフィルスなる者が、ポープの『イリアッド』の小型四つ折り版(一七一五-一七二〇年刊)六巻本をリュサンジュ皇女の高覧に供した。公女はそれをお買い上げになった。(中略)公女は例の『イリアッド』の最終巻に次のような原稿がはさまれてあるのを発見された。
 原文はラテン語法の頻出する英語で書かれている。ここに読者が読まれるのはその逐語訳である。

(「不死の人」ホルヘ・ルイス・ボルヘス 土岐恒二訳)

 というボルヘスお得意のカマシがたっぷりの、ファンにはたまらない導入部分。虚実混在するエピソードを「枠物語」として、本編で語られるのは不死の都を目指しそこに到達するひとりの男の話です。

 おそらく初読ではいったいなんのことやらピンとこない人が多かろうと思いますが、サンジェルマン伯爵を彷彿とさせるエピソードにニヤニヤしつつ、都市や迷宮の描写を味わい、文学史的な仕掛けに驚き、この小説の全体の構造が理解でき始めると、なんとも言えない魅力に捉えられることになります。

 ある意味「クサい」とわかっていても、何度読んでもこのキメの一文にはシビれるのです。

 「ほとんど何も」と彼は言った。「最も稚拙なホメーロス吟誦詩人よりも知りません。なにしろわたしがそれを創作してからすでに千百年もたっているのですから。」

(同上)

 これがボルヘスの最高傑作かというと、おそらく他の作品にその座を譲ることになるとは思いますが、ここには私の好きなものがたくさん詰まっていて、年に一度は本棚から引っ張り出して読み返してしまうのですよね。

ナパのユリシーズは美味しいですがお高かかったです。

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