【旅にまつわる小噺】消えない慾(ド下ネタです)

※どえらい下ネタが含まれています。苦手な方、トラウマのある方はご遠慮ください。



消えない「慾」


「Super Cool !!!!」

東京出張の1日目が終わり、宿の扉を開けた瞬間にこんなセリフが飛んできた。どうやら私に向かって言っているらしい。人生で言われると思っていなかった言葉オブザイヤーを瞬時に授ける。声の主は上半身裸の外国人男性。私に輝く白い歯を見せて微笑みかけている。

「はは、Thank you....」

と消え入りそうな声で答えておいた。

東京23区内なのに激安という理由だけで選んだ眉唾ものの宿だった。駅近の立地で1泊2,000円前後。ローカルの空気が好きなことも手伝って、出張だったがAir BnBを使って予約した。

それがこんな形で裏目に出るなんて…。何はともあれ、こんな値段なのには理由があるのだろうと覚悟して向かってよかった。どうやらここでは、一軒家を大人数でシェアしているらしい。

私が入ってきた場所が正面玄関とされていたが、どう見ても裏口にしか見えない。その証拠に、玄関を入るとすぐダイニングキッチンスペースにつながっている。彼はそこでカップ焼きそばを食べていて、玄関を入ってきた私と目があったのだ。

よく見ると彼の二の腕には「慾」という漢字のタトゥーを入れて、消した跡がある。そこだけ肉が異様に盛り上がって「慾」という文字が余計に目立っていた。私の心の中の節子がしきりに

「なあ、なんでそんなタトゥーいれてしもたん?」
「なあ、なんでそのタトゥー消してしもたん?」

と不思議そうに問いかけていたが、ここは一度節子をなだめた。節子、この世には、2種類の人間しかおらん。深入りして良い人と、あかん人や。この人は深入りしたらあかん方や。

会話がこれ以上続きませんように、と願いながら靴を脱いでそそくさと彼の横を通り過ぎようとした。が、まだ話しかけてくる。

※以下彼との会話は英語

「どこから来たの?」

「大阪から。出張で来た」

「君の髪型、とってもよく似合ってるよ。スーパークール!(2回目)僕はニュージーランドから来てここに住んでるんだ。よろしくね」

「ありがとう、よろしく」

スーパークールとは、当時ベリーショートだった私の髪型を褒めてくれての言葉だったようだ。確かに真夏にも関わらず頭はいつも涼しかった。二つの意味でスーパークールと言ってくれていたのだろうか。まあとにかく彼は悪い人ではなさそうだったが、未だ怪しさしかない。仕事が残っていたのでそそくさと会話を切り上げて部屋に向かった。

私の部屋はキッチンを通り抜けてすぐの右手にあった。布団一枚分のスペースしかない狭い部屋に、すでに布団が敷いてあった。ドアを閉め、リュックを降ろして、パソコンを開いた。しばらく仕事をしているとコンコンとノックの音。返事をすると、

「僕だよ!」

と元気な英語が聞こえてきた。間違いなく先ほどのニュージーランド人。僕だよ!ちゃうねんなあ、と思いながら用件を聞く。部屋に入れたくなかったので全てドア先の立ち話。

「君の肌はとってもきれいだね、化粧水はどこのを使っているの?」

「化粧水は使ってないよ。ごめん、仕事しないといけ…」

「本当?!僕なんか化粧水ないと肌がカピカピに乾いちゃうから大変なんだ。」

「そっか。ごめん、仕事をしないといけないから、またね。」

まさかの用件は化粧水。化粧水は無印を愛用していたが、めんどくさいので適当に嘘を言ってごまかした。さっさとドアを閉めようとした時、

「僕は君ともっとしゃべりたい、○ックスしたい

衝撃の言葉が飛び出した。……え、ちょっと待って、そんなはっきり言う?ナンパ慣れしていなさすぎて分かりやすく動揺してしまった。出会ったのさっきですけど?出会って5秒でなんとやらという某有名タイトルを思い出した。すごい積極性だ。

でも冷静に考えるとこの状況はかなり危ない。部屋まで知られているし、目の前にいるし、なんてったって相手には消したくても消せなかった「慾」がある。肉をも盛り上げる呪いをその身に受けている。ここは怒らせないように下半身に鎮まりたまえしてもらわなければ…と思いながら、

「私はしたくない。仕事残ってるから、ごめんなさいね」

と丁重に告げた。彼は真剣な顔で黙ってしまった。ラオコーン像を思い起こさせるような深い苦悩をも滲ませている(ように見える)。どうしてここでそんな顔ができるんだ。なんの顔なんだ。私が動揺してどうでもいいことを考えている間も、上を向いて眉をひそめて何か思い出そうとしている。

というか、このまま実力行使されて、男性パワーを使われたら勝てない!このままドア閉めちゃお!と、そっとドアノブに手を伸ばしかけた。すると、彼が出し抜けに、はっきりとした日本語でこう言った。







「ゼッタイ、ナカ○シ、シナイカラ!」







(○の中は自粛しました。お察しください。)

…………自然に口が開いた。唖然。

のち、大爆笑。もうそれはお腹がよじれ切れるくらい笑った。ツッコミどころしかない。まず、それ、どこで吹き込まれたん?!ほんで、それは当たり前や!なんなんだこの大前提のご提案。

「どこで覚えたん、それ?!」

息も絶え絶えに、シチュエーションを忘れて聞いてみる。あまりの私の笑いように彼は若干ひいている。だけど本当にどこで覚えたんだ、その日本語。

「元カノが教えてくれた」

素直に答える彼。英語に戻っている。というか、おい、元カノ。何をしている。あんたが教えたパワーワードのせいで彼の慾の呪いが骨の髄にまで達してしまったようだぞ。ただでさえ欲望が渦巻くこの東京に、なんて怪物を生み出してしまったんだ。全然笑いが収まらなかったが、笑いを噛み殺して、返事をする。

「足の間から血が出ているからできない。」バタン

生理と言いたかったのだが、すぐに単語が出てこなかった。Bloody between my legsとかなんとか適当に知っている単語を並べて、鼻先でドアを閉め、鍵をかけた。しばらくドアの前をうろつく気配があったが、すぐにその気配はなくなった。どうやら慾を忘れて鎮まりたまえしてくれたようだ。そのまま何事もなく夜が明け、早朝にその宿を出た。

翌日、営業先に向かう電車の中で早速上司にこの話を披露した。これが大ウケにウケたので、以後この話は私の鉄板ネタになった。今考えると諦めて帰ってくれたからよかったものの、私とセックスしたがっている男性とドア先で立ち話なんてシンプルに危ない局面だ。

笑い話にできていることを幸運に思う。Air BnBで部屋を予約する時はくれぐれも気をつけて。





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