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君津幸太郎 48歳 会社員 

君津といいます。仮名です。テレビ番組を作っている大学の後輩から、リモート通話で依頼を受けてこの文章を書いています。家にいる時間が多くなる中で何でもいいから文章を書いてくれとのこと。ずいぶん急で乱暴な話だと思いますが、その後輩には在学時に酒席でずいぶんと迷惑をかけたので、その罪滅ぼしのつもりで、最近身の回りで起こった出来事を書いてみることにします。
 実は、最近になって私は「ある行為」にハマってしまいました。それは、およそ口に出すのも憚られる行為であり、いち社会人としてはしては絶対にあるまじき行動です。もしこのことを人前でお話ししたなら、大抵の人は眉をひそめ私を侮蔑の眼差しで見つめることでしょう。しかし、いつか必ずこの事を誰かに言いたくなる予感は常々感じていたところでした。仮名でもありますし、今回は思い切って告白してみたいと思います。
 きっかけは、このコロナ禍でした。私はアイデア生活用品を主に製造販売するメーカーに勤めています。働き方改革の機運が高まるおり、一年ほど前から在宅勤務、テレビ電話の機能を利用したリモート会議が頻繁に行われていました。共働きの社員も多く、子供を持つ女性社員からは概ね好評になっていた中で、今回のコロナ感染拡大が発生し、今や普通のツールとして定着しています。
 その日は、在宅勤務ながら重要なリモート会議を13時に控えていました。我が社の取引の40%を占める大手百貨店グループに対する新作商品のプレゼンです。半期に一度行われるこのプレゼンは我が社の商品制作力をアピールする場であり、1年で最も重要な会議の一つです。百貨店およびその系列会社の販売部長が揃って出席するため、このプレゼンいかんで今後半年の会社の収益が大きく変わると言っても過言ではありませんでした。
 私が所属する開発二課の今回の一押し商品は「プッシュハンガー」というものでした。ハンガーを高いところにかける際、フックの部分が方向によってなかなかかからず、不便なことが多いという意見から発明したものです。このハンガーは一見、上のフックがなく、真っ直ぐな針金が飛び出ているだけのように見えます。しかし、その先端を物干しに当てハンガーの肩部分にあるボタンを押すことでその針金が縦に一回転し、それが物干し竿に絡まってくれます。これでハンガーの向きを気にせず誰でも簡単に高いところに物を干すことができます。
外すときもそのボタンを押せば針金が元に戻り、すぐに取り外すことが可能です。
 自慢ではありませんがこの発明をしたのが私であり、安価な形状記憶合金で製造が可能になったことからすぐに販売となりました。当然、会議でプレゼンをするのも私となり、私は前日から徹夜でプレゼン資料を作成していました。
 そして昼12時、会議1時間前すべての準備が整った私は、最後に風呂に入ることにしました。昨日から根を詰めて作業をしてきたことと、もともと私は風呂好きで大事なことをする前には、身を清めるように風呂に入ることにしているのです。湯船に湯を溜め体を沈めると、身体中の澱が空気中に発泡していく感覚に襲われました。目をつむれば資料の文言やタイトルが残像のように漆黒の目蓋裏に焼き付いています。やるだけのことはやった、これで大丈夫だ、と私は自分に言い聞かせました。
 しばらくして、気がつくと私はゲホゲホと浴室でむせ返っていました。どうやら湯船でうたた寝をしてしまったらしく意識が途絶え頭部が湯の中につかってしまったようです。気管内に入った湯を咳こむことで必死に吐き出すと、ようやく落ち着いてきました。まいったな、と思ってそばの時計を見ると13時08分という文字が目に入ってきました。

 一瞬、私には意味がわからず、ええと何だっけ…とよくわからないことを呟いていましたが、やおら湯船に立ち上がり「ダメじゃないかあぁ」とまるで部下に叱責するように叫ぶと浴室を飛び出ました。髪を拭く時間も身体を拭く時間も無く、とにかくかけてあったYシャツをビシャビシャの身体に着て、上からジャケットを羽織り、デスクに向かいました。当然下は何も履いていません。
 PCを見るとそのリモート会議内では意外にも和やかな談笑が行われていました。幸いなことに先方のお偉いさんの近況報告が長く続いていたようで、ちょうど私に話が振られた瞬間でした。
「…少し話が長くなりました。では◯◯社の君津開発部長お願いします」
助かった、と私は思いながら即座に仕事モードに切り替えました。リモート画面では私の服装の不定際はあまり気にならず濡れた髪も、汗をかいているようにだけ見えているようでした。

 結果として、プレゼンは上々の出来に終わりました。私は何回も練習した説明を流暢に話せましたし、質疑にもそつなくこなすことができました。先方の反応を見る限りこのハンガーには一定以上の発注をかけてくれそうな気配です。急場しのぎで焦りましたが、社内からの評判も上々でした。
 
 ですが、なんというかその、、、その成功が、、私はその時のことがとても、別のいい感じに思えてしまったのです、、、じっとりと冷や汗をかき、身体は水滴が冷えて細かく震えていたのですが、、、あの、、、具体的に申しますと、下半身スッポンポンでリモート会議をすることが、成功体験と脳内で結びついてしまい、言いようのない興奮を覚えてしまったのです。
 直接会うときには体全体で敬意を表現しなければならない取引先や上司でも、リモートでは局部を丸出しにしていてよいのです。私はこの魅力に一気に取り憑かれてしまいました。

それ以降私はすべてのリモート会議の際には、上半身はシャツ、下半身は生まれたままの姿で出席するようになりました。
「当議題につきましては社内統計リテラシーに照らして再度検討します」と話していても私は陰茎丸出しであり、
「この商品の宣伝文言はコンプライアンス遵守を大原則として各自工夫を」と言っていても陰茎丸出し。「社内セクハラ相談室を新たに設置しました」という報告も陰茎丸出しで行ないました。
 この特権意識と背徳感、劣等感と優越感、相反する感情ががない混ぜになったスリルは、これまでの私の慎ましい人生で感じたことのない快感でした。PC画面で相手が真面目に話しているだけで、笑いがこみ上げてくるといった始末です。
もちろん私には元々、それなりの変態的、偏執的な素養があったのかもしれません。しかし、自分を最低だとは思いつつもなかなかその行為を止めることはできませんでした。
ついに私は会社内だけでは飽き足らず、これまであまり話したことのない昔の知人友人に片っ端から連絡を取り、リモート通話をするようになりました。私には妻や家族はおらず一人暮らしなので、そのときも当然陰茎は丸出しです。実家の近所のうるさいおばさん、嫌いだった担任教師、私は中学生時代少しいじめられていたのですが、そのいじめた側の生徒にもかたっぱしから連絡をとり、陰茎丸出しで「やあ久しぶり、元気?」などといって通話しました。そして一番気に入らない奴には、最後にスクッとその場に立って頭を下げて即座に通話を切りました。相手にとっては、久しぶりの知人からいきなりリモート通話をしたいと言ってきて、当たり障りない会話をしたのち、突然陰茎が出てきて、いや、今の陰茎か?ぐらいで、一礼して終わる、というカオスな状況です。
 
 このようにひねくれた性癖、性癖とよんでしまっていいのか、兎に角この下品な高ぶりをどう抑えていいかわかりません。これからの時代、リモート婚活、見合いなども増えてくると聞きます。そんな時代になったら確実に私はその歪んだ加虐性、変態性を遺憾なく発揮し、斜め上に肥大化した想像力によって相手を傷つけてしまうことは目に見えています。

 この「机下の告白」とも呼ぶべき文章を書くきっかけを作ってくれた後輩には、こんなことを書いて本当に申し訳ないと思っています。そんなつもりはなかった。本当にすまない。その時のリモート通話の時にも丸出しだったのだけれども。

月が綺麗な夜です。

こんな私でも、いやこんな私だからこそどうか、早くコロナの事態が収まって、皆がちゃんと面と向かって会って話せる日が来ることを心から待ち望んでいます。

駄文、長々と失礼しました。一礼。

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