韓国まで鞄を買いに行った話(後編)

 さて、 前 回 は壊れかけた鞄の代わりを求めて韓国を彷徨ったという話をした。日本に戻ってから、この失敗談を話したところ「同じの鞄が5年も製造されているとは思えない。今更新品で手に入れるのは無理があろうかと思われる」とお気持ちを頂いた。
 確かにその通りだ。
 せめて同じようなサイズ感のクソデカ鞄が欲しい。なんせ機内持ち込み出来るキャリーカートとほぼ同じ内寸(チャック拡張時)があるのだ。この容量は私の旅行に必須となる下限サイズなのだ。

 しかしこう明確に理由を添えて無理だといわれるとそんなもんかという気持にもなる。限界極まりない今の鞄をだましだまし使い続けるしか選択肢はないのかもしれない。

 そんなことを思っていると、唐突に韓国へ行く必要が生じてきた。
話は夏ごろに遡る。前回、ソウルで会った友人に、韓国内のブルアカグッズの購入を依頼していたのだ。そのうち取りに行くよと言いつつ半年ほど寝かせてしまっていた。
 流石に年内に取りに行かねば先方にも悪いので、どうにかこうにか行けないかとタイミングを計っているうちに程よいプライスの航空券を発券し、そのまま発券してしまった。こうしてコミケの原稿を放り投げ、12月の上旬に再度、韓国へ飛ぶことになったのだ。
 この渡航に纏わる顛末だけでも記事が一つかける話となるので、それはまた近いうちにお披露目しよう。

なんとものどかな空港だ

 今回は往復ともに清州空港というソウルから150km程度南東に離れた場所からの入出国となる。概ね日本のイメージでは東京都心に対する静岡空港や茨城空港のようなところだ。
 初日は東京→清州→ソウルの移動でほぼ終わってしまった。

 東大門付近の宿で1泊。ホテルで朝食を済ませると市内へと飛び出る。ここから半日程度は自由時間だ。せっかくだから鞄とポンチャックマシーンを探そうと下町を散策することにした。
 ちゃんと下調べをしていないが、宿の徒歩圏内にある南平和市場というショッピングモールが鞄の問屋街になっているらしい。どちらかというと女性向けのお洒落な鞄がメインのようだが、これだけ規模が大きければ、ピンとくる鞄に出会えるかもしれない。

古いビルが並んでいるあまり観光客が来ない方の清渓川

 清蹊川(チョンゲジョン)に沿って南平和市場を目指すと、前回でソウルを訪れた折に友人の車の中から見えた鞄屋に辿り着いた。
 南平和市場まで歩かずとも、ここで鞄が手に入るかもと期待して店を覗くがスーツケースばかりで探しているものはない。いやいや、ここで簡単に見つけてしまってはこの後今日一日のやることがなくなってしまう。
 せっかく南平和市場なる巨大鞄売り場で探す楽しみを取っておくのも悪くはないと思い、清蹊川を眺めながら更に歩く。

 程なく南平和市場に辿り着いたが、明らかに営業していない。現地に着いてから詳細を調べてみると、オープンが深夜0時、遅くとも正午には営業を終える上に日曜の日中は普通に休日ということだった。そんな深夜だけやってる店があるのか。下調べが甘い旅行初心者仕草をフルスイングでかましたところで、私の鞄探索が終了した。

これがトンデムンヨッサムンファゴンウォンだ!

 失意のまま一部のオタクによく知られているトンデムンヨッサムンファゴンウォンで一服したりしているうちに日が暮れてしまった。
 件の友人と合流し、ブルアカグッズを受け取る。そのまま夕食の流れとなり明洞の焼肉屋という海外旅行初心者が迷い込んだら秒でぼったくられてしまうことが間違いない課題に対して、適切なソリューションを導いてくれるのがありがたい。
 焼肉屋へ行く途中に、明洞にしてはお洒落さにかける実用本位な鞄屋の前を通りがかったので立ち寄ってもらった。
 とは言え、明洞に近い鞄屋というだけのことはあって店主氏が簡単な日本語を話してくれた。今持っている鞄と同じようなものを探していると伝えると、「その鞄は6~7年くらい前のモデルだ。今はもう売ってない。後継モデルがあるから少し待て」と言う。
 流石はプロだ。鞄を一目見るだけで正確な情報を読み取っている。
店主は同じメーカーの後継モデルという鞄を持ってきてくれた。
サイズはほぼ同じ、ただし全体が革張りとなり高級感が増している。そして私が今持っているものと同じロゴがついてる。店主の言うことに間違いはなさそうだ。
 少々、奥行きが不足している気がするが、同じくらいの値段なら買ってもいいかと思い前向きに値段を尋ねると、日本円で3万円くらいの値段を提示された。

 撤退、即撤退である。
無い袖は振れないし、今もなお生活は苦しい。

 やんわりと「またソウルに来た時に買うことにする」と告げて、店を去ろうとしたら店主が食い下がってきた。これは革製だから高いのだと説明する。うん、それは分かる。分かるが単純に3万円が払えないのだ。
 すまない、ここにいるのは裕福な日本人観光客ではなく、低所得貧困旅行者なのだ。勘弁してくれ。


高度に発展した韓国経済を象徴する厚切りの肉

 なんとか店主を振り切って明洞の焼き肉屋へ。前回奢ってもらったから今回はソウルの友人の肉代を私が払う番だと思っていたら、さっくりまた奢られてしまった。ありがとう。

 ソウルでもう1泊し、帰国日となった。
朝一のKTX(韓国新幹線)で大田市へ。特に市内で何かしたいことがある訳ではなく、ぶらぶらと昼飯を食える場所でも探そうかと、大田鉄道市場と呼ばれるアーケード街を散策する。

文字がハングルである以外は日本と変わらない地方のアーケード街だ。

 同行者がアーケードに面した変哲もないビルの階段を唐突に上ってみようと言い出した。どうせ時間はある。警備員に止められない限りは立ち入り可能だろうと、その適当な階段を上ってビルの2階へ上がってみると、そこに鞄屋があった。
 フロアを見ると鞄屋や靴屋がいくつもある。店といってもこ綺麗な陳列はされていない。雑然と区画ごとに店と商品が積み重なっている。程なくして私は気付いた。なるほど、ここはその手の店が集まる問屋ビルか。
 とりあえず奥まで進んでみると、少し規模の大きなかばん屋がある。
ずかずかと店の中へ入ってくると、一般客がそんなに来ることがないのだろう。
 鞄を眺めているうちに店主と思しき人がやってきた。
流石に日本が通じないが、なんとか今持っているタイプの鞄が欲しいということを伝えると、店主は奥から在庫を持ってきた。

 当たりだ。
まったくの同一品が新品の袋に包まれたまま出てきた。

 6年前の釜山で見つけ、光州でもソウルでも見つからなかった鞄に、前回はスルーした大田でついに再会することができた。

 恐る恐る値段を聞くとなんと60,000ウォン(6~7千円)。釜山で最初に聞いた金額のほぼ半値だ。
 即決、即金でお買い求めとなった。
 コロナ前のレートがよかったころにため込んだ現金を使う機会はまさにここだ。
(ちなみに「切り交渉を試みたが安くならなかった。おそらく原価に近いのだろう)

 まさか普通の客ですらあまり来ないような問屋街に韓国語が全くできない日本人が鞄を買い付けに来ることなんて予想だにしなかったのだろう。珍客に気をよくした店主からサービスの栄養ドリンクと肩掛け用のショルダー(交換用)をもらって、同じ見た目の真新しくなった鞄に交換し帰国の途についた。

店の前は閑散としてるが、中は激混みだ。

 最後に聖心堂でパンを買う。大田といえば聖心堂のパンだ。ここ大阪で言えば551の肉まんのようなポジションのパン屋で、店内はめちゃくちゃ混んでいたがレジが10台稼働しており、会計は秒で終わった。

 帰りの空港まで行くKorailムグンファ号でリクライニングシートを後ろの乗客に配慮しつつ倒しながら、今回の旅行を振り返る。
 全く以てお手本のような韓国初心者旅行になってしまった。鞄を探して韓国中を駆け回るだけ3日間の旅程が終わってしまう。
 まぁ旅慣れてない筆者はこれくらいの旅行が動きやすいのだ。

駅はバリアフリーだが、列車はそうでもない。

 バリアフリーに配慮された段差がない空港駅で、走りゆく空港アクセス列車を見送りながら、まだ手を付けていないコミケの原稿に想いを馳せて韓国を後にした。

 帰国後に受け取ったブルアカグッズの品不足が発覚し、再度ソウルに飛ぶ必要が出てきたのは、これからの話である。

生活が苦しい