【優河『言葉のない夜に』】「アンバランスな夜」から「安定した朝」へ

優河『言葉のない夜に』

https://music.apple.com/jp/album/wordless-nights/1610337471



「不明瞭でアンバランスな夜」から「はっきりと安定した朝」に向かう情景

この作品を聴いた際に浮かんだのはこんな景色だった。

シンガーソングライター優河の4th Full Album『言葉のない夜に』

最初の一文にあるように、このアルバムの魅力は、輪郭のはっきりしない夜を漂いながら、少しずつ朝がその景色にピントを合わせていくような心地よさが感じられることだ。

私がどんなところにそのような要素を感じたのか、以下に記していく。

1.アンバランスな夜

この作品には得体の知れない夜の静けさ、不明瞭さ、不気味さがよく描かれていると感じた。

しかし、それはただぼやけて不気味という訳ではない。
むしろ印象としては、穏やかさや優しさが作品の全体を覆っているとさえ思える。

そんな穏やかさや優しさの中に、丁度隠し味のように見え隠れする「違和感」こそ、この作品の魅力である夜の不明瞭さ、アンバランスな一面をよく描いてる部分だと感じた。

先行配信された『WATER』を例に見ていく。

https://music.apple.com/jp/album/water/1610337471?i=1610337473


3声のコーラスから始まるこの曲。
オクターブと完全5度で平行した動きを見せることと、入りの独特な「しゃくり」が相まって、コード感の見えない独特な音響に包まれる。
気怠さを含んだバスドラムや声の音色は、波のように我々を引き込んでいく。

その後、ベースやキーボード、ギターが入ることで、一気にコード感が明瞭になり、曲がバランスを保って動き始める。
しかし、滑らかに進み出したと思われたものの、曲は少しずつグリッチノイズの軋みをあげて初めの波間に戻ってくる。
印象的なコーラスが再び波を表現する。
今度はコード感を手伝うためにギターの伴奏も入っているが、そのバッキングもどこか不気味だ。
C→D→Emという王道で耳馴染みのある「安定した」コード進行だが、最後のEmには、本来構成音にはないはずのG#が時たま顔を出す。
このような要素こそ、この作品の「安定の中の不安定さ」をよく表している箇所だと感じる。
曲は再び冒頭のコーラスが繰り返され、ノイズにのまれてパッと姿を消す。

同様の要素が、アルバム中の至る所で顔を覗かせている。

M-6「ゆらぎ」は美しいコーラスとウッドベースの音色で幕を開ける。

コード進行はG♭(4)→A♭(5)→D♭(1)と、ここまではJpop等にもよく見られる王道の進行だ。
この流れが来ると、我々の耳はB♭m(6)やFm(3)を予想し、期待する。
それが慣れ親しんだ「安定」だからだ(代表的な例を挙げると、Coldplayの「Viva la vida」が4→5→1→6にあたる)。

https://youtu.be/dvgZkm1xWPE

だが、それは裏切られ、一つ前のコードA♭が鳴らされる。
これはあまり見られない進行だ。
A♭というコードを間に挟むことで、いつまでも繰り返し終わらないような浮遊感が生まれている。これも一つの「不安定」な要素だろう。
しかし、その上で素晴らしいのが、他の要素に違和感が感じられないことだ。
耳馴染みあるメロディーライン、規則正しいドラミング、ルートをなぞるベース。
その不安定さを補うように「安定」で構成されている。

このように、安心の中に不安がマーブル状に入り混じりながら蠢く夜が描かれていく。が、その夜にも明確な転換点が見えてくる。M-9「灯火」だ。

2.明瞭な夜明け

ドラマ主題歌にもなったこの曲だが、先程までとは打って変わって「安定」の要素が前面に押し出されている。
今までパートの欠如や歪なコード等で表現されてきた「不安定さ」は影を潜め、全員が同じ方向を向いて進んでいくような一体感を伴った「安定感」が曲全体を包んでいる。
それは歌詞にも表れている。「夜明け」「照らされて輝いてく」など、随所に「朝」の希望を感じさせるような言葉が使われている。

その傾向は最後の曲「28」でピークを迎える。
鼓動を模したようなドラムパターン、広がっていくギターフィードバックの後、曲を通して同じパターンが繰り返される。それはこの曲のキーであるG♭のコードだ。アルペジオで繰り返されるこのコードは、はじめはギターがつまびくが、滑らかにキーボードに受け渡される。そんな「安定」した夜明けを目前に、穏やかにメロディーラインが歌い上げる。「待ってる 光の中で」と。


3.おわりに

夜の不安定感と朝の安定感という観点から、本作品を見てきた。アコースティックな響きを大切にしながら、アンビエントなノイズを織り交ぜることで、そのテーマをより一層強調させていることや、ある時は一人でつぶやくように、ある時は聴くものに訴えかける力強さをもって繰り広げられる優河の歌声、その他この作品にはまだまだ魅力が詰まっている。自分自身その魅力を見つけ出しながら、長くこの作品を楽しんでいきたいと思った。

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