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幕間:レイダン・ミミットの約束 (7) - 英雄の末路


「――レイダン・ミミット。バウナーの執行を終えたあとはお前を<金の黎明>党首に任命する。いいな?」
「仰せのままに」

 レイダンは勢いよく胸に手を当てて、王命を拝命した。胸への軽い衝撃に伴い、感無量の心地が浸透していく。

(ついに俺が党首だ! あとは頃合いを見て国を出るだけだ。……結婚がなかったら俺はどういう党首になっただろうか?)

 今任命したばかりの党首の喜びの向かう先を知る由もなく、クリスティアンの視線がマルクに向かう。

「マルク財務官。ナドルニ総督司教から話は聞いた。お前が<白い眼の鳶>の代官だとな」
「恐れながら、……代官というほどの権限は私などは持ちません……」

 これまでに王と対面して話す経験がなかったからだろう、あるいは、会議室に集った錚々たる面々に臆したためかもしれない。マルクは俯き加減に顔面蒼白になって答えた。
 だが、クリスティアンはそんなマルクに鷹揚な表情を見せた。

「グロヴァッツ伯は信頼に足る男だ。王になってからというものの、私は誰の差し向けか分からぬ<白い嘴の鴉>による暗殺を恐れなかった日はない。だが、諜報組織を王立直轄組織として作り直せばよいという助言を伯からもらった。その足掛かりとして、自分の組織を使えばよいともな」

 どこまで聞いているのかは分からないが、マルクは「な、なるほど……」と今知った風に感心した素振りだ。
 グロヴァッツは「国と王家を想ったまでです」と、慇懃に礼をした。クリスティアンは満足気に頷いた。

 レイダンは鴉を粛清するにあたり、ハリッシュ家はどうするのだろうかという疑問が湧いた。
 鴉が諜報組織として優れているのは、諜報員の育成に優れていたハリッシュ家の後ろ盾があったからだ。それがないとなると諜報の質が落ちることが予測される。

 クリスティアンはロイドを見ていたようだが、やがて視線をレイダンたちに戻した。

「今日、鴉を使う者が増えすぎた。男爵位の者ですらこき使うありさまだ。先のジュライアス子爵の息子が殺害された件もある。このような、私怨程度で気軽に使われる諜報組織はもはや政治の障害でしかない」

 方々で同意の頷きがあった。グロヴァッツが言った通りだが、レイダンも頷いた。

 ジュライアス子爵。ある男爵との商談が破談になった末、息子が殺害されてしまった人物だ。
 破談になったのは男爵側の不手際が理由であり、正式な破談内容だったようだが、頭に血が上った男爵は裏金をはたいてゼロを使ったという話だ。

「今日この日をもって<白い嘴の鴉>は終わりだ。……ゾフィア。貴殿は党員を連れ、鴉の長官とゼロという諜報員を始末してきてくれ。他の諜報員も何人かやれば蹴りは早くつくだろう」

 ゾフィアは「仰せのままに」と静かに応答した。
 ゾフィアがゼロを、とレイダンは2人の戦いの結末を想像してみたが、ゾフィアが果たして「見えない相手」を仕留められるのかレイダンには分からない。

「ジスロ。貴殿はハリッシュ家に向かい、当主を拘束してこい。屋敷に諜報員がいるなら仕留めろ」
「お任せあれ」
「リシテア。貴殿はヴァレリアンと共にドラクル公の屋敷だ。ドラクル公を西の塔に幽閉しろ。ヴァレリアン、頼んだぞ」

 ヴァレリアンは分かりましたと答え、リシテアは慇懃に「仰せのままに」と、胸に手を当てた。
 ジスロ・モスコウィッツは<緑の黎明>党首であり、リシテア・ムロズは<銀の黎明>党首だ。ハリッシュ家もドラクル家も精強な私兵団はあるが、七騎士が相手ではどちらも成す術はないだろうとレイダンは先行きを断じた。

 くわえてクリスティアンは<青の黎明>党首であり、王城警備の中心人物であるノストロ・レッサーラには警備の強化を命じた。
 執行の場はマーグレー庭だ。この庭にて、白竜の眷属である聖獣ホラン・メルによるバウナーの処刑が行われる。

 レイダンをはじめ、ホラン・メルを持ち出すことにはみなが驚いたが、これほどの名誉の死がないことには違いなかった。
 ホラン・メルを持ち出しての執行であれば、筆頭騎士の不名誉およびそのような者を輩出した王室への不信は帳消しとなるだろう。クリスティアンの威光を国中に知らしめることと共に。

 そんなところで、「陛下」とヴァレリアンがクリスティアンを呼んだ。

「なんだ? ヴァレリアン」
「ハリッシュ家もドラクル家も国に長年仕えてきた大家です。寛大な措置を」

 クリスティアンは目線を逸らして一転して不機嫌そうに「分かってるよ」と答えた。

「ハリッシュ家の諜報員の教育技術はメイデン王朝になくてはならないものでした。ドラクル家の資金・食料の提供と公の慧眼にしてもそうです。なので、」
「俺は分かってると言ったぞ!?」

 会議室にクリスティアンの雷のような怒鳴り声が響いた。

「バウナーに続いてヴァレリアン、お前もなのか!? お前も俺を若造だとして口答えしてくるのか!?」
「そのようなことは……陛下の政治が素晴らしいことは皆も知っております。ただ、」

 ただなんだ、と鋭い矢のような言葉がクリスティアンの口から穿たれてくる。

「国というのは……皆で長年育てている大きな植物――神樹ユラ・リデ・メルファのようなものとも言えます。ユラ・リデ・メルファは水と土で育つような簡単な植物ではありませんが、身分の高い者はより多くの質の良い水を与え、愛情と様々な苦心とともに育ててきた者と言えます」

 ユラ・リデ・メルファはエルフ国フリドランの首都にある聖なる大木だ。

 確かにヴァレリアンの言うように、ユラ・リデ・メルファは単なる植物でもなければ、水と土で育つわけでもない。
 レイダンはウィプサニアから聞いているためよく知っているが、そもそも育つ云々の話ではなく、ユラ・リデ・メルファはいわゆる原始的だと形容される人々が生活し、数々の謎にも満ちていた1万年以上も昔から存在していたとされる木というより大陸の魔素マナそのものだ。根はバルフサの各地に伸び、精霊や、由緒正しいエルフや一部の亜人の緑竜信奉者はみな大陸にいればどこにいても神樹を感知できるらしいのだが、人族社会においてはこの事実はあまり知られていることではない。

「……何が言いたい」
「より多くを与えてきた者から水をやる権利を剥奪した時、この者は喪失感を味わいますが、この喪失感もまた、他のさほどの量の水を与えていない者より多くなります。この多い喪失感は復讐心を生みやすく、また、この剥奪の光景は必ずしも他の者に良い影響を与えません。多くなれば多くなるほど……己の考えを見直す者が出始めます。自分たちは水のやり方を間違っているのではないかと」

 剥奪の光景とは公開処刑のことだろう。クリスティアンの公開処刑の多さ・その後の展望の不安は、クリスティアンの早熟な政治手腕を褒める一方で要人の間でなにかと囃されていることでもある。
 クリスティアンは、「ようは公開処刑を控えろと言いたいんだな」と鼻を鳴らした。

「子供に教えるような例えを出しやがって。結局いつもと同じ小言じゃないか。長年父上の部下だった者はみな同じことしか言わん。もっと待て、もっと調査しろ、もっと貴族を大事にしろ。もう聞き飽きたぞ! 俺が何も考えずに政治をしていると思ったら大間違いだからな」
「……はい」

 クリスティアンは乱暴な調子で言うことを言うと視線を下げた。
 ややあって、彼はこの場に集った者たちを見渡した。眼差しにはふてくされたものはあれど怒気はもうなかった。

 そうしてまた視線はヴァレリアンに戻る。

「お前に言われずともそうするつもりだった。政治が権威の分配という名目の奪い合いである限り、諜報の有用性は計り知れない。諜報員を養成する教官も簡単には養育できないのは聞いている。だからハリッシュ家を安易につぶすことはしない。バウナーを輩出した礼とこちらの面目もあるしな。……ドラクル家もどうにかするわけないだろ。マルトハス様は俺の義父のようなものだ。俺は公開処刑は確かによくするが、身内ですらも簡単に処断する冷酷な男になり下がるつもりはない」

 陛下、といくらかの感激と安堵をにじませてヴァレリアンが呼んだが、クリスティアンは「もっとも」と遮った。

「腐敗の温床になるようなら即刻席は取りあげるつもりだ。時間をかけてもいいことはない。アマリアの王族は身内びいきで破滅しやすいとカンも言っていたからな」
「……カンが。確かにそのような傾向はあるかもしれません」
「ああ。……今度から助言する時は先に俺の意見を聞いてから言え。苛立つ」

 ヴァレリアンは分かりましたと、頭を下げ、胸に手を当てた。真摯な想い、王への配慮がうかがえる丁寧な動作の謝罪だった。

 レイダンも身を正される思いがした。クリスティアンのことを若い王だと評したことは幾度もある。
 堅実王はクリスティアンの戴冠までの2年間を勉強と称する期間として政務を共に行ったが、いざ堅実王が長年にわたる政務によって疲弊した心身を休ませるために1年間の療養生活に入って王城から姿を消すと、国の先行きが不安になったことは否めない。グラジナ皇太后も時には素晴らしい助言をしたが、クリスティアンの取り決めや判決を覆すような物言いはしなかったものだ。

 クリスティアンはおもむろに机に広げられた世界地図に両手を置いた。

「古竜将軍は強い男だ。七爪の将を2人も倒し、ハガルシンカーも討伐してみせた。誰もが英雄だと言い、俺もそうだと思った。だが……奴は“まぬけ”になりさがった。近頃は貧民区での馬鹿げた武勇伝ばかりを聞く」

 クリスティアンは「七爪や魔人級の魔物に勝てても賭博ではさほど勝てないようだがな」と嘲笑した。レイダンはその辺よく知っているので、恥ずかしい気分にもなる。
 そうしてクリスティアンは地図のミンスキー城に置かれた黄色い冑をかぶった騎士の駒を前方に動かしたあと、指ではじいて倒した。

「奴には我が国と白竜様に誓いを立てる気がないようだ。自分のまとめる党の不和と自分たちへの侮辱の数々を放任し、あげく敵国の間者と寝るような男だからな」

 そう言ってクリスティアンは白頭巾ウィンプルを被った女――<白の黎明>党首マリシア・ノヴァークに目線をやった。

「今回のバウナーの執行においては、鴉、ハリッシュ家、ドラクル家と同時に、堕落した白竜教の幹部――アラニス派も相応の処置を取った。そうだろう? <白の黎明>党首」

 マリシアは頷き、「ナドルニ様はアラニスと関わりの深い聖職者16名を処罰致しました」と告げる。アラニスはどうしたとクリスティアンが訊ねると、「拘束しています。聴取した後に斬首する予定です」と彼女は答えた。
 レイダンは胸がすく思いがした。ジスロも「ざまあないな」と肩をすくめた。

「俺も奴らは鬱陶しかったからな。ナドルニ様の慈悲のため黙っていたが。16名の代わりはどうなった?」
「適宜、厳正な推敲の元、相応の者を引き上げる予定です。どうもアラニスにより叙階を辞去するよう申し出るよう脅迫されたり、各地に転任になったりした者がいるようなので」

 クリスティアンはため息をついた。レイダンにとっても分かりすぎる話であった。

「貴殿の方からもナドルニ様に言ってくれ。しかるべき人物をしかるべき地位に就かせてくれとな。でないと俺は白竜様に顔見せできない。これからホラン・メル様の御力を借りるしな」
「はい……」

 クリスティアンは顔を上げて、話は逸れたが、と話題を戻した。

「先ほども言ったように、本日バウナーを執行する。罪状は謀反だ。奴は謀反を起こす気などないかもしれんがな。温情と我慢のできる月日はもう過ぎた。奴は国に、みなに甘えすぎた。だが奴は国を、みなを信じなかった。その報いだ。……執行はゾフィア・ヴイチックが戻り次第行い、その場で<白い眼の鳶>の設立の公布もする。いいな?」

 みなが頷いたり、「はっ」と声を発したりした。

「俺の……私の国には貴殿らが必要だ。必要なのは1人の英雄ではなく、7つの忠実な騎士たちだ。1人で活路を開き、身勝手を振る舞い、教義を理解できんような奴ではなく、互いに協力し合えた末に活路を開き、国を想える奴らだ。そして賢人たちと数多の知恵も私には必要だ。みな、今後も私の政治を手助けしてくれ」

 この誠意のこもった言葉と懇願は極めて効果があった。みな背筋を伸ばして胸に手を当て、声を張り上げた。親衛隊長のタイモンが「この身、陛下の御身のために!」と叫ぶと、これが合図であったかのように、みなも続いた。
 レイダンも続いた1人だ。この若い王の元から己の“身勝手”により去るのを悔やむ気持ちを少しばかり抱きながら。


 ◇


 侍女がマーグレー庭にバウナーを連れてやってきた。

「きたか」

 庭に集ったみなに緊張が走る。国一番の猛者を相手にするためもあるだろうが、それならば対峙できぬ文官たちがそわそわし始めるのはおかしな話だ。
 ほとんどの文官たちは信仰対象である白竜はもちろん、眷属である聖獣ホラン・メルを見ることすら叶わない。

 クリスティアンとバウナーの対話が始まり、やがてバウナーは自身に下された罪状を聞かされると言葉を失った。

「弁解の言葉もないか……。兵よ」
「陛下! 私は反逆しようなどとは少しも」

 叫んだバウナーに兵たちが四方から長槍をつきつけた。レイダンも声を張り上げた。

「反逆者バウナー・メルデ・ハリッシュ!! そのまま後ろに下がれ!!」

 本来であれば、苦悶の表情の1つも浮かべてもなんらおかしくはないが、レイダンは意図せず陰湿な笑みを浮かべていた。
 この時ばかりはレイダンは1人の不信心な英雄を認めない新王クリスティアンの忠実な兵であり、一時的とはいえ、卑劣なやり方ではあるが、かつて一度たりとも倒せなかった人物を負かした瞬間だった。純粋な歓喜であり、やがて訪れるであろう、<金の黎明>の正当な栄誉を喜ぶ一七騎士だった。

 事の経緯、執行への運びの背景が分からなかったためだろうか、それとも副党首が寝返ったとでも見たのか。
 バウナーはろくに言葉を発さなかったが、その間も召喚士により執行の準備は着々と進められていった。

 ――そうして構築された召喚陣によって現れたのは、二対の翼を生やした双頭の白い蛇竜だ。

 ホラン・メル。白竜の眷属の1柱であり、王都の聖廟を守るために遣わされた聖獣である。

 文官たちが気圧され、あるいは信仰心を刺激されて震え、頭を垂れ、膝をついていくなか、レイダンもまたホラン・メルの存在感に打ち震えた。
 日頃からバウナーの傍にいて竜の威圧ドラゴニック・ダンにも慣れていたレイダンだったが、“本物”の威圧はバウナーの威圧やハガルシンカーの比ではなかった。

 レイダンは指の1本も動かせないまま、白竜の眷属の威光に震え、毛という毛が総毛だつまま、そして魅入った。
 魔物という存在は人類にあだなす邪なる存在であると区分けがされ、では「ある理由により人類に牙をむくこともある七竜の眷属たちは魔物ではないのか?」といった信徒からすこぶる顰蹙を買う論題が持ち上がったことがあるのをレイダンは見知っているが、ホラン・メルには他者を害する圧が一切なかった。

 魔力の質のなかでも攻撃的でない聖浄魔法由来の魔力であるのも影響しているだろう、圧倒的な魔力圧は、およそ敵わない者、つまり力量の差がある者にとっては嫌悪感を催され、怒涛の疲弊を感じさせるものだが、ホラン・メルの魔力波にはそのようなものがない。
 ただひたすら圧倒的な、そして濃密すぎる魔力だった。つまり、何のよどみのない完成された魔力波であり――大陸の覇者たる、または父あるいは母たる者の絶大な慈悲だった。すなわち……庇護者白竜の威光である。このような膨大な量の魔力が他者に悪影響を与えないことは元来あり得ないことだ。

 レイダンは畏敬の念のままに震えたように膝をついて、みなと同じように頭を垂れた。

(ホラン・メル様。白竜様……私の浅はかな私欲をお許しください)

 そうしてレイダンは告解していた。己の愛のため、国と白竜教を投げ出す覚悟をした愚かな行いを恥じた。己の愛については恥じていない。しかし、敵国ではないとはいえ忠誠を誓った国から誰にも告げずに出奔するのだ、自分の後のアマリアでの評価は愚かな党首として歴史から抹消されるだろう。
 そして決断もできた。自分は白竜の僕として、相応しくないのだとして。国を出る前に白竜の威光の一端に触れることができ、感謝した。自分が長年崇めた白竜は心服するに足る存在だったのだと知ることができて。

「――召喚士よ! ただちに執行せよ!」

 やがてクリスティアンが声を張り上げた。
 レイダンはすみやかに立ち上がり、ホラン・メルを見て固まっているバウナーを見、己のすべきことに神経を集中させた。

 この場に迸っていた圧倒的な魔力に変化があり、レイダンは再び聖獣を見た。聖獣は口を開けていた。口周りに魔素が急速的に集まっていき、喉奥にできた白い光の色味が濃くなっていく。まるで石のような膨大な密度の魔力だ。殺気がないのがほとほと不思議だが、おそらくブレスだろう、やる気だ。
 レイダンは先行きを予想し、バウナーに目を留めた。バウナーは膝をつき、項垂れ、目をつむっていた。死を受け入れるようだ。

 レイダンはバウナーの最期――<竜の去った地>での幸福を願った。

 どうであれ、バウナーは純粋な人物だった。敬虔であればなおよいが、魂が純粋な者はかの地での安息を約束されている。
 果たして眷属により葬られた者が安息を手に入れられるのだろうか? ……いや。レイダンは自然と否定していた。きっと、大丈夫だと。バウナーはただ古竜の血により不幸だっただけだ。そのような者を、ただ境遇により不遇だった者を、かの安息の地で受け入れないはずはないと。白竜の慈悲が魂を穢すわけがないと。

 ――やがて穿たれた白いブレスはバウナーを焼き尽くした。

「――バウナー様!!」

 ……かと思ったが、あろうことかブレスは“見えない壁”により阻まれていた。聞き覚えのある声だった。

 そして、断末魔。

「あ゛、あ゛、あ゛ああ、あぁぁ、ぁっっ!!!」
「バッシュ!?」

(バッシュ!?)

 庭が混乱に陥るなか、見えない壁が見知った人物に変貌した。
 バウナーが叫んだままに従士のバッシュだった。魔法で姿を消していたようだが……あっという間にブレスは止み、バッシュは白く焦げた肉塊になって倒れた。魔法処置を施したメキラ鋼の鎧は溶鉄のようになった挙句、ほとんどが蒸発し、なくなっていた。

 ブレスの圧巻の威力に思考が囚われ、白竜の威光に息を呑み、恐怖色に染められるなか、レイダンは予想外の展開となった事の次第を把握しようとした。

 バッシュは魔法はほとんど使えない。当然、《消散バニッシュ》も使えない。

(……魔道具か!)

「召喚士! もう一度だ!」

 クリスティアンの声により召喚士が呪文を唱え始め、ホラン・メルも再びブレスの準備を始めた。
 バウナーを急ぎ見るが、バウナーはバッシュであった白い塊を唖然と眺めていた。レイダンはバッシュが魔道具で姿を消し、バウナーをかばった事実は把握したものの、バウナーと同様何をすることもできず、半ば放心して事の成り行きを眺めているだけだった。

 何ができるというのか? あのブレスを前にして?
 出ていったところで無駄死にするだけだ。

 やがて無情にもブレスは発射された。
 しかしバウナーは直前で姿を消し、――ブレスは直線状にあったブナの木を消失させただけだった。

 さすがに二度目のブレス、不測の事態とあって、レイダンはバウナーを捕らえるべく辺りに視線を這わせた。だが、バウナーの姿はない。

「王よ! おそらく《消散》の魔道具です!!」
「さ、探せ! 探してもう一度ブレスだ!」
「ブレスはおそらくもう……」
「何でもいい! 誰かバウナーを捕えろ!!」

 老学匠とクリスティアンのやり取りがあり、すぐさまゾフィアが飛び出した。
 ゾフィアはバウナーのいた辺りに槍をやみくもに振り回したが、槍にバウナーが当たった様子はなかった。

 しばらくしてレイダンはようやく己がすべきことを理解した。

「バウナーを探すぞ!! クバ! フベルト! パヴェル! 来い!! 他の者もだ!!」


 城の中はいったんゾフィアたちに任せ、レイダンたち<金の黎明>と兵士たちは先を見据えて城下を探し回った。

「レイダン! ゴドーの馬小屋はどうだ??」

 後ろからのクバの言葉にレイダンはその可能性は高そうだと踏んだ。
 アリーゴドはバウナーの馬番だ。現在は単なる馬番だが、バッシュがつくまでは従士をしていた。バウナーが救った愚鈍な男であり、今のような追われる立場となってもバッシュの側につくだろう。

「ゴドーの小屋に向かうぞ!!」

 レイダンたちは馬小屋に向かった。
 しかし馬小屋にはアリーゴドの姿はなく、バウナーもいない。馬もなかった。

「……逃げられたか?」

 馬小屋を軽く探っていると、フベルトが干し草の山の中にバウナーの着ていた武具を見つけた。

「……宝剣レグルスもあるな。ゴドーの線は当たりらしい」
「ああ。追うぞ。……そこのお前。お前は宝剣と武具を陛下に返還しろ」
「はっ!」

 ついてきていた党員でない2人の兵士のうち1人に武具は任せ、レイダンたちは門を張るべく馬を走らせた。

 西の門に着いたが、バウナーもゴドーの姿もなかった。
 当然のように困惑されたが、門番にバウナーがいたら捕縛するよう伝え、レイダンたちは別の門に向かうことにした。

 別の門に向かうべく、馬を走らせる時。
 視界にどこかで見たような丸い小男の背中があった気がした。鹿毛の馬にしてもそうだった。

 だが、レイダンは振り返らずに馬を走らせた。

(ゴドー。バウナー様と一緒なのか? もしそうなら……逃げろよ)


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