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10-10 紅花の槍


 楽団の集金活動の様子をしばらく眺めていると、兵士たちがウルナイ像に向かってきているのに気付く。なんだ?

 集ってきた兵士たちの中にはさきほどベルナートさんとアレクサンドラたちが出迎えたバーデュゴ子爵夫人の女兵士たちがいた。
 また、ベルナートさんやアレクサンドラの他、アバンストさんとティボルさんもいる。結構重要事項か?

 アバンストさんが像の前に立った。

「みな! 少し話があるから聞いてくれ。バーデュゴ家の者からだ」

 残った観衆がバーデュゴ家についての素性を話す中、アバンストさんは一歩引き、ベルナートさんと話していた女騎士――イルメラさんが前に立った。

「私はバーデュゴ子爵家所属の騎士団『紅花の花』の団長イルメラ・バルリングだ。今回はこの場を借りて、我が当主であるレヴェンテ・イル・バーデュゴ子爵の要件を伝えたく思う」

 出会った時は冑を被っていたし、遠目だったしであまり分からなかったが、イルメラさんは結構な金髪美女だ。
 堂々としたいで立ち、凛々しめの整った顔立ちを覆ううねる長髪、広場にいる全員にしっかり届きそうな威勢のいい声。彼女は実にリーダーらしい要素ばかりを持っているように見えるが、ただ左頬には大きめの切り傷があり、性別を捨てて戦場に立つ者が向きあった酷薄な現実と生々しさもある。ちなみにレベル35で、37歳らしい。

 要件ってなんだろうな、という囁き声があり、また兵募じゃないかという声も聞こえてくる。“また”。

「当家は王侯貴族であらせられるディーター伯爵の命により、セティシア兵増員の任を仰せつかっている」

 ディーター伯爵が関わっているらしいがみんなが察しているように兵募らしい。

「セティシアはあなた方ケプラの民も知っての通り、街を守るはずのセティシア兵団が壊滅し、攻略者たちもこぞってやられてしまった。現在は風騎兵長ストームライダー魔導賢人ソーサレスの部隊が駐在し、各地からも兵士をかき集めている状態だが、情勢はセティシアばかりに兵を割ける状態でもない。かといって以前のような敗戦を喫するわけにはいかない。 我々オルフェ民のアマリアへの報復はまだ少しも終わっていないからだ! ……ゆえに貴殿らの中から1人でも戦ってくれる者が出て欲しいとディーター伯爵や我が主はお考えだ! もし勇敢な者があれば、ぜひセティシアに兵士として赴き、その勇気と果敢さを発揮してほしい。共に戦ってくれる者にはその勇気に相応しい給料が支払われることになっている。無銭で戦ってくれと言っているわけではないからな、そこは安心していいぞ! ……貴殿らと共に戦えるのを心より願っている」

 イルメラさんは最後は胸に手を当てて一礼し、下がった。
 誠実かつ迫力のある演説で、かつてのアバンストさんの演説のように心がじゅうぶん揺さぶられる内容だったが、セティシアは兵士の増員に関して結構逼迫しているようだ。

 続いてアバンストさんが前に出た。

「イルメラ殿の話の通りだ! 彼女はこれからセティシアに向かうため我々騎士団に言付でもいいからな。賛同し、一緒に戦ってくれる者が実力者だと嬉しいが、実力者でない場合はまずは我が騎士団の軍門を叩いて欲しい。一門の戦士にすることを約束するぞ! 今は槍闘士スティンガーの方々もおられるからな。説得力はあるだろう」

 同意の内容を中心に囁き声が交わされる中、1人の屈強な青年が2人の前に行く。お?
 彼は「俺は戦うぞ! 俺は攻略者ランク2だったんだ」と2人の前で宣言した。過去形らしいがランク2か。レベル20前後か? 戦闘経験があるならまあじゅうぶんじゃないか?

「ありがたい。君のような勇敢な者は何人でも大歓迎だ」

 イルメラさんは彼と握手をした。アバンストさんもイルメラさんの言葉と彼の勇気をたたえる様子に満足気に頷いた。
 イルメラさんとアバンストさんの2人は鎧姿で、青年は普通に庶民服だが体格もいいし、戦士を迎える図としてなかなか映える絵だ。

「アバンストも大変だのう」
「まあ、団長だしね」
「団長か。そうだの」

 次いでもう1人青年が現れ、彼は攻略者ではないが、ヘンジルータ出身で狩人としては自信があると宣言。射手ゲットか。
 しばらく間があったが、結局名乗り出たのは2人だった。意外と少ないことに無念さは否めない。もうめぼしい人材は既にあらかた行ってるのかもしれないが。

 戦果は増えないまま広場からは人が少しずつ掃けていく中、見慣れた人物が像の付近に現れた。
 ジョーラとハリィ君だ。ディディーもいる。おや。「ジョーラ様だ」と騒ぎ始める観衆。

 そんなところで俺は、ジョーラは輪郭がシャープで、イルメラさんより断然出るとこが出てるなと場違いな考察をした。演説にまるで心を打たれてないというか、内心で自分の若さやら性欲やらに呆れつつそれはさておき。
 ジョーラも演説をするんだろうか? 将軍や団長といった言葉の重みや威厳はイルメラさんに分がありそうだけども。

 ジョーラは単身像の前に立つと、パンパンと手を鳴らした。

「――みんな、イルメラやアバンストが言った通りだ! セティシアには兵士が足りない! 勇敢な奴がいたらセティシアでも騎士団でもいいからな、助勢を頼んだぞ!」

 ジョーラがそう叫んだ。ジョーラらしく演説にしては簡潔だ。だが観客は目の色を変えた。

「ジョーラ様、アマリア兵なんて皆殺しにしてくれよ!」
「ジョーラ様、頼むよ! 俺の兄貴が先の戦いで奴らに殺されたんだ!」
「私も主人が殺されたんです! この前結婚したばかりなのに!」

 1人目が叫んだのを皮切りに、ジョーラの周りにはいくらか人が群がり始め、報復を頼む声が次々と飛び交う。
 ジョーラパワーないし七星の強さを盛大に感じるところだが、唐突に現れた惨たらしい戦争の現実に俺は顔をしかめてしまった。彼らはさっきまで楽団の音楽や演技に無邪気に笑ってた人たちだ。

「任せとけ! だが、私も1人じゃできることに限りがあるからな? そこのところは分かってくれよ? 七星や七影の隊長も1人じゃたいしたことできないからな。戦争は基本的に数か作戦だ! アマリア軍が奸計を企て、数で攻め込み、成功させたようにな。……ま、そういうわけだからな。お前たちの力が必要なことは覚えておいてくれ。兵士になりたい奴はいつでも歓迎するぞ!」

 イルメラさんよりもラフな話し振りだったが、一気に4人も名乗り出る者があり、そこにはさっきまで俺たちと話していた傭兵の男性もいた。なかなか凛々しい雰囲気の女性もいた。ジョーラの影響でかすぎる。

「助かるぞ、お前たち」

 ジョーラもまた、イルメラさんと同じように名乗り出てきた者たちと握手を交わし、あるいは肩を叩いた。熱量は明らかにイルメラさんの兵募のときよりあったが、イルメラさんは満足気に頷いていたし、ディディーやアバンストさんも同様だ。
 客寄せパンダと言うには戦争目的だから言葉にあまりに重みがないが、数が必要なのは確かだしなぁと思う。

 しばらくしてさらに3人名乗り出た者がいた。七星パワーここに極まれりだったが、なかにはダータン男爵もいた。
 え、あんたも戦うのと思っていれば、彼は「資金提供者として戦うことは可能ですか?」と訊ねた。

「もちろんだ。アバンストやハリィと話してくれ。私は武芸以外はからきしだからな」

 そう肩をすくめて言いのけるジョーラに、ダータン男爵は分かりましたと慇懃に胸に手を当てた。

 しばらくなんとなく成り行きを見守っていると、やがてジョーラに見つかった。

「ダイチ! ――何してるんだ?」

 ジョーラは周囲を気にせずに俺たちのもとにやってきた。
 当然のようにジョーラたちに群がっていた人たちや俺たちの周りにいた人たちから視線が殺到する。もう少し周りを気にしてくれと半ば非難の心境になったのは言うまでもない。

「……や、楽団見てたんだよ」
「なかなか趣向の凝らしてある興味深い劇だったぞ」

 ふうんと、やはりというか俺ほどにはジョーラの挙動を気にしてない素振りのインにジョーラ。
 劇は見てなかったか。あれを劇と言えるのかは微妙だが、ジョーラは劇の類にはあまりハマらなさそうではある。

 近くにいた男女から同郷のお仲間かしら、じゃないか? といった会話が小耳に入る。ジョーラと姉妹だろう。
 人が多いので《聞き耳》はさすがに切ってるが、この手の話題が多くなっているのは推測するまでもない。

「兵士結構集まったね」

 とりあえず話題をふった。逃げられないし。

「使えるのがどれくらいかってところさ。給料も高くしてあるし、各地で呼びかけてるからそのうち数は集まるだろうね。そういえば旅の準備は進んでるかい?」
「だいたい終わったかな。あとは馬車に荷物を積むだけ……いや、あとポーションとかエーテルの買い出しだけだね」

 脳裏にアレクサンドラと話をすることも浮かぶが、口をつむぐ。
 ジョーラはそうかいとうんうん頷いた。

「セティシアの現状って結構悪いの?」
「悪いね。あたしらもセティシアにはちょいちょい行くことになるが、常駐の七星が2部隊だけじゃ正直な。同じ手勢でまた突っ込んでくるとは思えないが、してこないとも言えない」

 ふむ。

「同時襲撃を成功させた相手だしね」
「ああ。ただ、大剣闘士ウォーリアー剣聖セイバーの部隊がトルスクを押さえたんたが、懸念材料はむしろそっちだ。トルスク周辺には魔聖マギの魔導士や聖神官ハイプリーストの部隊含めて400人近く兵を駐屯させているんだが、アマリア側には目立った動きがなくてね。不気味だよ」

 400人か。規模的にどうなんだろうな。比較対象が史実の歴史的大戦ばかりで、多いのか少ないのかいまいちわからない。数だけなら比較にならないほど少ないんだが。

「和睦は結ばんのか?」

 ジョーラはさてね、とインに肩をすくめた。

「和睦を結ぶにしてはあたしらオルフェの被害が大きすぎる。こっちは都市を2つも壊滅させられたんだからね。セティシアの方は被害は兵士と攻略者が大半で半壊だが」

 確かに……。

「今和睦を結ぶってんなら、七星王はただちに愚王呼ばわりさ。どういう条件でもね。あたしらも納得しないよ」

 ジョーラは手のひらに拳をやって、威勢よく鼻を鳴らした。その通りだと言う、周囲からのいくつかの怒ったような声。

「あたしは殺戮は好まないが、七騎士の党首を1人くらいは引きずりおろさないと気が済まないところだね。黒の黎明なら嬉しいんだが」

 黒の黎明になにかあるのかと聞けば、黒の黎明の党首とは一度戦ったことがあり、決着がつかなかった相手だという。

「あたしと同じ槍使いでね、お互い神級法具アーティファクト持ちで実力も同じくらいだったのさ。……最近体がうずうずしてね。なんか調子いいんだよ。体も軽いし、槍撃も鋭くてね。今奴と戦っても負ける気がしないよ」

 頼もしい話だと思ったが、調子がいい理由に検討がついて何とも言えない気分になる。
 眷属化だ。レベルが5も上がったし、そりゃ調子もいいと感じるだろう。この分だとレベルが上がったことについてはまだ分かってないようだけども。

 と、そんなところでイルメラさんがやってきた。

 イルメラさんはちらりと俺に視線を寄せ、ニコリと柔和な表情をつくったかと思うと、「ジョーラ様。さきほどはありがとうございました」と一転して真面目な顔になりジョーラに礼を言った。

「なにがだい?」
「徴兵を助けていただいて。ジョーラ様のおかげで我が主の命も果たせましたので」

 真摯に胸に手を当てたイルメラさんに、ジョーラは片眉をあげて小首を傾げた。

「あんたの時にも名乗り出てきた者がいたじゃないか。最初に出てきた奴は頼もしいぞ」
「そうではありますが。ジョーラ様が口添えしたおかげでずいぶん増えましたので」

 イルメラさんはいくぶん苦い顔をしてそう説明した。ああ、と目を見開いて納得するジョーラ。
 微妙にかみ合ってないな。ジョーラらしいけど。

「別に気にしなくていいよ。あんたのところの当主もだけど、セティシアの増員はみなの総意だからね。誰が関わろうと、勇敢な兵士が増えればそれでいいのさ」

 イルメラさんはにこやかに、確かに仰る通りですね、と納得した。
 立場の差もあるんだろうけど、ここはジョーラが上手か。

「ま、ダイチに敵う奴はいないだろうけどねぇ」

 と、ジョーラは唐突に機嫌よく俺の話題を振った。え?

「……と言いますと」

 たちまちイルメラさんから俺にあからさまなものではないが怪訝な視線が注がれる。
 冗談にするよな? だがジョーラは俺の焦りとは裏腹に冗談風を吹かせることもなく言葉の通りさ、と続けた。

「少し離れな。ダイチ、ちょっと防御しておくれよ」
「え、――」

 ジョーラは突然何を思ったのかファイティングポーズになり――やがて俺の顔面向けてジャブを放ってきた。
 首を振ってもちろん避ける。ジャブと言っても手刀だ。ちょ、ちょっと? 目くり抜く気かよ??

 察しがいいというかインは姉妹の腕を引っ張ってすぐに下がったようなのでその辺は安心だったが、ジョーラは数発のジャブのあと、今度は顔へ目掛けて回し蹴りを遠慮なく見舞ってきた。

 手の甲でカバーしたが、蹴りは人の多いこの場に似つかわしくない、ずいぶん強烈で速さもじゅうぶんな一撃だった。

 バシィッ! と盛大な音が周囲に響き渡る。

「――な?」

 ジョーラはそう言って足をあげたままイルメラさんに同意を求めた。

「な? じゃないよ……」

 足を手で押しのける。俺もイルメラさんを見れば、彼女は口を半ば開け、ジョーラにも反応せずに驚愕に目を見開いていた。
 よくある反応だが、周囲も静まっている。ああ……。

 騎士団の面々も驚いていた。アバンストさんはジョーラと手合わせをしていることは察したものだったが、実際に見せるのは始めてだ。

「くうぅ~~。やっぱりダイチが相手だとたぎるねぇ! 結構気合入れた蹴りだったんだがねぇ!」

 ジョーラは興奮を隠さずに両手の握りこぶしをつくったかと思うと、俺の後ろにまわってきて抱き着いてくる。
 さっきからなんなんだ? 隠してるの意味なくなったじゃないか……。

 周囲から「あの子何者だ?」「ジョーラ様の攻撃を……?」「手加減してたんだろ」「すごい音してたが……」といった声。ジョーラは俺たちが目立つの嫌いだって忘れてないよな?
 騎士団やイルメラさんの団の人たちからも視線があることに気付く。結構大きな音だったからな。思わずため息をつく。

「その少年は……」
「ダイチさ。あっちは妹のイン。どっちもやり手だよ。実力はさっき見せた通りさ。ダークエルフの2人はディアラとヘルミラで2人の従者さ」

 と、ジョーラはさらっと俺たちの自己紹介を終えた。インたちが戻ってくる。

 イルメラさんはジョーラの紹介によりインや姉妹へ視線を動かしたあと俺のところで再び止まった。
 彼女はしばらくの間、眉をひそめ、通例の俺の容姿から実力を探ろうと俺の体中に視線を這わせていたが、やがて胸に手を当てて名乗った。

「私はレヴェンテ・イル・バーデュゴ子爵の騎士団『紅花の槍』の団長イルメラ・バルリングです。お見知りおきを」

 声音は穏やかだった。表情も緩めている。何かを察したのかは知らないが、一応この場に順応したらしい。37歳団長だしな。

 思えば少し若いワリド団長だ。ワリド団長ほどには世間に揉まれてなさそうな感じだが気質は実直そうだし、似ているような気もしてくる。そう思うと、友人が性別を変えて生き返ったということで喜ぶ気分に半ばなる。
 さっきも聞いたから知ってはいるのだが、俺も「ダイチ・タナカです。あとはさっきジョーラが紹介した通りです」と軽く自己紹介した。

 イルメラさんは表情を緩めていたままに、

「あちらにいる団員がカーミタ、エーディト、ティアナです。カーミタには副団長を任せています」

 と、続いて団員たちを律儀に説明してくる。自分たちについて話されているのを察したのか、3人とも軽く頭を下げた。
 そうしてアバンストさんとなにやら言葉をかわしたあと、3人ともこっちにやってきた。

 アレクサンドラが見ているのに気付く。俺はつい視線を逸らした。ジョーラはいまだに抱き着いたままだったので、腕を解いて離れた。
 誤解されたとしても俺の考えているような代物ではないんだろうなと推測ができて自虐的な気分になる。インから平民だから金をやればすむ云々の愛が身分の差を超えないリアルな話をしたためもあっただろう。

 やってきた彼女たちは3人ともなかなか顔立ちが整っていたし、個性もあったが、なんというか、怖いくらいの圧がある。また、独特の近寄りづらさもあった。
 傭兵や攻略者なんかの女戦士たちにはあった傲慢さやしたたかさがにじみ出ている類の近寄り難さではなく、立場のある兵士たちがたまに持っている庶民を見下している雰囲気からくる近寄り難さだ。ただ、凛とした、悪く言えばお高くとまっている雰囲気もあり、自制心はありそうだし、なにより“姿勢が良い”。同じく女兵士のアレクサンドラとの違いは貴族に仕えているかどうかなんだろうなと察してみた。

 あと、いまさらもいまさらだが、彼女たちは金属の鎧がよく似合っていた。
 鎧に似合う似合わないがあるとか――いや、あることはあるんだろうけど――新鮮な発見だ。

「副団長のカーミタです」
「エーディトです」
「ティアナです」

 各々、簡潔に紹介される。何も返さないのもあれかと思い、俺も自分たちのことをもう一度自己紹介した。
 インがなにか言いたげに見てきていた。自己紹介ばかりだって言いたいのか? 俺にはこの場をどうしたらいいか分からないよ。

「さきほどの彼の防御は……」

 気にかかったのか、カーミタさんがジョーラにそう口にした。

「ん? あたしは別に手は抜いてないよ。まあ、スキルは使ってないけどね。使っても結果は一緒だろうさ」

 途端にカーミタさんから睨むような視線が注がれる。他の2人からも。怖い怖い。

 ふと、カーミタさんの顔立ちが誰かと被った。誰だろうかと一考してみると、浮かんだのはイドニアだった。フィッタで助けた女性の1人だ。
 もっとも彼女はこんなに怖いくらいの圧は持たなかったけど。アレクサンドラもそんなところはあるが、軍人になると性別、とくに女性性がなくなるのはほんとらしい。

「縁があったら一緒に戦ってたかもしれないけどね。ダイチはオルフェを発つからな」

 そうなのですか? とイルメラさん。あらかた説明するのか?

「ああ。この子らの里にね――」

 やはり始まってしまった説明が一区切りついた時、インが「ダイチ、残りの用事はよいのか?」と聞いてくる。
 この質問により、俺たちはようやくジョーラたちから開放されることになった。別に疲れてはいないんだが、なんだか疲れたやり取りだった。主にカミングアウトしたジョーラのせいだったのは言うまでもない。

 俺たちは始終誰かしらの視線を浴びていたし、なかには件の捜索願いの兄妹だとあたりをつけていた勘のいい人もいたものだった。
 ハリィ君がせっかく周到に隠してくれていたのに台無しだ。この調子だともしケプラにまだいた場合、そのうちに俺はすっかり有名人になっていたかもしれない。ただでさえインがちょいちょい暴露しているというのに。

 ちなみにハリィ君やディディーはなぜか来なかった。来れば楽になっただろうにと話が終わってから気付いた。

 ウルナイ像から離れていく時、

『ジョーラは眷属候補だが、……ちと愚直すぎるかもしれんな。悪いものではないんだが』

 と、インは念話でそんな感想を述べた。まあ、うん。

 完璧な人なんていないよ、と一応擁護しておくと、インは片眉をあげて意味ありげに見上げてきたかと思うとため息をついた。
 こいつもこいつだと思われてそうなため息だったので、俺もまたため息をついた。こいつもこいつだと思ってくる当人が、自分も俺の気疲れの原因の1つだって気付いてないことについて。


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