カメラやレンズをカビから守る
はじめに
皆様ご機嫌よう、うにょーんです。
今回は光学機器の保管を行う上での原則に立ち返ってみる。
まずカビとは何なのか
カビがどうこうと論じる前に、まず光学機器に於いてカビとはどのような物かを書く。といっても、植物学的な解説は不要であるから、その発生のメカニズムに重点を置く。
まずカビは菌であるから胞子をばら撒く事でもって繁殖する。では胞子から光学機器を遠ざければ良いかというとそうはいかない。古い研究であるものの、手島安太郎氏は「光学器械のレンズ面に発生する糸状菌及び其予防法」においてガラス面に付着したカビ菌の殆どが空気中の常在菌であるコウジカビ(Aspergillus)またはアオカビ(Penicillium)とその変種や雑種の類であると指摘している。東京都保険医療局のwebページ「食品衛生の森」によれば、どちらも埃、土壌中など環境中に広く分布していると指摘しており、撮影環境、保存環境どちらからも完全な隔絶は不可能に近いと考えられる。
また、加藤正博氏、今田勝美氏らは「カビと写真」においてカビ菌というのは僅かでも栄養があるところであれば付着し、ガラスや金属であっても適度の温度と湿度に恵まれれば盛んに繁殖すると指摘している。いやガラスは無機物だから栄養は無いだろう、と思われる方もいるだろうが、これには杉江重誠氏の「ガラスの黴に就て」が分かり易い。以下肝要な点を旧字体を直した上で引用する。
カビがレンズを分解してどうこう、と読むとどうも想像しにくいが、オールドレンズファンの方ならカメラ店やオークションの説明欄で「カビ除去跡あり」など見聞きしたことがあるだろう。この「跡」こそがカビが無機物たるガラスやその表面のコーティングを分解した証拠である。
つまるところ、光学機器にとってカビというのはカメラを扱うどの環境においても胞子から逃れる事の出来ない存在で、無機物たるガラス上にあっても定着し、その表面を溶かして蔓延するものである。
保管の実際
では実際、光学機器をカビから守るにはどの様にするべきか。まずもって肝要なのが乾拭きである。
というのも、ガラスにカビが生えるといってもカビが好き好んでガラスに寄っていく訳ではない。先ほども取り上げた「ガラスの黴に就て」にて、杉江氏は貯蔵中の窓ガラスに自然に生えるカビは極めて稀な例であり、その殆どはガラスに付着した有機質栄養物に寄生したカビが蔓延した結果であると指摘している。
これを踏まえた上で光学機器、特にカメラや双眼鏡について改めて考えると、ボディやレンズ鏡胴には多量の手垢が付着していることは想像に容易い。これではカビを誘引してしまうだろう。また、1900年代初期の製品や独自にカスタム等をして張革に本革を使用している場合は、この革に汗や水分を含んでいるとも考えられるから、これもまたカビを誘引するだけでなく、サビの要因にもなり得る。十分なケアが必要になるだろう。
次に光学レンズや保護フィルターに付着した汚れや持ち運び中の温度変化による水滴の付着によってできた水垢等もカビを誘引するから取り除かなければならない。この場合、無水エタノールやレンズクリーナー等で清掃する事である程度の除菌効果が得られる。但し、ガラス面に塗布する都合上どちらも揮発し易いまま使用することから除菌効果にあまり期待する事は出来ないだろう。
また、カメラや双眼鏡などはストラップ等を取り付けて首から下げる事も多いが、保管時に取り外すのが面倒臭いからとそのままにしていると、汗がしみ込んだストラップがカビを誘引するだろう。
特に、場所が惜しいからとストラップをカメラや鏡胴に巻いて仕舞うのは問題になる。
次に温湿度に関して述べなければならない。
価格.comやビックカメラに於いては40%~50%が光学機器に最適な湿度であると述べられており、この数字がある種業界の常識となっている。但し、この数字の根拠を示したページを見つける事が出来なかったため、これに関する研究資料を調べた。
大槻虎男氏は「硝子のかびの研究」においてコウジカビ(Aspergillus)の菌発芽と温度及び湿度の関係について記録を残している。
また、文部科学省が博物館向けに公開しているカビ対策マニュアルではカビの活動を考える上で水分活性(Water Activity、Aw)を考慮するべきであると指摘したうえで下記の様に指摘している。
これら2つの資料が示す結果に民生測定器の誤差や手垢等のイレギュラーを考えれば、上記の業界常識である40%~50%という数字の根拠足りうるものであると考える。
これらを踏まえた上で保管について述べる。
今現在、(2024年10月)最も普及している保管方法はタッパーに除湿剤や防カビ剤を入れて保管するというものであるように思う。
これは安価で簡易な方法ながら、湿度と防虫に特に強く、温度に関してもある程度の範囲内の変動に収める事が出来る。特に拘りが無いのであればこの方法を勧める。
次に進めるのが防湿庫で、これは高価かつ電源が要る為に設置場所を選ぶので積極的に採用するほどのものではないが、何度も開閉してもある程度湿度を保ってくれるので毎日機材を使う人や大量の機材を管理しなければならない方には最適だろう。
また、個人の感性にもよるが見た目が格好良いというのがある。正直に言うと、私が防湿庫を購入した理由は100%見た目だ。
逆に進める事が出来ないのが空調環境下での剥き身保管だ。昨今では酷暑やエアコンの省エネ化、スマートフォンを介したON/OFFが容易に出来る様になったこともあり、エアコンや除湿器などを常時つけっぱなしにする家庭も増えてきている。25℃で湿度45%前後となればレンズだけでなく人間にも快適な温湿度帯だ。この環境であれば特別な保管環境は不要では?という意見は確かに合理的に思える。
しかし、文部科学省のカビ対策マニュアルでは、建物の中では、外気の温湿度の変動が大幅に緩和され夏季でも数値的にはカビが発生しにくい環境になっているとしながらも、これはあくまでも空気の循環の良い場所のことであり、空気が滞留している場所では、局部的に固有の温湿度環境(マイクロクライメート)が形成されると指摘している。
これらのことを踏まえれば、タッパー保管というコストパフォーマンスに優れた保管方法があるのにも関わらず剥き身で保管するメリットは殆どないどころか、虫害や不慮の墜落などカビ以外のリスクも増える。このためにリスクのある室内での剥き身保管は推奨出来ない。
まとめ
以上、光学機器の保管について述べた。何かの参考になれば幸いである。
参考文献
東京都保険医療局「食品衛生の森」(2024年10月4日閲覧)
文部科学省 カビ対策マニュアル 基礎編/実践編(2024年10月4日閲覧)
手島安太郎「光學器械のレンズ面に發生する絲状菌及び其豫防法」(日本医療機器学会『医科器械学雑誌』11巻11号、1934年)
加藤正博、今田勝美「カビと写真」(日本写真学会『日本写真学会誌』51巻4号、1988年)
杉江重誠「ガラスの黴に就て」(窯工會『大日本窯業協會雑誌』51巻606号、1943年)
大槻虎男「硝子のかびの研究」(応用物理学会『応用物理』1943年12巻8号、1943年)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?