緊急搬送。
ドカ弁とちゃっかりを送り出し、ようやく一息つこうとしたそのとき実家からの電話が鳴った。
「なんやフラフラするから病院連れて行ってくれるか・・・」
弱々しい父の声である。
慌てて病院に連れて行った結果、軽い熱中症という診断であった。
そういえば思い当たることがあることに気がついた。
前日の夕方嬉しげに父が我が家にやってきていたのだ。
「uni!これ見てみー!なんと!100円のズボン!!」
またわからんことを言い出した。やれやれである。
聞いてみれば、自転車で30分かけ、ひと駅先のレンタルショップまで演歌のCDの新曲を借りに行った帰り道に大型洋品店の前を通りかかり、立ち寄ったのだそうだ。
洋品店がセールをやっており、選り抜きの2本のパンツをGETしたと興奮気味に話す父。
いきなり履いているパンツを脱ぎ、お得にGETしたとかいうパンツに履き替え、お披露目を始めたのである。
やはり自由人のやることはひと味違う。
しかしよく見てみると足元が松の廊下である。
「ちょっと!裾が切りっぱなしやん。お直ししてもらってないの?」
「それがな、100円で売ってるのと1000円で売ってるの買ってんけど、1000円のほうは裾のサイズがちゃんと合うようにしてあんねんけど、100円のほうは裾上げに1000円かかるらしいから、頼まへんかったんや!」
安物に飛びついたはいいが、松の廊下状態のパンツの裾直しは一体誰がやるのだ?
「uni!これ100均で買ってきたから裾切って直して!」
そう言って手渡してきたのが裾上げかんたんのアイロンテープである。
100円ショップで3つも買ってきているのである。
「そんなん使ってやってもすぐ外れてくるやん!適当にしかできひんけどやってあげるわ!」
結局私がお得な100円パンツの裾直しをする羽目になったのである。
裾直しが仕上がったころに今度は母がやってきた。
毎度こうした自由ぶりをやらかす父に、母がひどく怒るので、娘の私が叱られないようにしてやらなければうるさくてかなわんのである。
いつもは熱中症を気遣ってお茶やアイスコーヒーを真っ先におくれという父がお買い得パンツのファッションショー兼母には内緒の裾直し依頼に夢中だったせいで、水分補給を忘れ、私もそれにまったく気づかず、父はこの暑い中30分自転車を漕ぎ、ついでに狭い更衣室で何度もお気に入りのパンツを見つけるために試着を繰り返したのち、水分補給をせずに過ごしていたというわけである。
体内に溜まった熱は翌朝になり脱水症状を引き起こしたのであった。
「お父さん!もう伊達ばっかりこかんと水分補給してゆっくり寝ときよ!」
病院帰りに我が家に立ち寄り、休憩させながらこんこんと言う私と母にむかって、「はぁ。わかった。」などと間抜けな返事をしながらソファーに座ろうとする父。
「フー・・・ファっ!」
なにやら大きなため息をつくではないか。
何事!?
父の方を見てみた。
ソファーに腰を下ろす瞬間、お腹に力を入れて座ろうとしているのである。
お得なパンツは若者向けの細身パンツで見た目はかっこいい。
しかしウエスト、足回りはやはり窮屈で年輩の体型には厳しそうなのである。お腹を引っ込めて座らないとズボンが破れる可能性があるのを心配し、気合いを入れてお腹に力を入れたようなのだ。
「お父さん!その新しいズボン脱いで横になってみたら?苦しいんちゃう?」
「そうやなー。ちょっと脱がしてもらおかのー。」
ズボンを脱いで和室に横になり、扇風機を当てると具合が良くなってきたという父。伊達をこきたいがために命の危機とは笑い事ではない。
100円でお買い得パンツを買ったはいいが、300円の裾上げテープ代に加えて病院代、薬代、大量のスポーツドリンクを合わせると2000円以上の追加料金を支払う羽目になった。
「安物買いの銭失い」
このことわざを体を張ってまで実践したのはやはり我が父、その人であった。
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