夫離れ。
『お母さんは子離れは出来た。だけど夫離れが出来ていないんだよ。』
病院の待合室でそんな声が聞こえてきたのだった。
娘さんとご両親かと思ったが、話の流れから付き添いのヘルパーさんと老夫婦という組み合わせであることがわかった。
私と同じくらいの年齢の女性ヘルパーである。
その彼女から見て、奥さんの方が非常に疲れていると感じること、毎日でなくてもいいからデイサービスを利用して、奥さんも休まなければ、「このままでは夫婦2人で共倒れになるよ。」と熱心に説得にかかっているようであった。
旦那さんはどうやら大腸がんの結果、人工肛門をつけているらしく、足腰が弱ってきているために、その交換を奥さんがしてあげているようである。
「他人様にやってもらうなんてそんなのは結構ですよ。妻の私が付いているんですから。」
奥さんの言い分はこういうことであり、自分たちのことは出来る限り自分たちでやっていこうという毅然とした姿勢でいらっしゃるのだ。
『でもね、お母さんももう歳なんですよ。いつまでも若い時みたいにテキパキ動ける年齢じゃなくなってきているんですよ。交換するときに上手く処理できないと衛生的にもよくないし、感染症になるかもしれないんですよ。』
このヘルパーさんの物の言い方。なんだか無性に腹立たしく感じてしまった。
なにも病院の待合室中に聞こえる大声で、こんなプライベートな家庭の事情を喋らなくてもいいやないの!
奥さんに強い調子で説得を続ける女性ヘルパーの横で小さくなっている旦那さんをじっと見ていると、膝の上に置いていた手をギュッと握りしめながらうつむいている。
妻に下の世話をかけていることをたくさんの人の前で公表されているようなものなのだから夫として、男としてとても恥ずかしいはずなのだ。
このヘルパーさんはプロとして失格なのではないのか?
私の方がなんだかいたたまれない気持ちになってしまい、うなだれる老夫婦を気の毒に思っていると、この女性ヘルパーは奥さんに向かってさらにこんな言葉をすごい勢いで言い放ったのである。
『妻と夫がいつも一緒にいなければいけないなんておかしいんですよ。そういうのを共依存っていうの。私も夫と普段は離れてますよ。単身赴任なんでね!いつも一緒にいなければいけない夫婦なんておかしいよ。お互いがお互いの時間を持つ。それが普通の夫婦なんですよ。お母さんたちも今まで長い間介護保険かけてきたんでしょ!?順番がきたら他人に頼ったらいいんです。私たちはプロなんですから。仕事として完璧にお世話できるんです。ね、お母さん。デイサービスにお父さんを預けましょ!』
介護の現場のことはよく分からないが、
「自分たちができることは自分たちでやりたい。限界までは他人の世話になりたくない。」
そういう考えの人だっているはずである。
介護保険を今までかけてきたんだから、順番がきたら利用しましょうと言うのは、介護サービスの儲け分を手にするための企業営業なのだろうか?
人の生き様に対して、断定的に他人がダメ出しするなんて、本当にプロに徹した介護士さんはけしてしないだろう。
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