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玉子焼き。

玉子焼きを久しぶりに食べてきた。

明石では明石焼きのことは玉子焼きと呼ぶのだ。

昆布出汁と小麦粉、あと沈粉というものを混ぜ合わせて、ゆるい粉で作るたこ焼きみたいなものをお出汁に付けながらいただくのである。

小さな頃、両親の故郷である淡路島に、『とおの』という玉子焼きの専門店があって、そこの玉子焼きを食べるのが楽しみだった。

夏休みに叔母のみやこさんの家に親戚が集まって半月ほど過ごす習慣があったのだ。みやこ旅館は毎日が楽しいことでいっぱいであった。

美しい海での海水浴、熱湯風呂のペンギン銭湯、駄菓子屋しげやんの店の当たらんくじ引き。

夕暮れになるまで魚釣りをしたら、釣りたての魚を料理して皆で食卓を囲む。

夕食が終わったら子どもたちは浜に出かけるのだ。
大人たちは酒盛りをはじめる。

当時中学生だったいとこのお姉ちゃんやお兄ちゃんは、自分たちの面倒を良く見てくれるしっかり者ばかりだったので子どもだけで夜出かけても大人は心配することもなかったのだ。

田舎の夜は、車もほとんど通らず、夜中も休まず運行しているフェリーの美しい灯りを見つめながら皆で遊ぶことが楽しくて仕方なかった。

遊んでいるとお腹が減ってくる。
そんな時、フェリーのお客さん相手に夜中まで営業していたのが玉子焼きの専門店、とおのさんだったのである。

『なぁなぁ、お腹空いたなぁ。おばちゃんらに頼んだらとおのさんの玉子焼き買ってくれるんちゃうん⁈』

自分たち小学生組が幼稚な正攻法でのおねだりを相談しはじめると、しっかり者の中学生組のお姉ちゃんたちがこう言うのだ。

『あかんあかん!そんなんでは買ってくれるわけないわ。いったん大人しく帰るねんで。付いておいで!』

言われるままみやこ旅館に帰る。

『ただいま〜!』

皆お行儀よくそう言って家に帰ると、気持ちよく酔っ払い、ご機嫌の良い大人たちが盛り上がっている。

テーブルの上にはビールやお酒がたくさんあるが、料理はほとんどなくなっている。

すると子どもたちに親戚のおじちゃんやおばちゃんたちがこう言うのだ。

『おー!おかえり!皆お腹空いてないか?とおのさんの玉子焼き買ってきてくれるかー?ほら!えー、10個か?20個いるか?』

こう言って一万円札を出してくれるのである。

酔っ払いは気前がいい。

買ってやろうと言われるまで無駄に騒ぐのは得策ではないという知恵を中学生組はちゃっかり持ち合わせていたのだと思う。

焼きたて熱々の玉子焼きをお持ち帰り用の出汁に入れて食べると口の中をやけどするほどに熱く、染み入る出汁の旨さは格別であった。

そんなとおのさんの玉子焼き屋は今はもうなくなってしまったが、やはり玉子焼きを今でも恋しく思い、たまに無性に食べたくなるのだ。

大切な人たちが元気に生きていた頃を思い出し、熱いお出汁でいただく玉子焼きは、五臓六腑に染み入る味である。

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