俺が鬱で苦しんでいた頃、カウンセラーに相談しに通っていた。
「沖野栞です。寺田さんの担当をすることになりました。」
その人は20代後半の美しい女性だった。まだ10代後半にも見えるような若い美貌を保っていた。肌が白くて素敵な女性だったよ。
「宜しくお願いします。寺田航平といいます。」

「俺はどうすればいいんでしょうか。会社にも自分の居場所がないように思えて。」抗うつ薬を飲みながら、職場での日々を過ごしていた。元々は熱い男だったのに、日に日に会社のみんなとは違うんだと心の中の歯車が錆びついていったように感じている。
「大丈夫ですよ。辛い時は来て下さいね。私は寺田さんが安心して生活出来るようになる為のお手伝いをさせて頂きますから。」沖野さんは笑顔でこちらを向いている。初めて俺を受け入れてくれる家族以外の人間に出会えて、なんだか安心した。あの目は仕事上の目ではないと思う。
「沖野さん。ありがとうございます。俺、もう一度頑張ってみるよ。沖野さんと会うことを楽しみにして、いや沖野さんが僕のかけがえのない人だと思って仕事に取り組みます。」一目惚れだった。その可愛らしい声と誠実な姿勢に彼女を守っていきたいと思った。初めてこの身をもって支えていくべき相手を見つけた気がする。

翌年の春、沖野さんは急に担当から外れることになった。彼女に何かあったのだろうか。俺は不安になった。スマートフォンを使って、沖野さんに電話をかける。
「もしもし。沖野先生。お世話になっております。寺田航平です。沖野さんに会いたいです。」
「……寺田さん、急なことでごめんね。…私、」そう言うと彼女は受話器越しに泣いていた。
「先生!今どこにいるんや?」
「慶愛大学付属病院……。でも、無理して来ないで良いよ、私とあなたはカウンセラーとクライアントの関係。きっと転移が起きただけだから。」
「そないなこと言うんやない!俺は先生に生きる希望を貰ったんや。なら今、俺が先生を見守る時や!」
何が起きているのかとにかく分からなかったが、慶愛大学付属病院に向かうことにした。

「あの沖野栞さんの病室ってどこだか分かりますか?」
「少々お待ち下さい。今お調べします。…西館の8506号室ですね。」
「ありがとうございます。」
看護師さんに案内されて、8506号室についた。そこで消毒した後に病室へ入った。
「沖野先生、大丈夫ですか?」
「寺田さん、来てくれたのね。」
沖野さんは体調が物凄く悪そうだった。
「俺は先生に生きる希望をもらった。そんな先生が心配で来ちゃいましたよ。転移なんて関係ない。俺は沖野先生のことが好きなんですよ!」
「寺田さん。」そう言うとまた彼女は泣き出した。
「あたしだって、もっと生きていたいよ。でも、もう残された時間はあまりないの。ずっと真面目に生きていたから彼氏なんていた事もなくて…」
「先生、大好きな先生の彼氏になって良いですか?そして、今から名前で呼び捨てにしても良いですか?」
「航平…君。」
「栞。俺はお前のことが大好きだ。だから、これを受け取って欲しい。」
マラカイトとターコイズを組み合わせた指輪を彼女に贈った。

「航平君。ありがとう。でももう今後は1人で居させて欲しいの。弱った姿を見せたくないの。」
「分かった。なら2人で写真を撮ろうか。」
病室で写真を撮ることにした。スマートフォンで2人で自撮りをした。

後ろには満開の桜の木が写っていた。
その写真を見ると沖野さんのことを思い出して、少し悲しくでもどこか勇気をもらえる気がしている。

「寺田君。久し振りだね。」桜の木を眺めていたら、もう既にいないと思っていた沖野さんがそこにいた。
「沖野先生。いや、栞さん。良くなったんですか?」
「医者の先生が上手いこと手術をして助かったの。ごめんね。ここに来ればまた会えると思ったから。」
「そんなことは有りません。俺は、先生と会って希望を得ることが出来ました。」

「これからも一緒にいてくれる?」
「勿論だよ。俺の生き甲斐だよ。先生は。」

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