光を精密にコントロールする技術で「痛くない針」を製造 - マイクロニードルと光計測機器で世界にイノベーションを起こす - Startup Interview #003 シンクランド
「注射」といえば「痛い」もの。
長らく当たり前に思われてきたその常識に、独自に開発した「痛くない注射針」でイノベーションを起こそうとするスタートアップが、2014年創業の株式会社シンクランドです。「痛くない注射針」は、世界に大きなインパクトをもたらす可能性があります。
日本には現在、約1000万人の「糖尿病が強く疑われる人」がいます(厚生労働省による平成28年の調査結果より)。また国際糖尿病連合の発表では世界中に5億3700万人もの糖尿病患者がいるとされます。じつに成人の10人に1人に及ぶ糖尿病患者は、血糖値を下げるため、インスリンを日常的に投与する必要があります。そのために行われているのが、毎日の「自己注射」です。インスリン投与用の注射針には通常より細い針が使用されていますが、それでも毎回痛みをともない、消毒や手洗いなどの手間もかかります。同じ場所に注射を続けると皮膚が硬化して薬効が薄れるため、場所をずらすことも必要です。それは生活習慣が大きく関係する2型糖尿病だけでなく、突然発病する1型糖尿病を患う小さな子どもも例外ではありません。針を怖がり、痛がって泣く幼児をなだめながら、家族が代わりに打っている現状があります。
しかし、インスリン注射がもしも、「湿布薬」のように、貼るだけで投与できる薬になったらどうでしょうか。痛みもなく、アルコールで消毒する必要もなく、ペタリと湿布薬を貼るだけで、一定量のインスリンが投与されるーーそれが現実化すれば、糖尿病患者の注射にともなう苦しみの多くが、解消されることになります。
注射薬を湿布薬に置き換えることのメリットがある病気は、糖尿病だけではありません。喉の力が弱っていて経口薬を飲めないお年寄りなども、薬を貼って済ませられればとても楽になり、劇的に生活の質が向上するはずです。
2014年創業のシンクランドは、「光を電気で操る」同社のコア技術を元に、独自に開発した「マイクロニードル(微小な針)」で、そのイノベーションを現実のものにしようとしています。シンクランドは、医療機器および検査測定機器などの開発・製造・販売も行っており、マイクロニードル事業との二本柱で大きな飛躍を目指しているところです。
シンクランド代表取締役&CEO宮地邦男(みやじ・くにお)氏とリアルテックファンドのグロース・マネージャー山家創(やんべ・そう)に、投資を受けたベンチャー側の視点と投資ファンドから見た視点の両方から、シンクランドの事業の魅力と展望、採用候補者に求める人物像などを語ってもらいました。
以下敬称略
光を電気で操る技術がすべてのベース
――宮地代表がシンクランドを創業したきっかけを教えてください。
宮地 もともと私は金沢大学の理学部で、放射線化学を研究していました。卒業後は、某大手セメント企業でセラミックの射出成形の研究を行う開発部に勤務し、10数年働いた後、光学通信機器を開発するベンチャーを創業。そこには13年間務め、途中から代表取締役専務にも就任し、営業開拓や製品開発に奔走する日々を送りました。
起業のきっかけは、そこで働いていたある日、某医科大学の教授から、光学分析装置の開発を依頼されたことでした。機器の見積もりを600万円で提出したら「桁が1つ間違っていませんか」と言われました。つまり、その光学分析装置には、医療分野では数千万円を出せるくらいの価値がある、ということに気づいたのです。
同じ製品を作っていても、お役に立てる場所が変わるだけで、全然違う付加価値を感じてもらえる。そんな体験をしました。医療業界が景気に左右されにくいことも、実感しました。その頃から、私の持つ技術の知見と経験を医療に転用できないかとの想いを抱くように。その後、さまざまな要因が重なり、ちょうど50歳を迎えた節目の年齢で、起業するに至りました。
――御社のコア技術はズバリ、何でしょうか?
宮地 簡単に言うと「光を電気で操る技術」です。光を研究している専門家の多くは、現代文明における「光の活用」の度合いを、「まだ石器時代にいる」と考えています。つまり光を活用した技術は、それほどまでに未開拓ということです。光が利用できる範囲はとても広いのに、活用しきれていません。
光の活用といえば、目に見える可視光も、太陽から降り注ぐ紫外線も、波長が異なるだけですべて同じ電磁波の一種です。例えば、ヒーターから出て体を温める赤外線も、電子レンジから出て水分子を振動させて食品を温めるマイクロ波も、蛍光灯の光も、電磁波の一種です。
そして、赤外線ヒーターも電子レンジも蛍光灯も、すべて電気的な制御により動作しています。何が言いたいかというと、電磁波の一種である光を操るには、電気信号によるコントロールが必要だということです。そのため「光の専門家」と呼ばれる研究者やエンジニアは、みなさん電気・電子工学の専門家でもあります。
光をコントロールすることで生み出すことができる、付加価値の高い光の一つが「レーザー光」です。虫眼鏡で太陽光線を焦点に集めるように、電気的に光を制御することで、極めて高出力で直進性の高いレーザー光を照射することができます。
このレーザー光を用いることで、例えば半導体製造に使われる薄膜の厚みなどを、非常に正確に測定することができます。1990年代から開発されてきた光干渉技術を活用したOCT装置研究の応用ですが、極めて短時間に発振するパルスレーザー光を対象に照射し、反射して戻ってくる時間を計測することで、光をとても正確な「物差し」として使う技術が確立しているのです。私たちはこの測定技術を使って、物体の厚みや距離などを、非接触で測れる検査測定機器を作ることができます。また、光を透過させた血管の測定など、医療器具にも応用することが可能です。
また私たちは、レーザー光を極めて正確に制御することで、これまで不可能だったレベルの極微細な穴を、樹脂に正確に成形できる技術も確立しました。この技術には、かつて私が研究していたプラスチックの射出成形の技術も活かされています。
その技術を用いて開発を進めているのが、さまざまな病気の治療に役立つことが期待される「マイクロニードル」です。これまで通常の注射針は、薄いステンレスの板を丸めて溶接し、伸ばすことで作られていました。しかしそのような機械的製法では、どうしても針の直径が大きくなることから、皮膚に刺すと痛みが生じます。人が痛みを感じない針の太さは100μm(マイクロメートル。1μm=0.001mm)以下と言われており、従来の製法では「痛くない針」を作るのは不可能です。
それに対して私たちは、射出成形技術を応用して、ごく微細で尖った針を樹脂で作り、それにレーザーで穴を開けることでマイクロニードルを製造します。「針」として機能するのに十分な高さを持つ微細な構造を成形すること、そこに正確な穴を空けること、いずれも乗り越えなくてはならない高いハードルがありました。樹脂は十分な強度がありますが、生分解性プラスチックで作っていますので、万が一皮膚に刺さって折れても溶けて無くなり、安全性も確保しています。
針の長さと穴の直径、太さ、材料の4つの条件がすべて揃って始めてマイクロニードルと呼べるものを作れるのですが、その技術を持っているのは世界中に私たちしかいません。特許も出願しており、他社の追随を許さない技術となっています。
――リアルテックファンドは、シンクランドのどんな点を評価して投資を行ったのでしょうか?
山家 私たちは2016年を皮切りに、合計3回の投資を行ってきました。「光と電気の制御」に裏打ちされた計測技術の強みがあり、加えてマイクロニードル事業に大きな可能性を感じたことが理由です。当時の針はまだまだ「試作品」の段階で、長さが数10μmと短すぎて注射には使えず、ほかで何に使えるかもわかりませんでした。一方、マイクロニードルに穴を空けることで薬剤を投与し易くするコンセプトには独自性があり、針の長ささえ改善できれば、急激に用途が拡大することは確実でした。宮地社長たちの思いと技術の伸びしろに期待し、投資を決めましたね。
宮地 実は、当社のエグゼクティブフェローで元CTOの及川陽一は糖尿病の患者で、彼から自身の腹部などにインスリン投与の注射を打つことの苦労を聞いていました。また日常的に血糖値を測るために、針を指に指して採血をしているそうなのですが、朝晩と毎日繰り返すなかで「指先がタコのように固くなってしまった」という話も聞きました。
そうした大変な思いをしているのを見て、「インスリン注射をマイクロニードルに置き換えられたら、注射の痛みから解放され、彼の生活の質を向上できる」と思ったのが、医療用に針を本格的に作ろうと決めた理由です。
針の長さを伸ばすために、リアルテックファンドからの1回目の投資資金で新しいレーザー機器を社内に導入し、試行錯誤を繰り返しました。その結果、当初の目標だった120μmを大きく超え、昨年2021年末には800μm(0.8mm)超まで成形できるようになりました。120μmから800μmまで伸ばすのに4年の月日がかかっています。
山家 宮地社長らの努力と工夫によって、まさにブレークスルーが起こりました。順調に針の長さが伸び400μmに到達していたのを見て、2019年の3回目の投資では過去最高額の投資をしました。400μmは人間の皮膚表面から毛細血管までの距離だったことから、1つの目標でした。皮膚には弾力があるので、毛細血管に薬剤を投与するには800μmほどの針の長さが必要とのちの実験で分かるのですが、400μmに到達するだけでも、皮膚表面に作用する化粧品への応用が可能になります。現在すでに達成している800μmの針は、薬剤投与への活用が十分可能です。
マイクロニードルへの期待には、個人的な理由もあります。実は私の家族が喘息を患っており、ホクナリンという喘息薬を使っているのですが、その薬はもともと飲み薬でした。ホクナリンは貼り薬になったことで、爆発的に売れるようになった薬剤なんです。
そのことを知っていたので、貼るだけで投与できる薬剤のニーズが非常に高く、利便性も大きく向上することを実感していました。マイクロニードルが市販化までこぎつければ、既存の薬を置き換えられ、秘めたポテンシャルはかなり大きいことは間違いありません。
――そうした実感に裏打ちされた、決断だったわけですね。シンクランドの事業について、今後はどのような展望を描いていますか?
宮地 検査測定機器の販売事業はすでに黒字化しています。年間4億円ほどで、当社のほとんどの売上を作っています。主な顧客は、各種の製造業や研究機関のほか、食品工場、ファクトリーオートメーション関連の企業などです。
マイクロニードル事業に関しては、さまざまな事業会社や創薬メーカーなどと協業やトライアルを進めているところです。皮膚の表面に薬液を注入するコスメ関連の製品は、すでに越境ECを活用して、海外展開を実現しています。
今後はさらに国や企業の研究機関と連携を深めていく予定で、量産化目前のプロジェクトもすでにあります。
一見すると手広く事業を展開しているかに見えますが、光を電気でコントロールする基礎技術はすべて同じなので、決して多方面に手を広げているわけではないのです。ただそれが、一般的なベンチャーキャピタルにとっては、「事業を広げ過ぎ」に見えるらしく、あまり理解を得られません。その点で、リアルテックファンドさんだけが私たちの技術の理解をしてくれ、投資を決断してくれた。リアルテックとの出会いが無ければ、今のシンクランドはなかったかもしれません。
私が役員をやっていた会社は以前、リーマンショックで倒産しかけたことがあります。そのときの経験から、「1本足打法の事業展開」は外部環境の変化に弱いことを実感しています。当社の事業の多様性は、それを念頭に置いたリスクヘッジでもあります。
今後、会社の主軸として据えたいのはマイクロニードル事業です。マイクロニードルは、ワクチン接種などの予防接種や、麻酔投与などにも応用が可能で、市場は非常に大きなものがあります。医薬品は化粧品と違い、認可の承認プロセスや確実性の観点でハードルが高く、まだまだ実証試験が必要です。しかし、世界に7億人もいると言われる糖尿病患者をはじめ、世界中の人たちの痛みを減らせる可能性があるのですから、必ずぶれずに目標を実現したいと考えています。
――シンクランドの事業スケールは、これから加速度的に大きくなっていきそうですね。拡大にともない、人員も必要だと思いますが、どのような人を採用したいと思いますか?
宮地 「研究開発」や「事業開発」、「海外展開」といったキーワードにピンと来る方にぜひ、シンクランドを訪ねてほしいと考えています。
BtoC領域ではさらなる海外とのEC取引拡大を考えており、マイクロニードルを活用した化粧品を展開したいと思っています。またBtoB領域でも、検査測定機器の事業をさらに拡大させることができる人材を求めています。
シンクランドは予定では2年後の2024年に上場を目指すと宣言しています。そのために、一緒にシンクランドを成長させてくれる人が必要です。
検査測定機器にさらに付加価値を付けるために、ハード・ソフト両方のエンジニアも必要ですし、事業を中心となって牽引できるCOO(最高執行責任者)的な責任者も、シンクランドのさらなる成長には必要だと思います。
これまで、CTOやCFOなどの立場で、節目節目の時期に優秀な方に入社してもらってきました。人の心はお金では買えません。採用活動はいちばん重要だと私は考えています。マイクロニードルの実用化をともに目指し、私たちの想いに共感してくれる方にぜひ来ていただきたいと思います。
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シンクランド株式会社では各種ポジションを募集しています。
詳しくは以下をご覧ください。
https://think-lands.co.jp/recruit.html
構成(インタビュー):山岸裕一