「きおく」
僕は薄情な人間だと思った。
その日、現場に向かう道すがら、歩道に男の姿を見た。
抱っこ紐で、胸に小さな男の子を抱かえている。
まだ、一歳にも満たないように見えた。
子どもを気にするでもない、無造作な感じで歩く姿に、ちょっと不安な気持ちになる。
ああ、あの子は、生まれたころの自分の長男にそっくりではないか。
自分の過去を振り返るのが苦手な僕は、滅多に覚えない感情に戸惑う。
長男がまだ0歳のころ、フリーランスだった僕が、自宅で仕事をしていた時、
その日は妻がいなくて、多分病院に行っていたのだと思うけど、息子の様子をみながら、
でも、必要な資料がクライアントの元にあって、どうしても必要で、息子を抱っこ紐で結わえて、自宅の近所にあるその会社に行った。
スタッフはびっくりしていて、それでも微笑ましく思ったようだ。
イクメンも、テレワークも存在しない25年前、
でも、普段は子育ては、妻に丸投げだった。
後悔はしない人生を選択してきたつもりだ。
子どものこと以外は。
歩道の男を見ながら、瞬きのその時間に、そんな記憶と感情に包まれる。
僕は、どこか薄情だったのだなと、そんなことを思った。
だから、やさしくありたいのだ。
過去は変えられない。
未来だけが、変えられる。
それを希むのなら。
薄情だった僕にも。