「せつなときずな」第55話 epilog
もう校内に知れ渡っていたが、学校からの圧力により、刹那の妊娠に対して不適切な態度や言動は表向き封じられていた。
サキが学校に定期的に訪れ、PTAの委員会でもクギを刺す豪腕ぶりを発揮し、父兄達にも揺さぶりをかけていたからだ。
コンプライアンスのロジックや法的な知識は、勿論田辺裕道から入れ知恵を求め、持前の強気で押し通した。
裏で何を言われていても気にしない覚悟で学校に通った刹那ではあったが、依るべく存在は、やはりサキと林公彦以外には無かった。
北尾張の地方都市、いや、それが都心部の名古屋であろうが、特例とも言える扱いは逆に心的負担を刹那に強いたが、サキとの約束を守るため、高校の卒業に向けて単位を落とす訳にはいかなかった。
何より、それは自分のため、そして生まれてくる子のために言ってくれていることを、刹那も理解していたからだ。
バレバレではあっても、おおっぴらに二人の関係をひけらかす気は無かった。
ただでさえ挙げ足を取ろうと周りは追っている。
良からぬ噂の元になることは、2人共、普段の生活から全て見直して振る舞うまでに徹底した。
公彦は元々進学希望は無かったが、部活動もしていない手前、家業を手伝うことで福原家に誠意を見せるひたむきさはあった。
人目を避け、2人が会うのは刹那が住む福原家の離れだ。
「それしか許さない」サキは二人にそう宣言した。
「わかる?
あなた達は際どいところにいるのよ。
あなた達を支えるのは、私しかいない。
それは理解して」
公彦は、義母になるであろうサキに感謝しかなかった。
妊娠も6か月を過ぎ安定期に入ったある日、公彦は刹那の部屋で、恋人を抱きたい欲望を抑えながらやさしく言った。
「俺さ、すごく素敵な名前を考えたんだ。
刹那、お願いだからこの名前を付けさせてくれないかな」
「名前も聞く前からそんなこと言われても」
刹那は嬉しそうに公彦に凭れた。
「き・ず・な、
絆って名前だ。
男の子でも女の子でも絆。
公彦から"き"を、刹那から"な"をとって、2人を繋ぐ子なんだよ。
ね、素敵だろ」
それは、刹那にも本当に素敵に思えた。
何よりも公彦が、2人のことを想いながら3人になる家族に託した気持ちが、本当に嬉しかった。
「ありがとう。
絆、私たちの絆…」
刹那は公彦にキスをして、幸せな笑みでそれを受け入れた。
「公彦、お母さんにそれを伝えて」
「えっ、刹那が伝えた方がいいんじゃないの?」
公彦はちょっと躊躇した。
「いいえ」
刹那はもう一度、公彦にキスをした。
「あなたが、絆のお父さんなの。
だから、ね」
そう言うと、刹那は公彦の手を取って自分の頬に当てた。